「お互い独身だったら結婚しよう」32歳女が、元同僚との約束を思い出し…
女にとって、33歳とは……。
32歳までの“20代の延長戦”が終わり、30代という現実に向き合い始める年齢だ。
結婚、キャリア、人間関係―
これは、33歳を意識する女たちが、それぞれの課題に向かって奮闘する2話完結の物語だ。
▶前回:「女って怖い…」“好きな男の妻”にされた、衝撃的な嫌がらせとは
33歳までに彼氏がほしい女・深山衣里(32歳)【前編】
「かんぱーい!」
金曜の夜。
IT系広告代理店で働く私は、所属部署の新入社員歓迎会に参加している。この4月、新卒の女性社員が2人配属されたのだ。
「ねえ、新人の君たち。今、彼氏とかいるの?」
酔いが回った様子の上司が、新人女子たちにプライベートな質問を始めた。
― この質問、大丈夫なの?『セクハラだ』って思われたりしない?
私は心配になるものの、2人とも笑顔で対応している。
「2年くらい付き合ってる人がいます!」
「私は最近別れちゃいました!今は彼氏募集中です〜」
「おお、そうなんだ。いいねいいね」
素直な返答に気をよくした上司は、他の女性社員にも話を振っていく。
「君は最近どう、長く付き合ってる彼がいるって言ってなかったっけ?」
「はい、今はプロポーズ待ちなんです♡」
― やば、私も質問されるかな。
順番に話が振られていくので、私は身構える。
長年彼氏がいないから、話すことがない。どう答えたものかと考え始めたけれど…。
「そうだ。俺、最近キャンプにはまっててさ」
私の番が来ると思った瞬間、上司は急に話を変えた。
― なんだ、聞かれずに済んでラッキーだったわ。
しかしよく考えてみれば、この会に参加している女性たちの中で、30代は私1人だけ。他の女性たちは皆20代、それも、27歳以下なのだ。
30代の私には、気を使って聞かなかったということだろうか。
ほっとするような悔しいような、微妙な気持ちでワインをぐいっとあおる。
― いや、やっぱり悔しい。『どうせ彼氏いないだろ』って思われてるみたいでイヤ!
飲み干した瞬間、そう思った。
上司の対応に悔しくなった衣里の、ある決意
33歳までに、彼氏くらいは欲しい
帰り道。
私は「上司を見返したい」という思いに燃えていた。
そして同時に、他の後輩女子たちが皆、恋愛に関する近況を当たり前のように話していたことに、動揺もしていた。
今は、32歳と5ヶ月。
振り返れば3年以上も彼氏がいない。
20代の終わりは転職して、仕事に夢中だった。ここ数年はコロナ禍で出会いも減り、気づけばこの年齢になっていたのだ。
次の誕生日――33歳までに、結婚するのは時間的に厳しいとしても、せめて恋人は欲しい。
― 本気でやれば、彼氏くらいならできるはず。
意気込んでスマホを取り出し、マッチングアプリをインストールする。
根拠のない自信を原動力に、私は“恋活街道”を走り始めた。
それから1ヶ月、アプリを通じて15人もの男性に会った。
しかし、結果は出ていない。
「私、アプリ向いてないのかも…」
「衣里、昔からそれ言ってたよね」
昔からの友人に愚痴る。
彼女が指摘する通り、私は以前もアプリ恋活に挫折していた。
27歳の頃。興味本位で登録し、何人かの男性に会ったことがある。
でも、結果は散々だった。
初対面の男性と1対1で会うのは緊張する。旧知の友達とは違い、最初から自分をさらけ出すわけにはいかないから。
もどかしさが気疲れとなり、会話をいっそう停滞させる。結局、誰とも恋愛に発展しなかった。
当時はお食事会も多かったから、すぐに見切りをつけて退会したけれど。30代の今、出会いに恵まれない私は、アプリだけが頼みの綱だ。
しかし案の定、何人会おうがまったく楽しくないという現実。
「じゃあ、友達からの紹介は?最初は複数人でゴハン食べてみる、とか」
「うーん。周りの友達はだいたい、『紹介できる人がいない』って言うんだよね」
30代にもなると条件の良い男性は、一部を除いて結婚しているか、長く付き合っている彼女がいるようだ。
「それなら、自分が20代で培った人間関係を掘り起こすのは?大学の友達とか、会社の同期とか」
「会社の同期、かぁ」
その言葉を聞いて、“ある男性”の顔が頭に浮かんだ。
― そういえば彼、今どうしてるんだろう?
かつて毎日のように飲みに行き、友達以上恋人未満のような存在だった人。
22歳の時、「10年後もお互いに独り身だったら、結婚しよう」なんて言い合ったこともある。
私は自然とスマホを手に取り、LINEの友だちリストをスクロールして彼の名前を探していた。
◆
再会
「英輔、久しぶり!元気そうだね」
「お〜、衣里。連絡ありがとうな!」
1週間後。
表参道の『Queency』で、私は前職の同期・瀬田英輔と再会した。
気持ちの良い風を感じられるテラス席で、私たちはこのお店名物の松阪豚のカツレツに舌鼓を打つ。
10年前、新卒でIT系メガベンチャー企業に入社した私たち。
同じ立教大学出身ということで、内定時代から英輔とは話が合い、頻繁に2人で飲んでいた。
当時はお互いに恋人がいたから友人としての付き合いだったが、今思えば微妙な関係だった。酔った勢いで手を繋いで帰ったり、2人きりで日帰り旅行したこともある。
ただ、入社3年目の時に英輔が大阪支社に異動になったことで、関係は疎遠に。お互いの出張ついでにたまに飲むくらいの関係になった。
5年目の時に彼は東京に戻ってきたが、その頃私は前職を辞め、今の会社に転職した。
ほどなくして、英輔も転職したと噂に聞いた。有名な外資系IT企業のマネジャー職を掴んだらしい。
彼との一番新しい記憶は4年前、前職の同期の結婚式で顔を合わせたのが最後だ。
それでも、「久しぶりに飲もう」と連絡したら二つ返事でOKしてくれた。それに今日も、左手の薬指に指輪はない。
だから、「もしかしたらパートナーはいないのかも」と勝手に推測する。
英輔の恋愛事情を推測する衣里に待ち受けていた、意外な事実
初夏の夜風になびく、少し癖のついた彼の前髪。
くつろいだ表情の面立ちは幼さがそぎ落とされ、大人の色気が加わった気がする。
彼との時間は楽しく、昔の話や元同期たちの近況などを話していると、どんどん時間が過ぎていく。
ただ、私たちは食事開始から2時間が経っても、お互いの恋愛の話題に触れようとしていない。
― 『彼女いるの?』って聞くの、なんか怖いな…。
今のこの時間が楽しくて、私は彼にパートナーの存在を確認するのが怖くなっていた。
閉店時間になり、店を出た私たちは、駅までの道を歩き始めた。
「衣里はさ、結婚はまだなの?指輪してないから、勝手に『まだなのかな』って思ってるんだけど」
出し抜けに彼に尋ねられた。私は驚いて、反射的に返答する。
「うん。結婚はしてない。ていうか、彼氏もいないよ」
すると英輔は、「そっか」と返したきり、しばらく何も話さないでいる。
緊張しているような、何かを迷っているような。微妙な空気を感じて、私は彼の次の言葉を待つ。
「あのさ、10年前の約束…覚えてる?
22歳の時、『10年後もお互いに独り身だったら、結婚しよう』って言ったよな」
「ああ、冗談で言い合ってたアレね。うん、覚えてるけど?」
平静を装って“冗談”なんて言葉を使ったけれど、私は内心ドキドキする。
― もしかして、ここでプロポーズされちゃう?再会早々に、急じゃない?
でも英輔なら全然アリ、っていうか嬉しいかも――と、ほろ酔い気分で期待する。
英輔は意を決したように、私の目をまっすぐに見据えた。
「俺、実は結婚したんだ。
でも、すぐに離婚してさ。いわゆるバツイチ子持ちってやつなんだよね」
「…!?」
一気に酔いがさめる。
会っていない間に何があったのかを、そこで初めて聞いた。
彼の話によれば、元妻とは3年前に結婚相談所を通じて出会い、交際3ヶ月で入籍したそうだ。
結婚すると元妻は正社員の仕事を辞め、元麻布の不動産会社でパートを始めた。
しばらくすると、彼女は妊娠。それがわかった日は、2人で手を取り合って喜んだ。
しかし数ヶ月すると、彼女の様子が変わった。喧嘩が増え、英輔のことを「低収入」と罵るようになる。
「妊娠で不安になっているのだろう」と英輔は考えたが、実際は違った。彼女はパート先の社長と不倫していたのだ。
そして子どもが生まれると、元妻は「彼と結婚したい」と言い始めた。
英輔は抵抗したが、結局、協議の末に離婚。子どもの親権は元妻が持ち、英輔と離婚後すぐ、その社長と再婚したという。
「俺、その男から『子どもは俺が世話するから、養育費は要らない』って言われたんだ。それに、かなりの額の慰謝料を受け取った。なんか、家族がいなくなって、手元には金だけが残って…虚しかったよ」
「英輔、大変だったのね…」
「まあね。衣里とはさ、『結婚しよう』なんて冗談で言い合ってたくらいだから、元妻のこと相談したいなと思ってたんだけど。なんか、目の前で起きていることに対応するので精一杯だったんだよね」
― “冗談で”…。そうだよね、うん。
最初に自分で“冗談”と言いきったくせに、彼から言われるとなぜか少し傷ついた気分になる。彼のことを恋愛対象として意識してしまっているからだろうか。
― 英輔は、再婚願望あるのかな?
冷静な頭で考える。
英輔はバツイチ子持ちだけど、アプリで出会う人とは違い、お互いのことをよくわかっている。
今日も楽しく過ごせたし、彼とならうまくやれそうな気がする。
― って、私は勝手に思っちゃったけど。英輔の方は、なんとも思ってないんだろうなあ。
なにしろ、帰り道まで「結婚しているかどうか」はおろか、彼氏の有無さえ聞かれなかったのだから。
考えながら歩いていると、表参道駅に着く。
英輔の住まいは赤坂だから千代田線。私は清澄白河に住んでいるので、半蔵門線に乗る。
「英輔、今日はありがとう。またこうして、時々飲もう」
内心「英輔とは何もなさそうで残念…」だなんて思いつつ、明るく別れの挨拶を告げて歩き出す。
すると、歩き出してすぐ。「ちょっと待って」と彼に腕を掴まれた。
「衣里、あのさ――」
私の様子をうかがうような表情で、彼は言うのだった。
▶前回:「女って怖い…」“好きな男の妻”にされた、衝撃的な嫌がらせとは
▶1話目はこちら:結婚間近の29歳女。彼が約束より早く家に来て、衝撃的な告白を…
▶Next:5月21日 土曜更新予定
最終回:英輔が衣里に切り出したこととは?