日下このみ 撮影/松山勇樹

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NMB48の3期生として2012年にアイドルデビューした日下このみ。2019年に卒業し、アイドルグループの振り付け師としてのセカンドキャリアを切り開いた。最新では、STU48のシングル『花は誰のもの?』のカップリング曲や、#ババババンビなどゼロイチファミリアのアイドルユニットの振り付けなどを手掛け、プロとして活躍の場を広げている。なぜ、振り付け師を目指したのか…、またこの先の目標について話を聞いた(前後編の前編)。

【写真】アイドルの振付師として活躍する元NMB48の日下このみの撮り下ろしカット【10点】

──STU48のシングル『花は誰のもの?』のカップリング曲を振り付けしたそうですね。



日下 そうなんです。『ポニーテールをほどいた君を見た』という曲なんですけど、タイトルからして秋元(康)さんイズムを感じました。卒業してから秋元さんの楽曲を振り付けすることを大きな目標にしていて、まさかこんなに早く叶うとは思っていませんでした。

──現役時代からNMB48の曲を何曲も振り付けてはいましたけどね。



日下 すべて秋元さんの曲だったので、今まで贅沢なことをさせていただいていたんだなって、改めて感じました。いま、私が振り付けで生きていけているのも秋元さんのおかげなので。

──すべては『AKB48のオールナイトニッポン』から始まったんですよね。



日下 そうなんです。その日(2015年3月4日深夜)はまさかの「日下このみスペシャル」で(笑)。実はその前日、体調が悪くて寝ていたんです。そこにマネージャーさんから「明日、『日下このみスペシャル』行けますか?」って電話があって、「行きます!」という流れで急遽決まったんです。放送中に「今後は振り付けをやりたい」と話したら、秋元さんが聴いてくださっていて、「次のシングルのカップリングは日下の振り付けでいこう」となったんです。その後、NMB48の曲を何曲か振り付けさせてもらいました。

──2019年、NMB48を卒業した後はどのように過ごしていましたか?



日下 2年くらい引きこもっていました。なぜかというと、一度体を休めないと前に進めないと思ったからです。それくらい今までの活動が目まぐるしかったんですね。そもそも、一人で何かを始めようとしても、何から手を付けたらいいのか分からなくて。「そうか、今まではスタッフさんが持って来てくれたお仕事をこなしていただけだったんだな」と痛感しました。

でも、引きこもってばかりではいけないから、違う空気を吸いたくなって、熱海のホテルに3か月間、住み込みでバイトすることにしました。

──唐突すぎますよ(笑)。



日下 バイトしたことがなかったので、人生経験を積みたかったというのもありましたし、リゾート地でリフレッシュしたかったのもあります。そのホテルでは、「お荷物お持ちします」とか「ウェルカムドリンクをご用意してあります」とかやってたんですけど、そしたら家族旅行で来たファンの女の子とばったり会ってしまって(笑)。「もしかして、このみんですか?」「はい、このみんです」みたいな。

そんなことがありながら、休みの日には熱海から東京へダンスレッスンを受けに行っていました。そこで感じたことは、大阪にはない刺激が東京にはあるということでした。住み込みが終わってから東京に一か月間マンスリーマンションを借りて、大阪と東京を往復するようになって、去年の11月、東京へ完全に引っ越しました。
 

──本当はニューヨークへダンスの勉強に行きたかったんですよね。



日下 そうです。コロナ禍で行けなくなってしまいましたが、今は気持ちが変わって、ロサンゼルスで勉強してこようと思っています。アイドルのダンスって、ダンサーの踊り方とは全然違うんです。アイドルのダンスは正面を意識して踊ります。顔を前に向けるのが基本なんです。でも、ダンサーってもっと立体的です。後ろも斜め後ろも使います。私はアイドルを8年やっていたから、アイドルダンスが染みついているので、これから振り付けを考えるとなっても幅の広さを出せないんですね。自分の癖を直すためにもロサンゼルスのパッションやリズムを取り入れたいなと思っています。

【後編はこちら】元NMB48・日下このみが振り付け師に「裏方がこんなに楽しいなんて…絶対に生き残るのが目標」