「人の死」にまつわる仕事にはデマやウソが多い。葬儀業を営む佐藤信顕さんは、著書『遺体と火葬のほんとうの話』(二見書房)で、巷にあふれるさまざまな俗説を正している。佐藤さんのインタビューをお届けしよう――。
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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tiero

■葬儀に関するデマには“実害”がある

--『遺体と火葬のほんとうの話』では“死”にまつわる都市伝説やデマの真相を明らかにしています。巷(ちまた)で信じられる俗説を正そうと思った動機を教えてください。

一言で言えば、デマによる実害があるからです。

私の家は、祖父の代から葬儀社を営んできました。私も子どもの頃から家業を手伝っていました。死した人を無事に送り出せるように、また遺された人たちのお役に立てるように、とたくさんの人が葬儀の現場を支えています。にもかかわらず、「人が死んで儲かる商売だ」「葬儀屋さんって差別されるんでしょ」「人がイヤがる仕事だから高いお金をもらえるんでしょう」という陰口はなくなりません。

遺体や火葬の話については、あまり詳しく語られないせいか、先入観やマイナスのイメージを持つ人が少なくないのです。

それに、最近は「元葬儀屋の体験談」などと称して、ことさらセンセーショナルに話を盛ったり、でっち上げたりして不安や恐怖をあおって、本を売ろうとしたり、PVを稼ごうとしたりする人も出てきました。いまこそ死を見つめて生を充実させましょう……そのために、私の宗教に入信しなさい、私のオンラインサロンに入らなければならない、と宣伝する人もいます。

昔ながらの不安症法なのですが、事実に基づかない情報を流す人がいるため、葬儀や火葬の現場で実害が出てしまっている。

■遺骨を火葬で焼き切ることはできない

--具体的にはどんなデマにお困りですか?

佐藤信顕『遺体と火葬のほんとうの話』(二見書房)

たとえば、宗教学者の島田裕巳さんは「お骨は高温で焼き切れるから、大きな骨壺は必要ない」と主張しています。でも、火葬の温度は800度から1000度だから焼き切ることなんてできません。島田さんの話を信じて「お骨を持ち帰りたくないので、焼き切ってください」と火葬場にご骨を置いて帰ってしまうご遺族もいるんです。

このような事実とはかけ離れたデマが独り歩きしてしまうと現場が混乱し、業務に支障をきたします。葬儀や火葬にたずさわる人たちが、本当に迷惑する。もっと言えば、デマや都市伝説が、葬儀や火葬の現場で、真摯にご遺体やご遺族と向き合うたくさんの人たちの心を傷つけているのです。

葬儀の現場で一生懸命に働く人たちのためにも、現状をなんとかしたいと思うようになりました。昔から伝わるデマや都市伝説を検証し、正しい情報を伝えなければ、と。

■「死体洗いのバイト」は存在するが…

--誰もが耳にした経験がある「死体洗いのバイト」の都市伝説にも言及していますね。

あれは「人がイヤがる仕事だから高いお金をもらえる」というイメージの典型ですね。「ホルマリンのプールに遺体を沈めるアルバイト」もそう。

「死体洗いのバイト」のウワサの出所だと思われるのはベトナム戦争です。当時、海外にはバラバラになったご遺体をつなぎ合わせたり、ご遺体が腐敗しないように処置をしたりする――現在で言うエンバーミングにあたる仕事があったそうです。

エンバーミングとは、ご遺体にホルマリンを注入し、腐敗を防ぐ技術です。でも、専門的な技術が必要ですし、ホルマリンという劇薬を扱うので、現実的にはアルバイトができる仕事ではありません。ただし、専門家の助手としてアルバイトを雇っていた可能性はありますが……。

日本に「死体洗いのバイト」なんてなんてない――と断言したいところなんですが、実はあるんです。

--え、あるんですか?

ええ、「湯灌(ゆかん)」のアルバイトが現実にあります。湯灌とは、ご遺体をバスタブのようなものに入れて洗ったり、拭き清めたりすることです。最近では「湯灌」を「エンゼルケア」と呼び、新規参入する介護業者が増え、求人を行っています。

ただし「人がイヤがる仕事だから高いお金をもらえる」というのは間違いです。一般的に「エンゼルケア」は時給にして1500円程度。月給だと18万円から22万円ほどでしょうか。それほど高額ではないでしょう?

■「ホルマリンのプールに遺体を沈めるアルバイト」は存在しない

--確かにそうですね。では、「ホルマリンのプールに遺体を沈めるバイト」は存在するのでしょうか。

親戚のおじさんがやった経験があるとか、あの先生が学生時代にやっていたらしいという情報はたくさんあります。でも、実際に経験したと証言する人には会った人はいない。真偽不明だから、ウソだとも、本当にあるとも言えない。

この話の基になったと考えられるのは、大江健三郎さんの小説『死者の奢り』だと言われています。

「死者たちは、濃褐色の液に浸かって、腕を絡みあい、頭を押しつけあって、ぎっしり浮かび、また半ば沈みかかっている」(『死者の奢り・飼育』(新潮文庫)p.8)

おどろおどろしい描写が印象に残っている人も多いのではないでしょうか。

『死者の奢り』が発表されたのは、1957年です。それから半世紀以上、語り継がれてきたと考えられます。でも、考えてみてください。ご遺体が浮かんでくるのなら、蓋をすればすむ話でしょう。合理的に考えるとわざわざ学生バイトを雇って棒で沈める必要はないはずです。

■ホルマリンプールは存在するが、作業しているのは専門の技術者

そんな疑問から「ホルマリンのプールに遺体を沈めるアルバイト」は、現実に存在するのか、調べてみました。

まずホルマリンには揮発(きはつ)性があり、近くにいれば中毒を起こす恐れもあります。そんな劇薬を満たしたプールでアルバイトに作業させるとは考えにくい。私自身もご遺体の衛生管理の一環としてホルマリン系の消毒剤を購入した経験があります。薬剤をあつかうために、関連の資格も取得しました。そうした体験を振り返っても、アルバイトが簡単にできる仕事だとは思えません。

大学病院の窓口に尋ねてみたのですが、守秘義務があり、答えてもらえなかった。そんなときに病院にホルマリンを納入している業者の方と知り会って、いろいろと教えてもらいました。

大学の医学部では解剖実習をするために、献体されたご遺体を保存する必要があります。そのためにも、ホルマリンでご遺体の組織を「固定」しなければなりません。その後、ご遺体からホルマリンを抜くためにアルコールを満たしたプールに浸します。業者の方によれば、プールと言っても広さは温泉の大浴場ほど。ホルマリンプールは、確かに存在していたのです。

では、そのご遺体を誰が管理しているのか。学生のアルバイトにまかせているのか。調べていくと献体されたご遺体には医学的な処置が必要なために、専門の技術者が行っていることが分かりました。

画像=加藤萬製作所
急速遺体防腐処理装置。遺体処理の期間を短縮することができる - 画像=加藤萬製作所

ただし、最近はホルマリンを抜く作業は箱形の「遺体処理装置」で行うケースが増えています。ホルマリンをプールで抜くと3カ月かかるのに対して「遺体処理装置」を使えば1カ月ほどですむそうです。

--誰もが知る都市伝説の裏にそんな事実があるとは。面白いですね。

そうなんです。調べてみて語り継がれる都市伝説が発生した背景や、遺体に関わる仕事など……一般の方々がふだんは意識しないであろう、死やご遺体をめぐるさまざまな現場が見えてきたんです。

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佐藤 信顕(さとう・のぶあき)
佐藤葬祭 社長
1976年生まれ。東京都出身。厚生労働省認定葬祭ディレクター1級。祖父の代から続く葬儀社を20歳で継ぎ、インターネットでの明瞭な価格公開などにいち早く取り組む。2015年からはYouTubeにて『葬儀・葬式ch』の配信を開始。葬儀にまつわるあらゆるテーマを真摯にわかりやすく解説する語り口が人気を呼ぶ。アカデミー賞映画『おくりびと』の美術協力のほか、メディアへの出演も多数。著書に『日本人として心が豊かになる家族と自分のお葬式』(青志社)、『ザ・葬儀のコツ まちの葬儀屋三代目が書いたそのとき失敗しない方法』(合同フォレスト)、『遺体と火葬のほんとうの話』(二見書房)などがある。
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(佐藤葬祭 社長 佐藤 信顕 聞き手・構成=山川徹)