「毎日、食事の写真送ってね？」彼女が恋人にそうお願いする、怖すぎる本当の理由…
「あの子…フツーじゃない！」
そんな風に言われる女たちが、あなたの周りにもいませんか？
― どうしても、あれが欲しい…
― もっと、私を見て欲しい…
― 絶対にこうなりたい…！
溢れ出る欲望を抑えられなくなったとき、人間はときにモンスターと化すのです。
東京にひしめくモンスターたち。
とどまることを知らない欲望の果て、女たちが成り果てた姿とは──？
▶前回：「魔性の女」を自称し、他人の恋愛にダメ出しする33歳。ひた隠しにする“特殊な恋愛経験”とは
憂う女
小さなワンルームで1人、清美は憂いていた。
もうすぐ日をまたごうとしているのにもかかわらず、恋人から返事がこないのだ。
「はぁ、心配だよ…」
浮気の心配でもしているのだろうか。
…しかし、どこか様子がおかしい。
＜清美：ねぇ。今日の夜ご飯は何食べたの？ちゃんと写真送って？毎日毎日残業に飲み会続きじゃ、身体が持たないよ…。ちゃんと栄養とらなきゃ…＞
どうやら、清美が心配しているのは、彼の身体のようだ。
パーソナルトレーナーさながら、彼に毎食の写真を送るように要求。浮気チェックのためじゃなく、彼の健康のために…。
清美だってわかっている。
こんなの恋人のすることじゃない。まるで子離れできない神経質な母親のようだって。
けれど、心配なものは心配。彼を心配することをやめられないのだ。
だって、彼は将来を考えるほど大事な人。そんな人が体調を崩してしまっては、自分の将来まで不安定になる。
…つまるところ、彼の健康維持は、自分のため。
そんな計算式が頭の中で回ってしまった清美は、どんなに鬱陶しがられても彼の健康管理をし続けていたのだが…。
◆
朝9:00。
「おはよう〜♪」
気持ちの良い秋晴れ、土曜日。大量の買い物袋を手に持った清美は、満面の笑みで彼の部屋の玄関前に立っていた。
「清美？今日約束してたっけ…？」
明け方まで飲んでいたのだろうか。なんとしてでも閉じようとする瞼と戦いながらも、彼が玄関を開けてくれた。
「もう〜。今日は朝からデートしようって言ってたじゃん〜。土曜日だからって遅くまで寝てちゃダメ！」
「…」
そんな約束をしただろうか、と頭をフル回転させる彼なんてお構いなし。清美は彼の部屋へと入っていった。
「平日全然栄養とれてないだろうから、土日で帳尻合わせないとねっ」
そして清美は、張り切って腕まくりし、キッチンの前に立つ。一方の彼は、眠気に勝てず、ベッドに吸い込まれるように戻っていく。
「もうちょっと寝させて…」
「ちょっと〜、ダメ！ちゃんと起きてよ〜」
彼がきちんと起きているか、器用にも定期的に確認しながら料理する清美。それでも寝続けようとする彼。
「起きてる〜？ねえ？」
「ぅん…」
そんな攻防戦が繰り広げられること数十分──。
清美が戦を制した。
眠そうな彼の前に、ごちそうが並ぶ。
平飼い卵のオムレツに、きんぴらごぼう。野菜はもちろん無農薬。生産者の名前まで知っている。オーガニックビーフのステーキに、国産ニンニクの素揚げ。極めつきは大量に盛られた無添加アーモンド。
絶句する彼に、清美は畳みかける。
「飲み物どうする？ミネラルウォーター？それともオーツミルク？」
「…？」
「ねぇ。どっち」
「コーヒーとかは？牛乳は？」
「たまにはカフェイン抜かなきゃだめ。牛乳もダメ絶対、身体に悪いんだよ。で、どっち？」
「じゃ…、水で…」
「はい、じゃんじゃん食べてね！食べるものが身体を作るんだから。身体は資本だよ！」
清美の満面の笑みが、恋人のほうを向く。
その笑顔になのか、料理になのか、朝から胸やけをおこした彼はほとんどの料理を残してしまった。
「もう〜。ちゃんと好き嫌いせずに食べなきゃダメなのに〜…」
恋人ではなく、もはや異様な母親と化した清美が彼にフラれたのは、このすぐあとのことだった。
◆
大好きな恋人にフラれる。
これ以上に悲しいことって、この世にあるだろうか。清美は、しばらくの間ふさぎこんだ。現実を受け入れられなかった。
「もう少しさ、彼の食生活は放っておいてあげたら…？別に持病があるとかじゃないんだし…」
友人から真っ当な正論を言われても、素直に受け取れなかった。だって、清美は良かれと思ってやっていたのだから。
「私は彼のためを思って…」
そして、清美は徐々にねじ曲がった理解をするようになる。
「私、まだまだだったのかな…」
彼に出した食事も、完全無添加かと聞かれれば違う。調味料の成分表示までみていなかったし、水も安全性を確かめていなかった。
― 大好きな人の健康を守るためには、もっと、もっと健康的な食事を提供できるようにならなきゃ…！
あろうことか、清美はさらに食事にこだわりはじめてしまったのだ。
目を血走らせながら、家にある食品を片っ端から引っ張り出しては成分チェックをしはじめ、そして…。
◆
清美は、何やら家で気分よく鼻歌を歌っている。
「ちゃんと栄養たっぷりに育ってね〜トマトちゃん〜♪」
どうやら家庭菜園をはじめたようなのだが、少し様子がおかしい。
プチトマトにナス、スナップエンドウに豆苗、ハーブ類…。ベランダには所狭しと土が敷き詰められているのだが、それにとどまらず、部屋の一部にまでブルーシートを敷いて、小松菜を栽培中。
さらには、より美味しく育つようにと、常にクラシック音楽までかけているのだ。
食べるものすべてをオーガニックで安全なものにしようとすると、かなり高くついてしまう。
だから清美は、自分でつくれるものは自分でつくることにしたようだ。
「ちゃんと、健康でいるためには、食べ物が一番だからね」
そう言って、こだわりのオーガニック肥料とこだわりのお水を、野菜たちにあげていく。
壮大なクラシックをBGMを背景に、怖いくらいの笑顔で…。
いつか、いつかまた素敵な人に巡り会えたとき、彼のことをもっと大切にできるように。
そんな願いを込めながら、せっせと野菜たちの世話をする。
「ちゃんと、ちゃんと健康でいなきゃね…。次こそ、彼を健康にできるように…」
彼女は何かに取り憑かれたように、オーガニックモンスターと化してしまったのだった。
▶前回：「魔性の女」を自称し、他人の恋愛にダメ出しする33歳。ひた隠しにする”特殊な恋愛経験”とは
▶1話目はこちら：15分前に頼んだUberより早く、食事会に駆け付ける女。彼女のまさかの移動手段とは…
▶Next：10月18日 火曜更新予定
キス魔の女
