日本でガラパゴス進化した音楽「シティポップ」が、全米1位の楽曲に引用されて大ブームになった背景
■グラミー賞歌手のアルバムにあった日本人の名前
世界的に人気の高いカナダ出身のR&Bシンガー、ザ・ウィークエンド。彼が今年の1月に5作目のアルバム『Dawn FM』を発表した際、大いに話題となった。いや、彼が新作を発表するともちろん常に話題になるのだが、日本では別の切り口からニュースになったのである。
その理由は、収録曲のひとつ「Out of Time」である。この曲のクレジットを見てみると、複数名が並ぶソングライター欄に、亜蘭知子と織田哲郎の名前が確認できる。
シンガー・ソングライターの亜蘭知子が1983年に発表したアルバム『浮遊空間』に収められた「MIDNIGHT PRETENDERS」がサンプリングされているため、このようなクレジットがされているのだ。
この『Dawn FM』は米国のビルボード・チャートでは2位という大ヒットを記録した。これほどのヒット作に、日本人の名前がクレジットされることは、そうそうあることではない。
■なぜ亜蘭知子の楽曲がサンプリングされたのか
この亜蘭知子の「MIDNIGHT PRETENDERS」は、発表当時の1983年によく知られていた曲かというと、決してそうではない。シングル・ヒットしたわけでもなく、あくまでもアルバムに収められた知る人ぞ知る一曲でしかない。
そもそもこの『浮遊空間』というアルバム自体がチャートに入るようなセールスを収めているわけではなく、亜蘭知子も作詞家としてはそれなりにヒットを飛ばして知名度はあるが、シンガーとしてはかなりマニアックな部類だろう。
「MIDNIGHT PRETENDERS」という楽曲は、今話題の“シティポップ”と呼ばれる音楽の一種である。シティポップという言葉にはさまざまな解釈があるので、明確に説明するのは非常に難しいが、直訳すると“都会的なポップス”といったところだろうか。
■日本だけのガラパゴスな音楽
もう少し詳しく言うと、70年代から80年代にかけて生まれ発展していった日本のポップスで、大人っぽいロックやソウルミュージックなどの洋楽に影響受けて洗練された音楽の総称である。
例えば、山下達郎、松任谷由実、南佳孝、吉田美奈子、角松敏生、稲垣潤一などが代表的なアーティストとして挙げられる。日本ではフォークや歌謡曲が主流だったが、そことは差別化する意味でもシティポップという言葉は使われることも多い。
ただ、シティポップという言葉自体、当時からある呼称ではなく、後から生まれてきた言葉だ。よって、90年代以降のスタイリッシュな音楽も、そう呼ばれることは多い。洋楽と比べても遜色のない質の音楽だったとはいえ、ごく一部を除くと日本だけのガラパゴスな音楽でしかなかった。
■実は全米1位の楽曲にもシティポップは使われていた
ではなぜ、ザ・ウィークエンドほどのビッグネームが、日本のマニアックな一曲をサンプリングしたのだろうか。
もともと彼の音楽には、80年代リバイバルのようなテイストが多い。
ブラック・ミュージックという狭い範疇(はんちゅう)にとどまらないほど、ポップスやロックのイディオムを取り入れたが曲が多く、例えば2020年に発表した前作のアルバム『After Hours』からシングル・カットされて大ヒットした「Blinding Lights」のビートは、a-haの1985年の大ヒット曲「Take On Me」からの影響を指摘されていた。
こういった彼の指向性の一端に、たまたま日本の80'sナンバーがフィットしたといってもいいだろう。
実はこのような日本の楽曲をサンプリングすることは、今に始まったことではない。2014年には、ラッパー兼シンガーとして絶大な人気を誇るJ・コールのアルバム『2014 Forest Hills Drive』に収められた「January 28th」では、ハイ・ファイ・セットの「スカイレストラン」(1975年)がサンプリングされていた。
しかもこのアルバムは、米国Billboard Chartで堂々の1位を獲得している。6年前にはすでに、ザ・ウィークエンド以上の実績を日本のシティポップが成し遂げていたとも言い換えられるだろう。
他にも山下達郎の「FRAGILE」を引用したグラミー受賞ラッパーのタイラー・ザ・クリエイター、杏里の「Last Summer Whisper」のイントロ部分をループさせた楽曲を歌うジュヌヴィエーヴなど、メジャーだけでなくインディ系も含めるとすでに相当数あり、今後も続々と作られていくのは間違いないだろう。
■YouTubeの台頭で海外のマニアが「発見」できるように
われわれ日本人にとって、こういった元ネタ楽曲を見つけることはさほど困難ではないかもしれないが、海外では相当のマニアでないとこれまでは知る由もなかった。
しかし、YouTubeや音楽サブスクリプションサービスの台頭により、どんな国のどんなマニアックな音楽にも気軽にアクセスできるようになった。そのため、日本の知られざる音楽が、海外の音楽ファンにどんどん“発見”されていったことは想像がつく。
中でもその大きなターゲットとなったのが、シティポップと呼ばれる1970年代から80年代の洋楽に影響を受けた洗練度の高いポップスだったのだ。
おそらくずいぶん前からマニアはいたはずだが、インターネットカルチャーの隆盛によってようやく発見されたといってもいいだろう。
発端ははっきりとはわからないが、2010年代初頭には海外のDJのイリーガルなミックスに日本の楽曲が入ることは度々あったし、ヴェイパーウェイヴと呼ばれるアンダーグラウンドのダンスミュージックカルチャーにおいても、シティポップやアイドルポップがサンプリングされることが増えた。
いずれも正式にリリースされるというよりは、YouTubeをはじめ権利が曖昧なままひっそりと公開され、それがじわじわと広まっていくのである。
■竹内まりやの非公式動画が2000万回以上再生
YouTubeでの日本のシティポップのブレイクということでいえば、竹内まりやの「プラスティック・ラヴ」に関する経緯はもはや説明不要だろう。2017年ごろに非公式にYouTubeでアップされた動画が、あっという間にSNS上で拡散され、一気に2000万回以上の再生数をたたき出した。
この状況を受けて、2019年には急遽(きゅうきょ)公式のミュージックビデオが制作されている。
また、インドネシアのシンガーで人気音楽YouTuberでもあるRainych(レイニッチ)が2020年10月に松原みきの往年のヒット曲「真夜中のドア/STAY WITH ME」(1979年)をカヴァーしたことがきっかけで、Apple MusicやSpotifyといった音楽ストリーミングサービスの各種チャートでのランキングが急上昇。日本だけなく全世界でチャートに入るという40年越しの特大ヒットとなった。
■海外で評価されている日本の70〜80年代の音楽
竹内まりやや松原みきのブームの少し前には、大貫妙子の1977年のアルバム『SUNSHOWER』の再評価という現象もあった。
2014年に放映された人気バラエティ番組「Youは何しに日本へ?」に、このアルバムを探すために日本にやってきたアメリカ人教師が登場。
この時点ですでに彼のような外国人が大貫妙子のレコードを血眼になって探していたということは、さらにその数年前にはすでに海外の再評価が進んでいたことがわかる。
海外には、大貫妙子に限らず日本の70年代や80年代の音源に注目する音楽ファンがたくさんいる。たまたまテレビ番組にフィーチャーされ可視化されたというだけで、潜在的に日本の音楽を好む海外のリスナーの総数は膨大数になるだろう。
■人気の出た楽曲が、たまたま日本語だった
海外における日本文化の評価という軸で考えると、アニメおよびアニソンはもはや定番だ。かなりマニアックなアニメでも、海外には一定のファンがついており、日本語で歌われているアニソンを自然に聴いているという例も決して少なくはない。
それがたまたま日本語だったというだけで、英語だろうがほかの言語だろうがアニソンとして区別はされていないのだ。こういった日本文化における受け入れられ方は、そのまま日本のシティポップにも当てはめられることも多いはずだ。
70年代や80年代の心地よい音楽を探しているうちに、たまたま知られざる日本のシティポップという鉱脈に遭遇し、さらにはSNSなどで拡散されたものをキャッチし、リスナーの耳に馴染(なじ)んでいったことは、今のインターネットカルチャーがデフォルトになった時代では当然といってもいいのかもしれない。
■日本語のシティポップが全米1位になるかもしれない
では、この海外でのシティポップ・ブームは一過性のものなのだろうか。
シティポップが海外で評価され始めたのは、上記の出来事から類推すると、遅くとも2010年代の初頭だろう。そう考えると、このシティポップ・ブームはすでに10年ほど続いていると言える。
もしも一過性であるならば、10年も続くだろうか。10年も続くブームなんてそうそうないだろう。しかも廃れるどころか、まだまだ右肩上がりで加熱しているようにも思われる。
ザ・ウィークエンドのような世界的な特大ヒットに、シティポップが引用されることは珍しくなくなるかもしれないし、さらにいえば、日本のシティポップに影響を受けたというアーティストが登場し、軽々と世界中のチャートを制覇することがあってもおかしくはないだろう。
BTSに代表されるように、アジアのアーティストでも全米No.1になれることはすでに証明されているわけだから、日本人が日本語で歌うシティポップが世界中で鳴り響く未来も、あながち夢物語ではないのである。(了)
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栗本 斉(くりもと・ひとし)
ライター、選曲家
1970年生まれ、大阪出身。レコード会社勤務時代より音楽ライターとして執筆活動を開始。退社後は2年間中南米を放浪し、帰国後はフリーランスで雑誌やウェブでの執筆、ラジオや機内放送の構成選曲などを行う。開業直後のビルボードライブで約5年間ブッキングマネージャーを務めた後、再びフリーランスで活動。著書に『ブエノスアイレス 雑貨と文化の旅手帖』(毎日コミュニケーションズ)、『アルゼンチン音楽手帖』(DU BOOKS)、共著に『Light Mellow 和モノ Special』(ラトルズ)などがあり、最新刊『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』(星海社)が発売中。
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(ライター、選曲家 栗本 斉)