「一生一緒なんてムリ！」結婚1年で離婚。同居で露呈した夫の意外な面とは
お金も時間も自由に使える、リッチなDINKS。
独身の時よりも広い家に住み、週末の外食にもお金をかける。
家族と恋人の狭間のような関係は、最高に心地よくて、気づけばどんどん月日が流れて「なんとなくDINKS」状態に。
でも、このままでいいのかな…。子どもは…？将来は…？
これは、それぞれの問題に向き合うDINKSカップルの物語。
◆これまでのあらすじ
梓は、夫とともに四ツ谷のマンションに住んでいる。ある日、夫から“FIRE”したいと言われ、少しずつ価値観の違いが浮き彫りになっていく…。
梓・29歳。夫はミニマリスト【後編】
珍しく夫の機嫌が良い、休日の午後。
彼は、テーブルの上に不動産屋さんのチラシを並べ、笑顔で言う。
「この家を引っ越したいんだ。もっと家賃を安く抑えて、早くお金を貯めたい」
北綾瀬駅、徒歩3分。綾瀬駅、徒歩5分。梶ヶ谷駅、徒歩7分。宮前平駅、徒歩4分…。
今の自宅・四ツ谷からはるか遠くの地名を並べられて、頭がクラクラしてくる。
「ねえ、雄司。私、この家を気に入っているから離れたくないし、これから仕事を頑張っていきたい。だから、アクセスのいいところに住んでいたいの」
「わかってるよ。だから、梓の会社のある表参道まで電車で1本で、駅チカ物件を選んだんだよ」
たしかに、どの駅も最寄り駅まで近く、千代田線や半蔵門線で表参道・青山エリアまでアクセスできるけれど…。
「そういうことじゃなくて」
雄司は、何もわかっていない。
都心から近い、流行の最先端の場所に住むことで受けられる刺激も、その価値も。
「PRとして、これからもっと色々な案件に挑戦していきたいの。
話題のイベントや新しいレストランはすぐにチェックしたいし、業界の人との交流ももっと深めたい。私の仕事にとっては、ものすごく大切なことなの」
「……」
雄司は、不満そうにうつむいている。そして、押し殺すような声でつぶやいた。
「梓こそ、全然わかってないよ」
雄司は得意げな表情でノートを広げ、ボールペンで走り書きを始める。
なんだかイヤな予感がしつつ、無言でそれを見守ってみたけれど…。
「この家の家賃は、18万円。たとえばこっちの北綾瀬のマンションに引っ越せば、同じ広さと徒歩距離で11万円に抑えられる。1ヶ月で7万円も浮くよね」
「そうね」
雄司が走り書きした“\70,000−”という文字を見つめながら、私は仏頂面でうなずく。彼は満足そうな表情をして、話を続けた。
「物価だって、四ツ谷よりも北綾瀬の方が安いよね。
それに、今はお互いに仕事帰りは駅ビルの成城石井で買い物することが多い。引っ越してスーパーの近くに住めば、日常の食費を安くおさえられる。毎月2万円は安くなるよ」
「…そうなの？そんなに安くなる？」
― でも、お金には代えがたい職住近接のメリットだってあるよ…。
7万円の下に加えられた“\20,000−”という文字に、なんとも言えない違和感を覚えるが、雄司は夢中になってシミュレーションを続けている。
「引っ越すことで、合計すると毎月9万円が浮くんだよ。この分を、年利5％で運用すると…ほら！5年後には600万円以上になるハズだ。引っ越すことで、俺たちは600万円以上をつくれるんだよ」
ネット上の投資信託シミュレーターのようなものに打ち込んだ数字を、雄司は興奮しながら私に見せてくる。
「未来の600万円を捨ててまで、ここに住む必要なんてないって！」と断言する彼。
でも逆に…私は思ってしまったのだ。
― 都心で得られるチャンスやエネルギーを捨てて、節約できるのが…“たったの”600万円？
金銭感覚の違い、なのだろうか。
あるいは、お互いにとって大切にしたいものの違い、だろうか。
私はその瞬間、雄司をものすごく遠くに感じてしまったのだった。
雄司の姉に会って…
「わが弟ながら、荒ぶってるわねえ」
1週間後。私は雄司の姉・舞子さんとお茶していた。
舞子さんとは、今まで2人で会ったことはない。でも、引っ越しの件以来、以前に輪をかけて雄司と気まずい空気になってしまったので、彼女に相談しようと思ったのだ。
「結局梓さんは、雄司の主張を認めずに『引っ越さない』で通して、今に至るってこと？」
「はい。雄司さんからは、『せめて折衷案として、毎月3万円くらい安くなるところを提案して』って返されて。でも、その程度の節約であれば、引っ越し費用の方が高くつきそうで…」
「私もそう思う」
舞子さんは呆れたような表情だ。
「少し前までは、仲良く平穏に暮らしてたんですけど…FIREの話をきっかけに、話がかみ合わなくなってきたんですよね」
「うーん」
舞子さんは、なんともいえない表情で黙っている。
しばらく難しい顔をした後、口を開いた。
「あの子って昔から『こう』と決めたらすごく頑固なところがあるの。だからこそ思うけど、梓さんには、雄司の主張を受け入れて一緒にいることを選ぶか、離れることを選ぶか、どちらかしかないんじゃないかな」
舞子さんの言いたいことはわかる。
3年程度だけどこれまで一緒に過ごしてきて、彼の性格はよく理解しているつもりだ。
― 私にとって、彼の主張に合わせて一緒にいるのか、離れるのか…どちらが幸せなんだろう。
「そもそも、住む場所以前に、私はパートナーが働かずに家にいるなんて、絶対無理だけどね。お互いに働いてるからこそできる生活があるじゃない？」
「たしかに」
アーリーリタイアした雄司と、郊外で住む暮らしを想像する。もちろん、楽しい部分もあるかもしれないけど…。週末にオシャレなレストランで食事したり、ショッピングしたり…そういった生活は、望めないだろう。
それだけじゃない。
仕事の悩みも相談しづらくなるだろうし、話もきっとかみ合わなくなっていく。
今でさえ、彼から「そんなに働きたい理由が理解できない」と言われてしまっているのだから、なおさらだ。
「彼のことは好きですけど…自分を曲げてまで合わせていくのは、難しいかもしれないですね」
彼と知り合った当初、私は“ミニマリスト”の世界を知り、共感した。正直、それも決めてとなって、雄司と付き合うことにしたフシはある。
たくさんのものを消費するわけじゃない。でも穏やかで心地よく、安心した気持ちになる。
そんな生活を送る雄司がとても魅力的に思えたのだ。そして、一緒に穏やかな暮らしを送るうちに、彼自身のこともどんどん好きになっていった。
でも、今は…。
付き合い出した当時から、お互いが求める方向性が、大きく変わってきてしまっているのを強く感じる。
舞子さんの胸元に輝くVan Cleef & Arpelsのマジック アルハンブラをぼんやりと眺めながら、私はつぶやく。
思い返せば、これまで――ミニマルな暮らしを続けながらも、私は舞子さんに憧れていた。
先日会った、朋美さんだってそうだ。
2人とも、仕事に一生懸命で、華やかで眩しくてキラキラしていて、そしてとても堂々としている。「こんな女性になりたい」と強く思った。
バリバリ働き、たくさん消費して、東京じゅうを走り回る…そんな生活に、潜在的には憧れがあるのだ。
そんな自分と、少しでも早く・多くお金を貯めて仕事をリタイアしたい雄司。彼もまた、以前のような暮らしではなく、突き詰めた節約生活を求めるようになっている。
― 彼と価値観をすり合わせていくのは、かなり難しいかもしれないな…。
「まぁ、夫婦の話だもんね。私がどうこう言うことじゃないわ。そろそろ、行きましょうか」
立ち上がった舞子さんが、ちらりと私を見る。
「そういえば梓さん、今日はいつものベージュ系の服じゃないのね」
今日私は、おろしたてのMACKINTOSH LONDONのボルドーのワンピースを着ていた。いつもの生成色の服ではないからか、雄司になにか言いたげな表情で見られたけど、構わずに着て出てきた。
「ええ。もう秋ですし、ちょっと気分転換、と思って」
「そう。私、今日のスタイルの方が好きよ」
舞子さんは、微笑んで去っていく。
その後ろ姿を見つめながら、私は「彼と話さなくちゃ」と決意を固めたのだった。
◆
2ヶ月後
12月。ある晴れた心地の良い土曜日の午後。
「あーあ。ついに出しちゃったな」
「ね。お疲れさまでした」
新宿区役所を出て、雄司と肩を並べて歩く。
私たちは結局、「離婚」という選択をした。
舞子さんと会った後に、雄司と何度も話し合った。
でも、話せば話すほど、お互いの目指す方向性が違っていることが明確になった。
だから、この先の長い人生、無理に一緒にいるよりも、別々の人生を歩むほうがお互い幸せになれる、と結論づけたのだ。
大きくもめることもなく、離婚を決めてからはむしろ円満に、協力的に手続きを進めてきた。
そして今日、2人で書いた離婚届を提出した。
「えっと…雄司は、どこに帰るんだっけ」
「俺は今、八王子に住んでるよ。だから中央線かな。駅まで一緒にいく？」
「ううん。私は伊勢丹のコスメカウンターを見てから帰ろうかな」
一人暮らしになり、私の通勤ルートを考慮しなくてよくなった彼は、都心から離れたところで1ルームマンションを借りているようだ。生活コストを極限まで抑えられて満足だと言っていた。
私はその逆で…少し奮発して、南青山のマンションに引っ越した。「仕事にギアを入れたい」と上司に進言し、以前よりも多く案件を振ってもらっている。
「梓、頑張れよ。こんな結果にはなったけど、陰ながら応援してるから」
「ありがとう。雄司も…目標がかなうといいね」
お互い笑って、背中を向ける。
そして、それぞれの方向に歩き出した。
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