尊すぎる…愛妻を喪った大伴家持の悲しみに寄り添う弟・大伴書持が詠んだ一首【万葉集】

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暑さ寒さも彼岸まで……あれほど猛威を振るった暑さもようやく落ち着きつつある今日この頃。先日は重陽の節句(9月9日、菊の節句)に中秋の名月(十五夜のお月見。令和4・2022年は9月10日)を楽しんだ方も多いことでしょう。

さて、秋の夜長は実に風流ですが、一人ぼっちで過ごすと寂しさを感じてしまうこともしばしば。特に今まで誰かと一緒だったのがいきなり一人になると、ひときわ寂しさが身に堪えます。

そんな思いは今も昔も変わらなかったようで、今回は奈良時代に活躍した万葉歌人・大伴家持(おおともの やかもち)兄弟のエピソードを紹介。

辛い時に寄り添ってくれる存在とは、本当にありがたいものです。

今よりは 秋風寒く 吹きなむを……

大伴家持。小倉百人一首では中納言家持として知られる。狩野探幽筆

従今者 秋風寒 将吹焉 如何獨 長夜乎将宿

※『万葉集』第三巻・四六二番

【読み下し】
今よりは 秋風寒く 吹きなむを
いかにか独り 長き夜を宿(寝)む

【意訳】
これから寒い秋風が吹いてくる夜長、どうやって独りで寝ればよいのだ……。

従⇒より/者⇒は……で「今よりは」
「秋風寒く」
将⇒まさに〜す/焉⇒断定(読まず)……で「(まさに)吹きなむ(とする)を」
如何⇒いか(にか)……で「いかにか独り」
乎⇒前の語を強調(読まず)……で「長き夜を(まさに)宿む(とす)」

これは天平11年(739年。己卯-つちのとのう年)6月、大伴家持が妾(側室)を亡くしたことを悲しんで詠んだ和歌と伝わります。

(題:十一年己卯夏六月大伴宿祢家持悲傷亡妾作歌一首)

 

愛する妻を喪って、今までは一緒に乗り越えてきた秋風の寒さを、私はこれから一人ぼっちでどうやって乗り越えればいいのだろう。そんな寂しさと心細さがよく表れた一首です。

生前よほど彼女を愛していたのでしょう。その悲しみが何とか慰められないものか……と誰もが思ったであろうところ、

長夜乎 独哉将宿跡 君之云者 過去人之 所念久尓

※『万葉集』第三巻・四六三番

【読み下し】
長き夜を 独りや宿むと 君の云(言)へば
過ぎ去(いに)し人の 念(思)ほゆらくに

【意訳】
長夜の独寝を嘆くあなたの言葉を聞くと、亡くなった義姉さんのことが思い出されます。

もうここに彼女はいないけれど、ここで彼女と共に生きた思い出だけは、ずっと大切にしたい(イメージ)

これは弟の大伴書持(ふみもち)が兄の歌を聞いてその場でフォローを入れた一首(題:弟大伴宿祢書持即和歌一首)。

「兄上、義姉さんはとても素敵な方でしたよね。私にもよくしてくれて、今でも忘れられずにいます」

兄の悲しみに寄り添ってあげたいと共感し、それを伝えようと詠んだ書持の優しさが感じられますね。

寂しい時ほど、人の温かさは身に沁みるもの。また、人に優しくすることで自分も前向きになれるもの。これから寒くなりますが、心だけでも温かくしたいものです。

※参考文献:

多田一臣 訳『万葉集全解 1』筑摩書房、2009年3月