ザスパ草津時代の伊藤さん。日曜劇場「オールドルーキー」に携わるなど第二の人生で活躍中【写真:本人提供】

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日曜劇場「オールドルーキー」にエキストラ出演の伊藤拓真さん

 TBS系の連続ドラマ、日曜劇場「オールドルーキー」が6月26日からスタート。俳優の綾野剛が演じる主人公のサッカー元日本代表・新町亮太郎が、所属チームの突然の解散から現役引退を余儀なくされ、セカンドキャリアで奮闘する生き様が描かれる。

 第1話には、スポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店である株式会社ドームのスポーツマーケティング部に所属する元Jリーガー・伊藤拓真さんもエキストラ出演。劇中で着用される、Jリーグチームのリアルなデザインを追求したユニホームの制作にも携わるなど、経験を活かした。現役時代はシンガポール、地域リーグでもプレー。引退後は別の企業に転職していたが、サッカーへの思いが再燃して現職に就いた。今後のビジョン、同様に進路に迷うアスリートへ伝えられることを聞いた。(取材・文=THE ANSWER編集部・宮内 宏哉)

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 26日からスタートした日曜劇場「オールドルーキー」。J3チーム「ジェンマ八王子」が突然解散となり、所属していた37歳の元日本代表・新町は移籍先が見つからず、引退を余儀なくされる。紆余曲折を経て入社したスポーツマネージメント会社「ビクトリー」で奮闘する、第二の人生を描いたドラマだ。

 練習前のグラウンドで「ジェンマ八王子」の解散が告げられるシーン。チームの集合写真や絶句するチームメートの中に、伊藤さんの姿もあった。セリフなどはなく、撮影現場は和やかな雰囲気だったが「現場に向かう車の中では、サッカーの試合に行くような変な緊張感がありました」と笑いながら初の“ドラマ出演”を振り返る。

 劇中の選手がまとっている黄色いユニホームや練習着は、本物のJ3チームのような見た目を追求し、伊藤さんがドラマ衣装スタッフや社内のデザイナーらと作り上げたもの。Jリーグの規定を忠実に守り、架空のスポンサー企業の広告も入れるなど、元Jリーガーならではの知識とスポーツマーケティング部での経験を活かして“本当にありそう”な一着を生み出した。

 ドーム社が総代理店を務める米スポーツ用品メーカー「アンダーアーマー」では、一般客でも手軽にユニホームのデザイン、オーダー等ができるサービス「ユニフォームシュミレーター」を展開しており、作中のユニホームでもこの技術を活用している。

「チーム名を入れるかどうかとか、ラインの色など細部も選べます。劇中のものは、リアルなJ3のユニホームってこういう形なんじゃないかと、自分なりの考えを伝えました」

 ドラマにリンクした販売アイテムの制作なども携わった伊藤さんは、サッカー選手としては日本とシンガポールで10年間、計4チームにプロ契約で所属。厳しい環境にも身を置き、2018年限りで現役引退した。「(選手としての日々が)どれだけ楽しく、魅力があったか」も分かるだけに、今作の主人公・新町に共感できる部分もあるという。

練習生からJチーム加入→戦力外でシンガポールへ…青森でもプレー

 中学からサッカーを始めた伊藤さんは、群馬の名門・前橋育英高3年時にJ1・FC東京の練習に参加。ゴールキーパーとしてプロを志すようになった。早大では京都サンガF.C.の特別指定選手に登録されたが、入団は叶わず。大学を卒業し「サッカーは諦めようか」とも考えていた4月、ザスパ草津(現・ザスパクサツ群馬)から練習生として声がかかった。1か月で契約にこぎつけたものの、3年間でリーグ戦出場は5試合のみに終わり、2011年に戦力外通告を受けた。

 12月に行われたJリーグ合同トライアウトに参加後、是永大輔氏から連絡を受けた。同氏が社長を務めるアルビレックス新潟シンガポールへの入団オファーだった。伊藤さんは海外志向もあったため、前向きに承諾。異国から再びJリーグに戻ることを目標に海を渡った。

「悩みましたが、万人ができる経験じゃないので。(給料は)正直、厳しい条件でしたが、用意してもらった住居はコンドミニアムのプール付きで、食事もシンガポールなりの日本食は食べられる。不自由はなかったですし、永住したいくらいのいい環境でやらせてもらいました」

 日本人GKとして初めてシンガポールのリーグ選抜に選出され、マレーシア選抜との試合にも出場。アウェーで行われた試合には、7万人近い観客が集まった。日本でもなかなか体験できない、今も記憶に残る大規模な一戦だ。

 翌年は同じくシンガポールのゲイラン・インターナショナルFCでプレーし、2014年に日本に戻ってきた。加入したチームは、当時まだ東北一部リーグに所属していたラインメール青森FC。練習場所はゴールもなく、雑草の生えた広場。決して恵まれた環境ではなかったが、2016年からのJFL昇格に貢献するなど5年間在籍した。

 青森在籍中は、自作したプレー映像やプロフィールを国内外のチームに売り込み、ステップアップを狙い続けた。ただ、大学卒業から10年が経過した2018年には、上昇志向がふと切れてしまったのだという。

「上を目指すのが無理なのかなって、諦めてしまった自分がいました。その時点で現役は終わりかなと。一旦区切りを付けようということで引退を決断しました」

一度は別の企業に転職、辛かったのは「電話対応」

 30歳を超えてからは毎年将来への不安が増幅していく中にあった。現役ラストイヤーはチームの活動時間の合間を縫って、社会人の先輩や関係者から就職に関する情報を聞きまわっていた。精力的な行動は実を結び、引退前に複数社から内定を得ることができた。

「一度サッカーから離れたい」との思いもあり、セカンドキャリアとして最初に選んだのは機械部品の製造企業での営業職。2019年2月からスタートを切ったが、サッカーしか知らない自分を思い知らされた。

「特に電話対応が辛かったですね。パソコン作業は動画を作っていたりしましたし、困ることはありませんでしたが……下っ端なので電話に出てはみるものの、受話器の向こうから専門用語がバーッと流れてきて、何を言っているのか全く分かりませんでした(笑)。

 必死にメモをするんですけど追いつけず、かけ直させてもらうことも何度もありました。最後は問題なく対応できるようになりましたが、電話だけは毎日冷や汗でした」

 精神的に辛い日もあったが、ピッチとは違う新鮮な経験を積み、社会人として間違いなく成長できていた。ただ、時間の経過とともに心の中で「サッカー」への思いが再燃してきていた。

「気持ちに嘘をついてまでサッカーと全く関係ない仕事をするより、活躍できる場所で働きたい」

 引退後も母校・早大でコーチングスタッフをするなど、サッカーとの関りを持ち続けていた伊藤さんは、いつしか再び転職を志すようになっていた。昨年、ふとインターネット上の情報を眺めていた頃、たまたま目に入ったのがドーム社の求人だった。

 アンダーアーマーのサッカー領域を担当できる業務内容。運命めいたものを感じた。迷わず応募し、周囲の助けも借りながら、選考を通過。昨年8月からの入社となり、現在はJ2大宮アルディージャと、高校サッカーの強豪・青森山田高の担当を務めている。

「自分が関わってきたサッカーで一つのチームに携わり、選手をサポートできるのは魅力ある仕事。前職でもとても貴重な経験をさせていただきましたが、今は自分が持っている知識や経験が少なからず活かせられていると感じています。会社の中で、サッカーを他の競技に負けないくらいの分野にしていければ」

 まもなく入社から1年。サッカー領域でブランドの認知を拡大していくことが、最大の課題だ。「情報収集力と提案力を磨いていかないと。今のままだと実務だけ、誰がやっても同じになってしまう」。今回ドラマのエキストラ出演を通じ、伊藤さん自身のキャリアを伝えることで「サッカー×アンダーアーマー」も発信できると期待している。

サッカーを続けたい学生へ助言「まずは一回やってみる」

 伊藤さん自身もそうだったように、引退後の不安を拭いされないアスリートは少なくない。就職活動を機に、本当は続けたいサッカーをやめてしまう学生も多いが、伊藤さんは悩める教え子には「何でもやってみな」と助言することが多い。若いうちのやり直しはいくらでも利くと感じているからだ。

「サッカーを教えている学生の子たちは当時の僕なんかよりも賢いですし、大企業と言われるところに行くような子たちも多いですがサッカーを続けたい子も多いのかなと感じます。本人がやりたいというのであれば、やれるところまでやってから就職しても大きくは変わらない。だから、まずは一回やってみること。僕自身も守りのタイプで、ビビりながら生活している方でしたけど、サッカーから離れてもやれることはたくさんあるし、やれないことは全くない」

 Jリーグ、シンガポール、国内地域リーグと場所やカテゴリーが大きく異なるサッカー環境でプレーしてきた。得てきた知識や経験に、無駄なものはない。現役から離れたセカンドキャリアでも活かせることを、これからの人生で証明する。

■伊藤拓真(いとう・たくま)

 1986年8月11日生まれ、新潟出身の35歳。GKとして群馬・前橋育英高では2004年のインターハイベスト4。早大では08年全日本大学選手権優勝に貢献した。在学中に京都サンガF.C.の特別指定選手に登録されるも、入団は叶わず。卒業後の09年5月、練習生として参加していたJ2ザスパ草津に正式加入した。11年11月に戦力外通告を受け、翌年から2シーズンをシンガポールでプレー。14年にラインメール青森FCに移籍し、JFL入会に貢献。18年限りで引退した。現在は株式会社ドームのスポーツマーケティング部に所属。現役時代の身長・体重は183センチ・78キロ。

◆日曜劇場「オールドルーキー」グッズの展示&販売も開始◆

 劇中で新町亮太郎や「ジェンマ八王子」の選手達が着用しているサッカーユニホームと練習着がレプリカグッズとして登場。番組オリジナルグッズとともに専用Webサイトで受注販売されているほか、TBSショップで練習着トップスの販売も開始された。またいわきFCパーク、東京駅のTBSショップでの展示も行われている。

(THE ANSWER編集部・宮内 宏哉 / Hiroya Miyauchi)