大学入学共通テスト「数学ⅠA」に受験生が苦戦 急激な難化は正当だったのか - 物江 潤
※この記事は2022年01月25日にBLOGOSで公開されたものです
難化した大学入学共通テスト「数学ⅠA」 平均点は史上最低となる公算大
「流石に無理がある」
受験生を受け持つ塾経営者の一人として、大学入学共通テストの数学ⅠAを解き終えた後、そんなフレーズが頭をよぎった。
共通テストは、思考力・判断力・表現力を養いたいとか、実用的な場面で応用できる生徒を育みたいとか、現場を把握せずに様々なことを要求されてきた。その結果、基礎学力を計測するという元来の目的はどこかへ飛んでいってしまい、教科書の内容を理解するだけでは到底太刀打ちできない代物へと変貌を遂げてしまっていた。
2022年度大学入学共通テストの受験生の自己採点結果の集計にもとづく予想平均点を駿台予備学校とベネッセコーポレーションが運営する「データネット」が1月18日昼過ぎに発表した。難化した科目が多く、昨年より急落する見通し。教科・科目別の予想平均点をみると、とりわけ数学の平均点が落ち込んでおり、「数学1A」(科目名の数字はローマ数字)は歴代最低となる可能性が高い。
-- 大学入学共通テスト2022 自己採点集計は文系511点、理系515点 数学IAは38点、歴代最低か(高校生新聞オンライン) https://www.koukouseishinbun.jp/articles/-/8505
受験生からは問題作成者への恨み節が方々から聞こえてくる。当塾の生徒が通う某高校の先生に至っては「最悪」と嘆いたうえに、時間内に解くのを諦めたそうだ。受験産業から軒並み「時間内に解き終えるのは難しいだろう」といったコメントが出ていることからも、問題の難易度に対してとにかく時間が足りなかったのだ。結果、難関大の数学で十分な点数を取れる生徒でさえ、苦戦を強いられることとなった。
共通テストは、基礎学力を測る問題とすべきだった
当然の話だが、難関大の二次試験の方が高度な思考力・判断力・表現力といった多面的な能力が要求される。共通テストより多くの試験時間が課せられ、しかも問題数が抑制的なのだから、受験生から見てもじっくりと思考力を働かせる時間がある。
ところが、今回の試験のように時間内に解き切るのが難しい試験になってしまうと、もはや思考力をじっくり働かせる余地などない。その代わりに要求されるのは、猛スピードで正確に問題を解いていく情報処理能力や、簡単に解くことのできる時短テクニック(今回の試験であれば、大問3は完全順列の公式という、ややマニアックなものを知っていれば随分と時短できた)の習得である。これでは、十分な思考力を有した受験生までもが、共通テスト専用の盲目的トレーニングに多くの時間を割かざるを得ない。そんな能力を磨いて、いったい何になるのだろうか。かつての共通一次や初期のセンター試験のように、基礎学力を十分有した生徒であれば悠々と高得点を取れる試験の方が有意義だったのではないかとさえ思える。
しかしながら、責任を問題作成者に押し付けるべきではない。根本的には、迷走を続けた挙句、無理難題を作成者側に要求した人々が悪いのである(荒唐無稽な入試改革の経緯については拙著『入試改革はなぜ狂って見えるか』(ちくま新書)をご参照いただければと思う)。
そもそも、各大学・学問によって求める思考力・判断力・表現力等のあり様は異なるのだから、共通テストで計測することそのものに無理がある。多面的な能力の計測は各大学に任せて、全ての受験生にとって共通して要求されるベーシックな学力・能力を計測すべきではないのか。
非現実的な設定を採用してまで難化させることに意味はあるのか
共通テストでは、かつてのセンター試験よりも実用性を意識した出題が増えたのだが、数学ⅠA同様に難化した数学ⅡBで出されたこの問題(外部リンク:共通テスト2022 数学ⅡB問題|共通テスト解答速報2022|予備校の東進)は、果たして実用的と言えるのだろうか。歩行者と自転車をトリッキーに動かしてまで実用性を装うことに、どういった意味があるのだろうか。実用性重視という方向性を守るべく、苦心惨憺の末に編み出した労作なのだろうが、やはり理解に苦しむ。実用性を押し出す意味が感じられないばかりか、いたずらに受験生を困惑させただけにしか思えず、明らかにデメリットの方が大きいだろう。
これもまた、ただでさえ作問の難しい共通テストに対し、あれもこれもと理想を押し付けた人たちに責任がある。センター試験や二次試験をきちんと解いているようには全く見えない人々が入試改革の議論に参加するという、かなり笑えない現象が生じていたのだから、ある意味では当然の帰結ではある。
が、思い付きレベルの話が共通テストに反映され悪問となり、受験生の日頃の努力が実らないばかりか、自身の持つ能力が適切に計測されず涙する姿を思うとやりきれない。実際、当塾の生徒たちから話を聞く限り、試験終了後に涙を流す生徒が散見されたようだし、受験生と思しきSNSのアカウントからも悲痛な叫びが見て取れる。
共通テストに過剰な役割を押し付けるのは止めるべき
共通テストの前身であるセンター試験や共通一次試験からそうなのだが、この試験は選抜試験と資格試験の両方の役割を課せられている。
これが資格試験だけであれば、基本的に平均点は気にする必要がない。求める水準に到達していれば合格とするだけであり、平均点が高くなりすぎても低くなりすぎても、原理原則的に言えば問題ないのだ。
ところが、この試験は選抜試験でもある。能力差が適切に点数差として反映される必要があるため、どうしても適度な平均点が要求される。
ここに、そもそもの難点があった。選抜試験故に、受験産業や受験生は日々進化していき得点能力を向上させていく。必然的に、適切な平均点維持のため、試験の難易度を年々と上げざるを得ない。これでは、基礎学力の有無を測定するという資格試験的な目的や、共通一次試験以前に問題視された難問・奇問を排するという目的を達成するのは徐々に難しくなってしまう。現に、今回の共通テスト数学ⅠA・ⅡBは、標準的な受験生からすれば十分に難問・奇問の類であった。
繰り返しになるが、思考力・判断力・表現力といった多面的な能力は、各大学・学問によって求められるあり様が随分と違うのだから、各大学で計測するべきものだ。多様な生徒が受験する共通テストでは、基礎学力さえ測定できれば十分ではないのか。あれもこれもと夢や理想を好き放題詰め込むのは、単なる大人のエゴである。
そう遠くない将来、また入試改革の議論が実施されるだろう。その際には是非、委員の方々は共通一次・センター試験・共通テストおよび各大学の二次試験を最低限解答してから議論に参加していただきたいと切に願う。
