娯楽作品の枠を超えた『トップガン マーヴェリック』は作品賞にノミネートされるか(C)2022 Paramount Pictures Corporation. All Rights Reserved.

賞狙いの映画がお披露目される秋の主要な映画祭が終了し、今年のアワード戦線が少しずつ見えてきた。デイミアン・チャゼル(『ラ・ラ・ランド』)の最新作『バビロン』や、ウィル・スミスが脱走奴隷を演じるアントワン・フークア監督の実話物『自由への道』など、まだ記者や批評家が見ることができていない映画もあり、今のところダントツのフロントランナーはいない。そんな中にあって、『トップガン マーヴェリック』の作品部門候補入りの可能性が強まってきている。

「エリート志向」「一般観客の感覚とズレている」と批判されてきたアカデミー賞は、従来、娯楽超大作に優しくなかった。史上最高の世界興行収入を稼ぎ、世界を沸かせた『アバター』も、有力視されながら、最後には一般人にあまり知られていない『ハート・ロッカー』に負けている。

『トップガン マーヴェリック』の前作『トップガン』も、候補入りしたのは主題歌、音響、音響効果編集、編集の4部門で、作品、監督、演技など華やかな部門からは無視された。トム・クルーズ自身はキャリアで3度ノミネートされているが、それらの作品は『マグノリア』『ザ・エージェント』『7月4日に生まれて』と、いずれもシリアスなドラマだ。

マーベルが作品部門に食い込んだのは、アカデミーが多様化に向けて努力をしている中で公開された『ブラックパンサー』だけ。あの映画は監督も主演も黒人で、スーパーヒーロー物とはいえ社会的なメッセージを持つ作品だった。

ひと昔前であればスルーされていた

つまり、一般的に言って、『トップガン マーヴェリック』はアワードシーズンと関係のない作品ということ。にもかかわらず、業界メディア『Variety』のシニアエディターであるクレイトン・デイヴィスが今月6日に発表した作品部門予測ランキングで、5位に入っているのである。

これは彼だけの意見ではない。アワード専門サイト『Gold Derby』のニュースレターを見ても、この1カ月の間、『トップガン マーヴェリック』は4番目と5番目の間をうろうろしている。

これらの予測には、なぜ作品が候補入りすると思うのかという理由は書かれていない。しかし、リピーターが大勢出現するほど人々を夢中にさせ、批評家からも高い評価を得て、テクニカル面でも画期的なことをやってみせた『トップガン マーヴェリック』が映画における最高の賞にノミネートされることに対し、異議のある人はいないのではないか。

アカデミー賞にふさわしい貫禄があるかないか、アカデミー会員好みの作品かそうではないか、という概念は、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』がイギリスの戦争映画『1917 命をかけた伝令』を破った時に崩壊した。

そこまで衝撃的ではなかったとはいえ、今年、もっと風格のある『パワー・オブ・ザ・ドッグ』が、一般受けする『コーダ あいのうた』に負けたのも、その傾向を表す。多様化を進めるために若い人やマイノリティ、外国人を大勢招待し、会員数をほぼ倍増させた今のアカデミーに、昔と同じ”常識”はない。

そういった中では、それこそ『パラサイト 半地下の家族』『コーダ あいのうた』のように、純粋に面白い作品が強くなる。今年公開された作品に、『トップガン マーヴェリック』以上に面白かった作品は、ほかにどれだけあるだろう。

さらに、今年からアカデミーは作品部門に候補入りする映画の数を10本に固定している。2009年、それまで5本だった枠が、最低5本、最大10本まで拡大されたのだが、たいていは7本から9本の間で、10本になった年はない。そこで、「ならばもう10本にしよう」とアカデミーは思い切ったのだ。

娯楽作品にも門戸を開く

このように数を増やす目的は、一般人に愛される商業的な映画が入ってくる余裕を作ること。2009年のルール変更は、クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』が候補入りせず、批判が出たことへの対応だった。

『トップガン マーヴェリック』の場合、先に挙げたふたつの予測でいずれも5番目までに入っているところを見るかぎり、昨年までのルールであったとしても、候補入りできたかもしれない。しかし、10本になったことで、そのチャンスがますます増えた。それはアカデミーにとっても嬉しいことなのだ。

アカデミー賞にかぎらず、授賞式番組の視聴率は近年アメリカでどんどん低下してきている。『タイタニック』が作品賞を受賞した年に史上最高の視聴率を獲得したという事実もあり、アカデミーは、興行収入で成功した映画を候補入りさせることこそ鍵だと信じてきた。

だが、『ボヘミアン・ラプソディ』、『ブラックパンサー』、日本ではそうでもなかったようだがアメリカではヒットした『アリー/スター誕生』の3本が作品部門に食い込んだ2018年も、視聴率の押し上げ効果は確認されていない。視聴者、とりわけ若者の心は、授賞式番組から完全に離れてしまっているのだ。

それでも、公開から5カ月経つのにまだ映画館で上映されている『トップガン マーヴェリック』が賞を争うとなったら、気にする人は出てくるのではないかと思うのである。今年見せた『トップガン マーヴェリック』の人気は異例で、まさに社会現象とも呼べるからだ。

最終的に受賞を逃せば、「やはり結果はこうか。アカデミーは気取っている」と反感を買うことにもなりかねないが、『パラサイト 半地下の家族』の時のようなサプライズがあるのではと、ドキドキしながら見てくれる人たちも少なからずいるのではないか。

それ以前に、これは、アカデミー賞という映画の祭典で断然祝福されるべき作品なのである。近年、配信作品がアカデミー賞で大健闘するようになり、劇場文化はそのうち消滅するのかと業界人は不安を覚えてきた。今作はそんなところに現れ、一気に希望をもたらしてくれたのだ。そこを忘れてはいけない。

新しく加わったアカデミー会員には映画のビジネス面にかかわる人たちも多く、その人たちはこの映画が業界全体に与えてくれたポジティブな影響について、より深く考えているかもしれない。

いろいろな角度から見れば見るほど、『トップガン マーヴェリック』は、ただの万人受けするアクション映画ではないとわかる。この映画はアカデミー賞作品部門に候補入りするだろうし、するべき作品だ。万が一、候補入りを逃したりしたら、その時こそアカデミーは多くの人から本気で絶望されることだろう。

(猿渡 由紀 : L.A.在住映画ジャーナリスト)