「夜の銀座はいいことが起きる気がする」イケメンしか好きになれない女が、夜な夜な通う場所とは…
「30過ぎてまで、何やってるの？」と、時に人は言う。
東京における平均初婚年齢30.5歳を境にして、身を固める女性が多い一方で、どうしようもない恋愛から抜け出せない人がいるのも事実。
他人には言えない心の葛藤、男女の関係――。
30歳を過ぎた。でも私は、やめられない。
少し痛いけれど、これが東京で生きる女のリアルなのだから。
▶前回：「私は恋愛ゲームが好き」と語る女が仕掛けた罠…泥酔して目覚めた翌朝、男が目にしたものは？
Vol.10 花、34歳。癒しをくれるのは画面の中のアイドルだけ
「はぁ…かっこいい〜」
画面には、数年前から推しているアイドルが映っている。
テーブルの上には、冷えた白ワインとお気に入りの店のチーズテリーヌ。
誰にも邪魔されない、私だけの幸せな時間だ。
推しを堪能するために、ワンルームの部屋には少々不釣り合いな65型のテレビまで購入したのだが、このテレビのせいで、私はますます出不精になってしまった。
友達や後輩から食事に誘われても、最近は何かと理由をつけて断っている。
― 彼みたいな人がいたら、どんなに性格が悪くても結婚したいんだけどな〜。
近頃私は、本気でそう思っている。
最低限の条件だけクリアした男と嫌々結婚をするならば、見た目だけでもドタイプの若い男と一緒になりたい、と。
でも、現実には若くて顔がいい人は、結婚どころか付き合うことも困難だ。
私はそれを、過去の経験から痛いほどわかっていた。
私は数年前、めちゃくちゃイケメンな男と付き合っていた。
今思えば、彼氏だったのかも怪しいが、少なくとも私は恋人だったと思っている。
彼との出会いは、4年前の新橋。
時刻は24時近く、終電を逃すまいと駅まで早足で向かっていると、若い男性が思い切り肩にぶつかってきた。
「痛っ！」
「うわ！す、すみません！！でも、僕急いでいて…って、え！もう24時過ぎてるじゃん…うわぁぁぁぁ〜〜〜〜 」
そう言って天を仰いだ横顔の美しさは、今も鮮明に脳裏に焼きついている。
それが、当時23歳の元彼・涼太との出会いだ。
バイトおわりに、友達の家に泊めてもらうはずだった涼太。
絶望的な表情で、途方に暮れていた。
島根から上京してきたばかりで、家もなく所持金もほとんどない彼を、私は三軒茶屋のマンションに案内した。
私が住んでいる部屋とは別に、親が持っているマンションの一室が空いていたので、そこを貸してあげたのだ。
今思えば、もはや“連れて帰った”と言ってもいいかもしれない。
◆
だんだんと涼太との距離が縮まって仲良くなっていったある日。
私と付き合うことを条件に、生活の面倒を見てあげることを提案したら、涼太はまるで犬が尻尾を振るみたいに、何度も何度もうなずいた。
私はただの会社員だが、幸運なことに家賃はかからない。2人分の生活費くらいなんとかなる。
この時ほど親に感謝したことはない。
そこに愛がないのはわかっていた。でも、それでもよかった。
だって、涼太の顔は画面上でしか見たことがないくらいに美形だったから。
◆
― そういえば…。
涼太との思い出に浸っていたが、ふと我に返る。
私は、テレビを消してInstagramを開いた。
コロナのせいで閉店してしまった銀座のバーが復活すると、ストーリーズに上がっていたのを思い出したのだ。
そこは、以前涼太がアルバイトしていたお店だ。
彼はすでに辞めているはずだから、行っても会えないことはわかっているが、行きたかった。
― もしかしたら、ほかのお客さんとのいい出会いがあるかもしれないしね。
私はそう自分に言い訳をして、眠りについた。
翌日、自宅で仕事を終わらせた私は、今年一度も袖を通していないタイトな黒のワンピースに着替え、少し濃いめにメイクをした。
― こんなにオシャレするのは、久しぶりだなぁ…。
毎日ノーメイクで過ごしていたからか、化粧のノリもいい。
私は気合を入れようと、ウォッカを2杯飲んでから家を出た。
夜の銀座は、ほとんど家にいる私にはまぶしく、何かいいことが起こる予感がした。
― ここだ！
懐かしい外観に、胸の鼓動が速くなる。
「こんばんは〜」
自分にしか聞こえないくらいの小さな声で、お店のドアを開け、中に入る。
時刻は20時。まだ時間が早いからか、私の他に女性客が1人いるだけだ。
カウンター10席と、個室が1つしかないこぢんまりとした空間が懐かしい。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中でグラスを磨いていた男性のバーテンダーが言う。
暗くてよく見えないが、声の感じからして涼太ではない。
― そりゃそうだよね。絶対いないもん。
心のどこかで、涼太に会えるかもと期待していたことが恥ずかしくなった。
私は、モンキー47の瓶を見つけたので、ソーダ割でオーダーする。
ジンは得意ではない私に、涼太が勧めてくれたお酒。
美味しくて驚いたのを覚えている。
「あの…前にここで働いていた涼太さんって知ってます？」
勇気を出して、バーテンダーに聞いた。
その男性は一瞬、眉間にシワを寄せたが、私をまじまじと見るとすぐに表情が変わる。
「もしかして！東京のおねーさん？」
― 東京のお姉さん！？
それが私のことだと理解するのに、数秒要した。
「あ…！涼太がそう呼んでたんで。気分悪くしたらすみません」
バーテンダーが頭を下げるので、私は「アハハ」と笑うしかなかった。
やっぱり涼太にとって、私は彼女ではなかった。わかっていたけれど、他人に知らされるとショックが大きい。
「あれから涼太がどうなったか、知っていますか？」
バーテンダーが私に聞く。
「わからない」と、私は首を横に振った。
涼太は、ソロの歌手を目指していた。しかし、それが難しいと分かると、アイドルへと方向転換したのは覚えている。
その話をすると、バーテンダーは黙ってうなずき、その後口を開いた。
「アイドルのオーディションも落ちまくって、SNSのフォロワーも伸びず、でもまだ東京にしがみついて美容師目指してどこかで働いているらしいですよ。詳しくは知らないけど」
「そうですか…」
涼太は、付き合って1年半後に私の前から突然姿を消した。
その時の涼太は、25歳を目前にした、24歳。
年齢的にもアイドルを目指すには、もう限界と思ったのだろう。
― それでも、何か言ってから出ていってほしかったな…。
涼太にとってふたりの関係がそこまでのものだったのかと、私は感傷に浸りながらジンソーダを飲んだ。
「僕は早々に芸能界から離れた人間なんだけど。どうしてそんなにあの業界に憧れるのか、謎ですね」
― あ！！
その時私は、気づいてしまった。目の前のバーテンダーを昔テレビで見たことがあると。
◆
それから1ヶ月後。
私は週3のペースで、あのバーに通うようになっていた。
目当ては、あのバーテンダーだ。名前はジュンというらしい。
彼は7人組のアイドルのリードボーカルだった。
しかし女性とのデートを週刊誌に撮られ、結成からわずか1年で辞めてしまったのだ。
涼太よりも少し年齢が上だから、今は20代後半だろう。
他の女性客も、なんとなくジュンの正体を知っているようだった。
私は彼の気を引きたくて、時々シャンパンをオーダーしたり、手土産にジュンの好きなカツサンドを持っていったりした。
それでも、ジュンは敬語を崩さないし、笑顔も見せてくれない。
高頻度で店に行けば、バーテンダーとの距離も縮まると思ったのに、ジュンの接客は毎回同じ。淡々と仕事をこなすだけだった。
― もうここに来るのは、今日で最後にしようかな…。
ジュンと仲良くなりたかった私は、3杯目に作ってもらったグラスホッパーを飲みながら思った。
「お会計してください」
バッグから財布を取り出しながら、私はジュンに言った。
気づけば、他のお客さんはみんな帰ってしまっている。
「僕のこと“連れて帰り”ます？」
「え…！？」
ジュンは、カウンター越しに私をまっすぐ見つめている。
クッキリとした二重と薄い唇。背が180cm近くあるのに、とてつもなく顔が小さい。
こんなにかっこいい人と、どうにかなれることを想像しただけで、体の力が抜けてしまう。
「……はい」
私はジュンの目を見ながら、うなずいた。
するとジュンが急にケラケラ笑い出す。
「はい、おねーさん。そこOKしちゃダメです。それじゃ、涼太の時と何も変わらないでしょ」
私は恥ずかしいのといら立ちで、顔から火が出そうだった。
「大人をからかって楽しい？帰ります！」
私は1万円札を置き、席を立った。
― もうここには絶対来ない。
そう心に決めて店を出ようとすると、ジュンが私に向かって叫んだ。
「涼太、あなたのこと“綺麗な”東京のおねーさんって言ってましたよ。頭が上がらないって。若い男に時間とお金使うのも個人の自由だし別にいいけど、後悔はしないようにね！」
私は振り返ることなく、ドアを閉めた。
― 綺麗な…。
涼太が私のことを綺麗だと思ってくれたことで、少し救われた気がした。
ただ、男性の好みは簡単に変えられるわけじゃない。私は若くてかっこいい男が好きだ。
自分のことをどうしようもないと思うが、仕方ないのだ。
せっかく出会えたジュンのことも諦めたくない。
それにまだ可能性がゼロなわけじゃない。そう自分を励まし、タクシーを拾った。
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