大谷翔平の人間性の何が学びとなるのか、小学校の道徳教材に起用した狙いと子どもたちに感じてほしいこととは【写真:Getty Images】

写真拡大 (全2枚)

連載「人間・大谷翔平の肖像」第1回、光村図書出版・編集長の渋谷さんに狙いを聞く

 今月開幕した米大リーグ。今季も活躍が期待されるのが、エンゼルス・大谷翔平投手だ。野球の常識を覆す投打二刀流での地位を確立。さらに礼儀正しく、少年のようにプレーを楽しむ姿は、日米の野球ファンのみならず、老若男女を魅了する。なぜ、この男はそれほどまでに愛されるのか。「THE ANSWER」の連載「人間・大谷翔平の肖像」はシーズン中、さまざまな立場から背番号17を語る記事を掲載。実力だけじゃない魅力を紐解き、大谷のようなトップアスリートを目指すジュニア世代の成長のヒントも探る。

 第1回は小学校の道徳教材に大谷を起用した、光村図書出版小学校道徳編集長・渋谷恵さん。2018年度から同社5年生の教科書では、大谷が活用した「目標達成シート」を紹介し、夢を実現するための努力、筋道を描くことの大切さについて、4月最初の教材で取り上げている。彼の人間性の何が学びとなるのか、起用の狙いと子どもたちに感じてほしいことを聞いた。(取材・文=THE ANSWER編集部・宮内 宏哉)

 ◇ ◇ ◇

 小学校では2018年度から教科となった道徳。大谷は光村図書の教科書で、小学5年生の4月に学ぶトップバッターとして登場している。タイトルは「夢を実現するためには」だ。

 ドラフト1位で8球団に指名されるという目標に向かい、大谷が花巻東高時代に作成していた“マンダラ”として知られる目標達成シートを紹介しつつ、達成のための道筋を描き、コツコツと努力する大切さが子ども向けに説かれた内容。具体的なエピソードとしては中学3年間で球速を毎年5キロ、高校では毎年10キロ向上させ、最終的に高3で160キロの到達を目指していたことが記されている。

 渋谷さんは「希望と勇気、努力と強い意志」のテーマについて子どもたちに考えてもらう上で、目標に向かって真摯に突き進む大谷の姿を教材として扱うことが最適だと判断した。5年生の教科書の一番始めに登場させたのにも、実は狙いがある。

「5年生は高学年になる年で、学校の中でも責任のある学年になります。子どもたちがしっかりし、張り切る学年。雲の上の人かもしれないけれど、大谷さんだってコツコツ努力して今がある。張り切っている5年生の4月最初の教材に持ってくることで『今年1年、こんな目標を持ってみよう』と自分に落として考え、学んでもらうことが狙いです」

 教科書では、子どもたちが実際に簡易的な目標達成シートを作れるようにもなっている。1年の目標を考える4月にはピッタリで、担任の先生も一緒に考えることだってできる。

 思考を“見える化”することで目標を達成しやすく、実際に教科書を使っている学校の先生にも評判が良い。「こちらの意図や狙いに合致したようでよかった。例示されている大谷さんのシートも、書かれていることが地に足がついていて、一つ一つ凄く丁寧。子どもたちもイメージしやすいし、達成の仕方が凄く具体的」と渋谷さんは頷いた。

渡米前に起用を決定も「間違いなかった」と確信

 道徳の教材で取り扱う人物として推奨されているのは、子どもたちに身近で、世界で活躍している人物などだが、最も注意するべき点は「評価が安定している」こと。なぜなら、一度採用された教科書は4年間使われることが原則だからだ。

 極論を言えば、不祥事があっても教科書には残ってしまう。だからこそ、人間性に関する調査は非常に慎重に、多方面から情報を集めるが、大谷の場合は信頼を得るまでさほど時間を要さなかった。

 学生時代にさかのぼって調査をしても、マイナスな要素が出てこない。「これなら」と判断し、当時所属していた日本ハム球団に依頼。大谷本人の「教育に役立てるのであれば」と快く応じる旨の反応が伝えられ、2018年度の教科書で取り扱うことが決まった。

 100人以上の候補の中から、前例のない二刀流選手として日本球界を席巻していた大谷を採用した。海を渡ってからの姿を見て「起用に間違いはなかった」と確信している。野球の実力は言うまでもない。それ以上にゴミを拾う姿や関係者とのコミュニケーションなど、礼儀や品格の面でも日本の誇りと感じられるからだ。

「ゴミを拾う姿だって『拾うぞ!』と拾っているわけではなく、自然に出ていますよね。彼が高校生の時の目標達成シートを見返すと、『運』の項目に挨拶、ゴミ拾い、道具を大切にするなどあります。昔から大谷さんの思考にあること、自然体なんだと改めて思いました。周りの方との出会いとか、育った環境も影響しているのかもしれませんね」

 2021年MVPに輝いた大谷も、18年10月には右ひじのトミー・ジョン手術を経験するなど、苦しんだ時期はある。ただ、道徳の教材としては「人間誰しも上手くいかないときはある」と伝えられる部分だ。「失敗しても振るわなくても、それは次の目標を達成するための過程ということ」。全てにおいて成功している人物を取り上げればいいわけではないのも、道徳の奥深さだ。

大谷に願うことは「僭越ですが…今のままでいてほしい」

 教科書で取り上げる人物の男女比、職業などのバランスを考慮した結果、大谷は小学5年生の「夢を実現するためには」のみに登場したが、他のテーマでも十分取り上げることは可能だったのではないかと渋谷さんは明かす。

「例えば『人の強さや気高さを理解し、生きる喜びを感じる』というテーマ。大谷さんは気高さもあるし、そんなことを考えて行動していないかもしれないけれど、ある人が見たら『この人が野球で頑張っていることそのものが、生きている良さなんじゃないか』と感じる人もいるかもしれません。

 他にも『礼儀』もあるかもしれないし『思いやり』もあるかもしれない。米国という文化の違う国で生きていて『相互理解』もあるかもしれない。実はすごく複合的な人間性が入っているはずなんです」

 道徳に10年近く携わっている渋谷さん。教材を通じて「5年生になったA君、Bちゃん、Cさんがこれから生きていく中で『大谷さんのことを勉強したよね』って、辛い時やしんどい時に思い出してほしい」と願う。

「大谷さんには大谷さんの生き方があるけれど、大谷さんも目標達成シートを書いて、1つ1つ目標を達成して、活躍をしたんだと。あの時、自分がどんな目標を書いたか見返して、『しんどいけれどもうちょっとがんばろう』と思える心、意志を持って判断する力を育んでいってほしい。人間だから弱いところがあって当たり前で、最終的に自分が納得できる強さを引き出せれば、この教材があってよかったと思えると思います」

 今後の大谷に願うことは「物凄く僭越ですが……今のままでいてほしい」。大谷が着実に目標に向かって生きている今そのものが、子どもたちや我々大人に元気をもたらす。「ずっと長くそうあってほしい」と明かした。

 人として大事なことと分かっていても、なかなかそうあり続けるのが難しいのが人間。子どもたちが何かあった時、少しでもよい考えができるよう、心を耕していくのが道徳だ。二刀流プレーヤーとして異国の地で輝く大谷の辿った軌跡とその裏にある姿勢が、子どもたちの健やかな心を育むことに役立てられている。

【私が感じる人間・大谷翔平の魅力】

「自然体。私服の時でも、ユニホームを着ている時でも、誰かと会話をしている時でも、凄くナチュラルに見える。インタビューでも素直で素朴、自然体で飾らないところが、私個人としては魅力を感じています。それなのにやっていることは凄い(笑)。その自然体を通すことも、凄いプレッシャーだろうし大変だと思う。だからこそ、その自然体が際立つような気がしています」(光村図書出版・渋谷恵)

(THE ANSWER編集部・宮内 宏哉 / Hiroya Miyauchi)