愛とは、与えるもの。

でも、与えすぎる愛は時に、相手を押しつぶしてしまうことがある。

愛情豊かなお嬢様・薫子(26)は、そんな“重すぎる愛”の持ち主。

「適度な愛の重さ」の正解とは……?

その問いに答えを見いだすべく、改めて恋愛と向き合った女の、奮闘物語である。

▶前回:「男の人に慰めてほしくて」入社1日目にして、先輩からヒソヒソと嫌味を言われた女は…




恋は一旦お休み。

今は社会人として一生懸命努力して、“普通”の感覚を身につけたい。

働くことが決まってから、薫子は心に固くそう決意していたのだが…。

― どうしよう。こんなに早く、また人を好きになっちゃうなんて。

だれよりも早く出社した薫子は、社長室に季節の花を活けながら深いため息をついた。

出社初日、カフェテリアで純一郎に助けられてから2週間が経つ。慣れない環境下で目まぐるしい日々を過ごす間も、純一郎の優しい笑顔が頭から離れない。

しかも、今日はその純一郎と夕食を共にする予定だ。

「バッタリ会ったら、その時にコーヒーでも」

純一郎にそう言われたものの、あれ以来、薫子は彼に遭遇できずにいた。これ以上お礼が遅くなるのがいたたまれなくなり、勇気を出して昨日、社内イントラから純一郎をお誘いしたのだった。

― でも私…まだ、前の自分から変われてない。

何人もの男性に「重い」と言われ、フラれ続けてきたのだ。もう2度と、同じ過ちはしたくない。

ましてや今回の相手は、社内の人間。絶対に失敗できない。


恋に臆病になっている薫子の心に響いた、“ある一言”とは?


ひと通りの朝の仕事を終えて席に戻ると、ちょうど紀香が出社したところだった。

「薫子ちゃん、いつも早いね」

「あ、はい。紀香さんに教えていただいた朝のルーティンは、ひと通り済ませておきました。あとは、社長がいらっしゃったらスケジュールの確認をさせていただきます」

「完璧、ありがとう。じゃあ、今はちょっとのんびりしちゃおっか。薫子ちゃんがこんなに早く仕事覚えてくれるなら、私、あと3ヶ月も残らなくて大丈夫そうだね」

「いえ、そんなことないです。まだまだ色々学ばせていただきたいです」

薫子の言葉に嘘はなかった。

確かにこの2週間でひと通りの業務は覚えたが、トラブルやイレギュラーなことが起こった際は、紀香の臨機応変さや効率的な判断に助けられてばかりだった。

仕事をこなす紀香の姿は本当にかっこよくて、同性の薫子も惚れ惚れした。

買ってきたコーヒーに口をつけながらメールチェックをする紀香を見つめ、薫子はぽつりと尋ねる。

「あの…紀香さんと旦那様って、どれくらいの期間お付き合いされてたんですか?」

そう聞いてしまってから、薫子はハッと肩をすくめた。入社以来、紀香とは業務以外の私的な会話をほとんどしてこなかったため、嫌な顔をされるかと思ったのだ。

しかし紀香は、なんでもないことのようにサラッと答える。

「んー、大学の時からだから、10年くらいかな」

「10年!?ですか!?すごい…運命の人なんですね!」

驚く薫子の様子に、紀香はくすくすと笑う。

「そんな大層なモノじゃないよ。10年の間ずっとって訳でもないし」

「どういう意味ですか?」

「あっちも私も、途中で他にもいろいろあったってこと。もちろん、付き合ってる時はお互いきちんとしてたよ。

でも、長く一緒にいると、途中でひとりになって恋愛以外のことを頑張りたくなったり…他の人と付き合ってみたらどうだろうって、目移りしちゃうときもあるじゃない?

そんな紆余曲折を経て、やっぱりこの人だなーと思って、結婚することになったんだよね」




― か…かっこいい…!!

紀香の話を聞いて受けた衝撃は、その日の業務が終わっても続いた。

長く交際しているといろいろある、と紀香は言ったが、薫子にはなにもなかった。

ただシンプルに、運命の相手と結婚して愛し愛されたい。

好きな人ができれば彼好みに染まり、とことん尽くし続ける薫子は、「他の人と付き合ったらどうだろう?」なんて思ったことなど一度もなかったのだ。

― やっぱり、好きな人しか見えなくなるのが、「重い」って言われちゃう一番の原因よね…。

今もまた純一郎しか見えなくなりつつある薫子は、約束の店へと向かう道すがら、自分の欠点について考え続けた。

そして、ある考えに至る。

約束の時間までまだ時間があることを確認し、薫子は“ある場所”へと寄り道をするのだった。


デート直前。何かを思いついた薫子が向かった場所は…


寄り道をした薫子が銀座の『蕎麦 流石』に到着したのは、約束の10分前だった。

― うまくいきますように…。

ドキドキと高鳴る胸の鼓動を感じながら、祈るような気持ちで純一郎の到着を待つ。

そして、約束の時間ピッタリの19時半。

入り口の扉を開けて入ってきた純一郎は店内を見回すと、端の席に座っていた薫子を見つけ、少し驚いたような表情を浮かべた。

「竹林さん。ごめん、待たせちゃったかな」

「いえ、こちらが早くついてしまっただけですから」

「そう言ってもらえると助かります。なんだか今日は、この前と印象が違うね」

「そうですか?いつもこんな感じですよ」

そう純一郎へと視線を投げかける薫子の目尻には、さきほどまでのナチュラルメイクとは違い、クールなキャットラインが引かれていた。

メイクだけではない。服装も淡いピンクのFOXEYのワンピースから、透け感がある黒色のノースリーブのワンピースに着替えている。

まるで、東京カレンダーのカバーガールのような艶やかな装いだ。

薫子は、待ち合わせまでの時間で百貨店に立ち寄り、お嬢様感一辺倒だったルックスをガラリと変え、イメージチェンジすることにしたのだった。




「横井さん…純一郎さんって呼んでもいいですか?何から召し上がります?」

「あ、じゃあ白にしようかな。竹林さんは?」

「薫子、って呼んでください。私も同じのでお願いします」

落ち着いた口調を心がけて純一郎と会話をするものの、心臓は爆発しそうだ。

「じゃあ、薫子ちゃんって呼ばせてもらおうかな。今日は誘ってくれてありがとう。あれくらい、別に良かったのに」

― わ、わ、わ…純一郎さんが私のことを薫子ちゃんって…。ムリ…、かっこよすぎ…好き…。

「だめです、お礼はきちんとさせてください。純一郎さん、改めて、あの時は本当に助けていただきありがとうございました」

「薫子ちゃん、律儀なんだね」

― ええっ、お礼に食事をご馳走するのって、普通はやりすぎなの?これって重すぎる??

口から出る言葉と頭の中がバラバラすぎて、ほとんどパニックだ。

しかし、薫子は必死で平静を装い、作り笑顔を維持する。

― 私、大丈夫だよね?ちゃんとできてる?経験豊富な26歳の女性って、きっとこんな感じよね!?

女性として成熟する前に、唐突に訪れてしまった運命の恋。

同じ失敗をしないため、薫子は心に決めていた。

純一郎との恋を成就させるために、「重い女」とは対極的な…経験豊富な女性のふりをすることを。

▶前回:「男の人に慰めてほしくて」入社1日目にして、先輩からヒソヒソと嫌味を言われた女は…

▶1話目はこちら:記念日に突然フラれた女。泣きながら綴った、元彼へのLINEメッセージ

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“脱・重い女”するために、「軽い女のフリ」をする薫子。その作戦は成功するのか?