ザ・クラッシュ『Combat Rock』40年目の再検証 崩壊寸前だったバンドの進化に迫る
2022年はザ・クラッシュのデビュー45周年、初来日40周年、そしてジョー・ストラマーの没後20年。そんな節目のタイミングで、黄金期メンバーによるラスト・アルバムの40周年記念スペシャルエディション『Combat Rock / The Peoples Hall』が5月25日に日本盤リリースされる。新しい世代からも再発見されてきた本作の意義、今回のリイシューにおける聞きどころを、荒野政寿(「クロスビート」元編集長/シンコーミュージック書籍編集部)に解説してもらった。
ザ・クラッシュが1982年5月にリリースした通算5作目のアルバム『Combat Rock』は、彼らにとってアメリカで最も売れたシングル「Rock The Casbah」(全米8位)を収録、アルバム・チャートでも英2位、米7位を記録した大ヒット作。しかしトッパー・ヒードン(Dr)、ミック・ジョーンズ(Gt, Vo)在籍時最後のアルバムでもあり、バンド崩壊直前の緊張感をはらんだ、ファンにとってはビターな作品でもある。
『Combat Rock』のもうひとつの代名詞、ミック・ジョーンズ作&リード・ヴォーカルの「Should I Stay Or Should I Go」は、82年にシングル・カットされた際は全英17位止まりだったが、91年にリーバイスのCMに使用されたタイミングで再リリースされ、見事全英No.1を獲得。90年代のクラッシュ再評価を促進する起爆剤となった。この曲は映画やドラマのサウンドトラックでも人気で、最近も『クルエラ』(2021年)で使われたほか、NetFlixの人気ドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』でもシーズン1で使用され、劇中でジョナサン&ウィル・バイヤーズ兄弟がこの曲を聴くシーンがきっかけで、新たなファンを獲得している。
また、ジョー・ストラマー(Vo, Gt)が歌った「Straight To Hell」は、2008年にM.I.A.が「Paper Planes」でサンプリングしたことでお馴染みだろう(プロデュースはM.I.A.とディプロ)。ダニー・ボイル監督の映画『スラムドッグ$ミリオネア』のサウンドトラック盤にも収録されたこの曲は、全米4位まで上昇。「Straight To Hell」と『Combat Rock』の認知度を一気に押し上げ、クラッシュ人気にふたたび火を点けている。
そもそも、この『Combat Rock』はどのような経緯で生まれたアルバムなのか。参考資料として、伝記『ジョー・ストラマーの生涯 リデンプション・ソング』(クリス・セールウィクズ 著/大田黒奉之 訳)を参照しながら、本作がリリースされる2年前の1980年まで遡って、彼らの足取りを追って行こう。
「ヒップホップ」と「ルーツ回帰」の拮抗
4作目のアルバム『Sandinista!』(1980年)はセルフ・プロデュースで臨んだLP3枚組。レゲエやダブにますます接近する一方、ファンク、ジャズ、フォークまで取り込んだこの大作は、今でこそジャンル越境を先取りした野心作として高く評価されるようになったが、リリース当時は英19位とセールスが伸び悩んだ。しかしアメリカでは3作目『London Calling』(1979年)の27位より順位を少し上げ、24位まで上昇。批評家の反応も上々で、バンドの視線は自ずとアメリカ市場へ向いていくことになる。
セールス不振に対するテコ入れ策として、ジョー・ストラマーは初期からバンドを支えていた辣腕マネージャー、バーニー・ローズをバンドに呼び戻すが、これがバンド分裂の火種になった。バーニーはサウンド面においてイニシアチブを握っていたミック・ジョーンズと相性が悪く、ジョー寄りの人間。『Combat Rock』リリース後しばらくして起きた、ミック脱退事件にも当然絡んでいる。
サウンド的な転機は、81年5月〜6月にかけてニューヨークで行なった連続公演。サポート・アクトに選んだグランドマスター・フラッシュ&フューリアス・ファイヴは観客からブーイングを浴びるという憂き目に遭ったが、この時期にグラフィティ・アーティストでラップもするフューチュラ2000、ファブ・ファイヴ・フレディなどヒップホップ勢と交流を深めた。また、バンドを表敬訪問したビート詩人、アレン・ギンズバーグをステージに上げることに成功、クラッシュの伴奏でギンズバーグがポエトリー・リーディングを披露するという奇跡的な共演も実現している。こうした”現場での交流”から、フューチュラ2000のラップをフィーチャーした「Overpowered By Funk」や、ギンズバーグの語りをフィーチャーした「Ghetto Defendant」といった、『Combat Rock』を彩るコラボ曲が生まれたわけだ。
公演終了後もニューヨークに残ったメンバーはレコーディングを進める。かの地で得た刺激をたっぷり吸収し、『Sandinista!』のファンク感を残しながらヒップホップへの接近も感じさせる名曲「This Is Radio Clash」が誕生、81年11月にリリースされた。これもセールスは英47位と振るわなかったが、同時代の音楽を飲み込みながら前進を続けていたクラッシュの創造性がいよいよピークに達したのを示す、重要な1曲だ(後述のディスク2『The People s Hall』収録)。この路線で突き進んでいたら、次のアルバムは斬新なエレクトリック・ファンク・ロックの傑作になったかも。しかし、『Combat Rock』がそういう方向性のアルバムにならなかったのは何故か? ヒップホップにのめり込んでいくミック・ジョーンズとは対照的に、ジョー・ストラマーは『Sandinista!』で萌芽していたルーツ・ミュージックへの回帰モードに入っていたのだ。
フューチュラ2000が当時を振り返った動画
もともと5作目のアルバムは『Rat Patrol From Fort Bragg』と仮題がつけられた17曲入りのLP2枚組になる予定で、ミック・ジョーンズによってミックスされた試作バージョンが出来上がっていた。しかしこれを聴いたジョー・ストラマーは「素人が作ったミックスだ」とけなし、リリースを拒否。「1枚に再編集すべき」と譲らず、「ミック、お前プロデュースに向いてないんじゃないか」と言い放ってミックを怒らせている。すでにバンド外でエレン・フォーリーやイアン・ハンターの作品を手掛け、プロデューサーとしての活動を始めていたミックに対して、いくらか嫉妬の念があったのかもしれないが。それからずっと後の2000年代、リバティーンズのプロデューサーとして再び注目を浴びたミックを見て、ジョーの胸中にはどんな想いが渦巻いていたのだろう……と考えずにいられなくなるエピソードだ。
後年ブートレッグで流出した音源を聴くと、ジョーが2枚組での発売を拒んだ理由が何となくわかる。『Rat Patrol From Fort Bragg』はセールス不振に終わった『Sandinista!』の延長戦上でジャンル混合の冒険を続けている印象の大作。バラエティ豊富でカラフルだが、セールス回復を意識して「このままでは前作の二の舞になる」と感じたところがあったのかもしれない。ジョーが持ってきた「Know Your Rights」(邦題:権利主張)はロカビリーのビートを取り入れた硬質な曲で、全体の流れからはやや浮いている。この曲のベースの方向性を巡って、ミックとベーシストのポール・シムノンが衝突する場面もあったそうだ。
「4人のクラッシュ」最後の輝き
このアルバムの運命を大きく変えたのが、映画『スパークス・ブラザーズ』にもスパークスの元プロデューサーとして出演しているマフ・ウィンウッド(元スペンサー・デイヴィス・グループ、スティーヴ・ウィンウッドの実兄)。当時CBSでA&Rを担当していたマフの提言で、アルバムのリミックスをベテランのグリン・ジョンズ(ローリング・ストーンズが出演した映画『ワン・プラス・ワン』や、ドキュメンタリー『ザ・ビートルズ:Get Back』に登場するエンジニア/プロデューサー)に委ね、ジョーの要望通り1枚のアルバムにまとめることになった。ミック・ジョーンズの面目は丸つぶれだが、このときバンドを推進しているのはジョーとバーニー・ローズであった。
バンドに巨額の富をもたらした「Rock The Casbah」を作曲したのが、実はドラマーのトッパー・ヒードンであったことは、熱心なファン以外にはあまり知られていないだろう。トッパーは他のメンバーが誰もエレクトリック・レディ・スタジオに来ない間の待ち時間に、この曲を構築してラジカセでデモを録音。これを聴いて驚いたジョー・ストラマーが歌詞を乗せ、誰もが知っているあの形へと変貌していった。ジョーは後年、このときのトッパーについて「20分でベース、ドラム、ピアノなどを全部組み立てたんだ。全部一人でだぜ」と絶賛。しかしこの曲をシングルにすることにミック・ジョーンズが難色を示し、「少しあいつを説得しなきゃダメだった。あいつからすれば少しコメディ・タッチだと思ったのかな」と述懐している。この曲でソングライターとしても存在感を示したトッパーだったが、長引くドラッグ依存が原因で、新作の発売が目前に迫った82年5月10日、バンドから去ることになる。
ミック・ジョーンズが主役の「Should I Stay Or Should I Go」は、バンド脱退について書いたものではないとミック自身が明言。元恋人のエレン・フォーリーに向けて書いた可能性が高い。しかしジョーはこの曲の歌詞を聴いて、バンドに対する決別の歌として受け止めたという。そこまで二人の関係が悪化していた、ということだろう。この曲のレコーディング中、ミックは他のメンバーとほとんど会話をしなかったとポール・シムノンは証言している。
終わりへ向かって転がり始めていたバンドにも、最高に輝く瞬間がある。「Straight To Hell」はミックが何となく弾いていたギターのフレーズを膨らませて生まれた曲で、ここにトッパー・ヒードンがボサノヴァ風のビートを合わせるという機転をきかせた。トッパーはジョーにレモネードの瓶を渡し、タオルでくるんでバスドラムの前方を叩くよう指示、これがビートに独特な立体感をもたらしている。ジョーが宿泊していたホテルで徹夜して書き上げたという歌詞も、浮遊感のあるトラックに促されたのか、想像力を存分に羽ばたかせている。詞の連を順に追うと、イギリス→クリスマスのヴェトナム→ジャンキーだらけのアメリカへと、イメージが飛び移っていく様子がわかるはず。「4人のクラッシュ」の最後の名曲と言っていいこの「Straight To Hell」は、真冬のニューヨークで録音された。
その後ニュー・アルバムの作業を一旦中断、ツアーに出た4人は1982年の1月〜2月にかけて日本公演を行なった。このとき新作から、いち早く「Should I Stay Or Should I Go」や「Know Your Rights」を披露している。その後、ニュージーランド、オーストラリア、香港、タイを周ったバンドは、バンコク近郊の線路上で『Combat Rock』のジャケット写真を撮影。撮ったのは『London Calling』と同じく、クラッシュを追い続けたペニー・スミスだ。
今回のエディションで新たに追加されたディスク2『The People s Hall』は、未発表曲を含むレア音源集。アルバムのタイトルは今回初公開となる「Know Your Rights」の荒々しいバージョンを録音した、フレストニアのピープルズ・ホールから取られたものだ。フレストニアはもともとはロンドンのハマースミス区に属していた地域で、住民たち(ほとんどが不法占拠)が共和国を名乗って活動。居住者に芸術家や音楽家も多かったこの地域は文化的な拠点になっていて、『Combat Rock』のリハーサルと一部の録音もここで行われた、という縁がある。
また、前述の幻のアルバム『Rat Patrol From Fort Bragg』に収められる予定だったトロピカル風味のエレクトロ・ファンク「The Fulham Connection」(ファンには「The Beautiful People Are Ugly, Too」のタイトルで知られている)も、『The People s Hall』で聴くことができる。この曲はトッパー・ヒードンのソロ・シングル「Leave It To Luck」(1985年)のB面として世に出たインストゥルメンタル「Casablanca」のオリジナル。実はジョーの歌入りで出来上がっていて、パーカッションをたっぷり入れたゴージャスなトッパー版とはまるっきり違うアレンジだった。また、今回発掘されたモータウン・ビートが痛快な未発表のインストゥルメンタル「He Who Dares Or Is Tired」は、『Rat Patrol From Fort Bragg』とは方向性がやや異なるが、ドラマーとしてのトッパーの魅力がよく出ていて思わず聴き惚れる。
もうひとつ注目すべきレア曲が、フューチュラ2000がザ・クラッシュをバックに従えて1982年にセルロイド・レコーズからリリースしたシングル、「The Escapades Of Futura 2000」のオリジナル・ミックスである「Futura 2000」(プロデュースもザ・クラッシュ名義)。バンドを起用していたシュガーヒル・レコーズの作品などをミック・ジョーンズなりに研究したと思われる演奏は、未聴の人には新鮮に聞こえるはず。彼がクラッシュ脱退後にドン・レッツらと立ち上げるビッグ・オーディオ・ダイナマイトにも繋がっていく、興味深い曲だ。フューチュラ、セルロイド、そしてクラッシュという強烈な個性の三つ巴感を堪能して欲しい。
ザ・クラッシュ
『Combat Rock / The Peoples Hall』(40周年記念盤)
2022年5月25日リリース
Blu-spec CD2 解説・歌詞・対訳付
定価:¥3,300+税
再生・購入:https://SonyMusicJapan.lnk.to/THECLASH_cbrtph
DISC 1:Combat Rock
1. Know Your Rights
2. Car Jamming
3. Should I Stay Or Should I Go
4. Rock The Casbah
5. Red Angel Dragnet
6. Straight To Hell
7. Overpowered By Funk
8. Atom Tan
9. Sean Flynn
10. Ghetto Defendant
11. Inoculated City
12. Death Is A Star
DISC 2:The People s Hall
1. Outside Bonds
2. Radio Clash
3. Futura 2000
4. First Night Back In London
5. Radio One - Mikey Dread
6. He Who Dares Or Is Tired *
7. Long Time Jerk
8. The Fulham Connection
9. Midnight To Stevens
10. Sean Flynn
11. Idle In Kangaroo Court
12. Know Your Rights *
*Previously unreleased
ザ・クラッシュ
『Combat Rock』(40周年記念Clear Vinyl)
2022年5月25日リリース
完全生産限定盤 ソニーミュージックグループ自社一貫生産アナログレコード 解説・歌詞・対訳付
定価:¥3,800+税
購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/THECLASH_cbr
『Combat Rock』のもうひとつの代名詞、ミック・ジョーンズ作&リード・ヴォーカルの「Should I Stay Or Should I Go」は、82年にシングル・カットされた際は全英17位止まりだったが、91年にリーバイスのCMに使用されたタイミングで再リリースされ、見事全英No.1を獲得。90年代のクラッシュ再評価を促進する起爆剤となった。この曲は映画やドラマのサウンドトラックでも人気で、最近も『クルエラ』(2021年)で使われたほか、NetFlixの人気ドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』でもシーズン1で使用され、劇中でジョナサン&ウィル・バイヤーズ兄弟がこの曲を聴くシーンがきっかけで、新たなファンを獲得している。
また、ジョー・ストラマー(Vo, Gt)が歌った「Straight To Hell」は、2008年にM.I.A.が「Paper Planes」でサンプリングしたことでお馴染みだろう(プロデュースはM.I.A.とディプロ)。ダニー・ボイル監督の映画『スラムドッグ$ミリオネア』のサウンドトラック盤にも収録されたこの曲は、全米4位まで上昇。「Straight To Hell」と『Combat Rock』の認知度を一気に押し上げ、クラッシュ人気にふたたび火を点けている。
そもそも、この『Combat Rock』はどのような経緯で生まれたアルバムなのか。参考資料として、伝記『ジョー・ストラマーの生涯 リデンプション・ソング』(クリス・セールウィクズ 著/大田黒奉之 訳)を参照しながら、本作がリリースされる2年前の1980年まで遡って、彼らの足取りを追って行こう。
「ヒップホップ」と「ルーツ回帰」の拮抗
4作目のアルバム『Sandinista!』(1980年)はセルフ・プロデュースで臨んだLP3枚組。レゲエやダブにますます接近する一方、ファンク、ジャズ、フォークまで取り込んだこの大作は、今でこそジャンル越境を先取りした野心作として高く評価されるようになったが、リリース当時は英19位とセールスが伸び悩んだ。しかしアメリカでは3作目『London Calling』(1979年)の27位より順位を少し上げ、24位まで上昇。批評家の反応も上々で、バンドの視線は自ずとアメリカ市場へ向いていくことになる。
セールス不振に対するテコ入れ策として、ジョー・ストラマーは初期からバンドを支えていた辣腕マネージャー、バーニー・ローズをバンドに呼び戻すが、これがバンド分裂の火種になった。バーニーはサウンド面においてイニシアチブを握っていたミック・ジョーンズと相性が悪く、ジョー寄りの人間。『Combat Rock』リリース後しばらくして起きた、ミック脱退事件にも当然絡んでいる。
サウンド的な転機は、81年5月〜6月にかけてニューヨークで行なった連続公演。サポート・アクトに選んだグランドマスター・フラッシュ&フューリアス・ファイヴは観客からブーイングを浴びるという憂き目に遭ったが、この時期にグラフィティ・アーティストでラップもするフューチュラ2000、ファブ・ファイヴ・フレディなどヒップホップ勢と交流を深めた。また、バンドを表敬訪問したビート詩人、アレン・ギンズバーグをステージに上げることに成功、クラッシュの伴奏でギンズバーグがポエトリー・リーディングを披露するという奇跡的な共演も実現している。こうした”現場での交流”から、フューチュラ2000のラップをフィーチャーした「Overpowered By Funk」や、ギンズバーグの語りをフィーチャーした「Ghetto Defendant」といった、『Combat Rock』を彩るコラボ曲が生まれたわけだ。
公演終了後もニューヨークに残ったメンバーはレコーディングを進める。かの地で得た刺激をたっぷり吸収し、『Sandinista!』のファンク感を残しながらヒップホップへの接近も感じさせる名曲「This Is Radio Clash」が誕生、81年11月にリリースされた。これもセールスは英47位と振るわなかったが、同時代の音楽を飲み込みながら前進を続けていたクラッシュの創造性がいよいよピークに達したのを示す、重要な1曲だ(後述のディスク2『The People s Hall』収録)。この路線で突き進んでいたら、次のアルバムは斬新なエレクトリック・ファンク・ロックの傑作になったかも。しかし、『Combat Rock』がそういう方向性のアルバムにならなかったのは何故か? ヒップホップにのめり込んでいくミック・ジョーンズとは対照的に、ジョー・ストラマーは『Sandinista!』で萌芽していたルーツ・ミュージックへの回帰モードに入っていたのだ。
フューチュラ2000が当時を振り返った動画
もともと5作目のアルバムは『Rat Patrol From Fort Bragg』と仮題がつけられた17曲入りのLP2枚組になる予定で、ミック・ジョーンズによってミックスされた試作バージョンが出来上がっていた。しかしこれを聴いたジョー・ストラマーは「素人が作ったミックスだ」とけなし、リリースを拒否。「1枚に再編集すべき」と譲らず、「ミック、お前プロデュースに向いてないんじゃないか」と言い放ってミックを怒らせている。すでにバンド外でエレン・フォーリーやイアン・ハンターの作品を手掛け、プロデューサーとしての活動を始めていたミックに対して、いくらか嫉妬の念があったのかもしれないが。それからずっと後の2000年代、リバティーンズのプロデューサーとして再び注目を浴びたミックを見て、ジョーの胸中にはどんな想いが渦巻いていたのだろう……と考えずにいられなくなるエピソードだ。
後年ブートレッグで流出した音源を聴くと、ジョーが2枚組での発売を拒んだ理由が何となくわかる。『Rat Patrol From Fort Bragg』はセールス不振に終わった『Sandinista!』の延長戦上でジャンル混合の冒険を続けている印象の大作。バラエティ豊富でカラフルだが、セールス回復を意識して「このままでは前作の二の舞になる」と感じたところがあったのかもしれない。ジョーが持ってきた「Know Your Rights」(邦題:権利主張)はロカビリーのビートを取り入れた硬質な曲で、全体の流れからはやや浮いている。この曲のベースの方向性を巡って、ミックとベーシストのポール・シムノンが衝突する場面もあったそうだ。
「4人のクラッシュ」最後の輝き
このアルバムの運命を大きく変えたのが、映画『スパークス・ブラザーズ』にもスパークスの元プロデューサーとして出演しているマフ・ウィンウッド(元スペンサー・デイヴィス・グループ、スティーヴ・ウィンウッドの実兄)。当時CBSでA&Rを担当していたマフの提言で、アルバムのリミックスをベテランのグリン・ジョンズ(ローリング・ストーンズが出演した映画『ワン・プラス・ワン』や、ドキュメンタリー『ザ・ビートルズ:Get Back』に登場するエンジニア/プロデューサー)に委ね、ジョーの要望通り1枚のアルバムにまとめることになった。ミック・ジョーンズの面目は丸つぶれだが、このときバンドを推進しているのはジョーとバーニー・ローズであった。
バンドに巨額の富をもたらした「Rock The Casbah」を作曲したのが、実はドラマーのトッパー・ヒードンであったことは、熱心なファン以外にはあまり知られていないだろう。トッパーは他のメンバーが誰もエレクトリック・レディ・スタジオに来ない間の待ち時間に、この曲を構築してラジカセでデモを録音。これを聴いて驚いたジョー・ストラマーが歌詞を乗せ、誰もが知っているあの形へと変貌していった。ジョーは後年、このときのトッパーについて「20分でベース、ドラム、ピアノなどを全部組み立てたんだ。全部一人でだぜ」と絶賛。しかしこの曲をシングルにすることにミック・ジョーンズが難色を示し、「少しあいつを説得しなきゃダメだった。あいつからすれば少しコメディ・タッチだと思ったのかな」と述懐している。この曲でソングライターとしても存在感を示したトッパーだったが、長引くドラッグ依存が原因で、新作の発売が目前に迫った82年5月10日、バンドから去ることになる。
ミック・ジョーンズが主役の「Should I Stay Or Should I Go」は、バンド脱退について書いたものではないとミック自身が明言。元恋人のエレン・フォーリーに向けて書いた可能性が高い。しかしジョーはこの曲の歌詞を聴いて、バンドに対する決別の歌として受け止めたという。そこまで二人の関係が悪化していた、ということだろう。この曲のレコーディング中、ミックは他のメンバーとほとんど会話をしなかったとポール・シムノンは証言している。
終わりへ向かって転がり始めていたバンドにも、最高に輝く瞬間がある。「Straight To Hell」はミックが何となく弾いていたギターのフレーズを膨らませて生まれた曲で、ここにトッパー・ヒードンがボサノヴァ風のビートを合わせるという機転をきかせた。トッパーはジョーにレモネードの瓶を渡し、タオルでくるんでバスドラムの前方を叩くよう指示、これがビートに独特な立体感をもたらしている。ジョーが宿泊していたホテルで徹夜して書き上げたという歌詞も、浮遊感のあるトラックに促されたのか、想像力を存分に羽ばたかせている。詞の連を順に追うと、イギリス→クリスマスのヴェトナム→ジャンキーだらけのアメリカへと、イメージが飛び移っていく様子がわかるはず。「4人のクラッシュ」の最後の名曲と言っていいこの「Straight To Hell」は、真冬のニューヨークで録音された。
その後ニュー・アルバムの作業を一旦中断、ツアーに出た4人は1982年の1月〜2月にかけて日本公演を行なった。このとき新作から、いち早く「Should I Stay Or Should I Go」や「Know Your Rights」を披露している。その後、ニュージーランド、オーストラリア、香港、タイを周ったバンドは、バンコク近郊の線路上で『Combat Rock』のジャケット写真を撮影。撮ったのは『London Calling』と同じく、クラッシュを追い続けたペニー・スミスだ。
今回のエディションで新たに追加されたディスク2『The People s Hall』は、未発表曲を含むレア音源集。アルバムのタイトルは今回初公開となる「Know Your Rights」の荒々しいバージョンを録音した、フレストニアのピープルズ・ホールから取られたものだ。フレストニアはもともとはロンドンのハマースミス区に属していた地域で、住民たち(ほとんどが不法占拠)が共和国を名乗って活動。居住者に芸術家や音楽家も多かったこの地域は文化的な拠点になっていて、『Combat Rock』のリハーサルと一部の録音もここで行われた、という縁がある。
また、前述の幻のアルバム『Rat Patrol From Fort Bragg』に収められる予定だったトロピカル風味のエレクトロ・ファンク「The Fulham Connection」(ファンには「The Beautiful People Are Ugly, Too」のタイトルで知られている)も、『The People s Hall』で聴くことができる。この曲はトッパー・ヒードンのソロ・シングル「Leave It To Luck」(1985年)のB面として世に出たインストゥルメンタル「Casablanca」のオリジナル。実はジョーの歌入りで出来上がっていて、パーカッションをたっぷり入れたゴージャスなトッパー版とはまるっきり違うアレンジだった。また、今回発掘されたモータウン・ビートが痛快な未発表のインストゥルメンタル「He Who Dares Or Is Tired」は、『Rat Patrol From Fort Bragg』とは方向性がやや異なるが、ドラマーとしてのトッパーの魅力がよく出ていて思わず聴き惚れる。
もうひとつ注目すべきレア曲が、フューチュラ2000がザ・クラッシュをバックに従えて1982年にセルロイド・レコーズからリリースしたシングル、「The Escapades Of Futura 2000」のオリジナル・ミックスである「Futura 2000」(プロデュースもザ・クラッシュ名義)。バンドを起用していたシュガーヒル・レコーズの作品などをミック・ジョーンズなりに研究したと思われる演奏は、未聴の人には新鮮に聞こえるはず。彼がクラッシュ脱退後にドン・レッツらと立ち上げるビッグ・オーディオ・ダイナマイトにも繋がっていく、興味深い曲だ。フューチュラ、セルロイド、そしてクラッシュという強烈な個性の三つ巴感を堪能して欲しい。
ザ・クラッシュ
『Combat Rock / The Peoples Hall』(40周年記念盤)
2022年5月25日リリース
Blu-spec CD2 解説・歌詞・対訳付
定価:¥3,300+税
再生・購入:https://SonyMusicJapan.lnk.to/THECLASH_cbrtph
DISC 1:Combat Rock
1. Know Your Rights
2. Car Jamming
3. Should I Stay Or Should I Go
4. Rock The Casbah
5. Red Angel Dragnet
6. Straight To Hell
7. Overpowered By Funk
8. Atom Tan
9. Sean Flynn
10. Ghetto Defendant
11. Inoculated City
12. Death Is A Star
DISC 2:The People s Hall
1. Outside Bonds
2. Radio Clash
3. Futura 2000
4. First Night Back In London
5. Radio One - Mikey Dread
6. He Who Dares Or Is Tired *
7. Long Time Jerk
8. The Fulham Connection
9. Midnight To Stevens
10. Sean Flynn
11. Idle In Kangaroo Court
12. Know Your Rights *
*Previously unreleased
ザ・クラッシュ
『Combat Rock』(40周年記念Clear Vinyl)
2022年5月25日リリース
完全生産限定盤 ソニーミュージックグループ自社一貫生産アナログレコード 解説・歌詞・対訳付
定価:¥3,800+税
購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/THECLASH_cbr