「M1 Ultra」から垣間見えるApple製半導体の優位性と凄み(本田雅一)

Appleが毎年、この時期に新製品を発売することは周知である。それ故に数か月前から噂されてきたiPhone SEとiPad AirのプロセッサがそれぞれA15 BionicとM1に更新されたことに大きな驚きはなかった。iPhone 13とiPhone 13 Proに緑系の新色が加えられたことも過去の戦略を踏襲したもので、カラーそのものの好みを脇に置いても順当な発表だろう。

"すべてのユーザーに対するAppleの優位性"を体現したM1 Ultraの凄み

しかし、Macの新製品にM1 Ultraと名付けられた新しいSoCを搭載したことには驚きがあった。Mac Studioと名付けられた新しい筐体デザインのMacが追加され、ここに2つのM1 Maxを連結してひとつのパッケージに封入したM1 Ultraが搭載されたのだ。

そのパフォーマンス強化の手法は王道とも言えるものだが、現実には使わないような手段である。M1 Maxの時も同様のやり方で驚かせたが、今回の驚きも背景はほとんど同じ。

"まさかここまでやるとは"と、想像を超えたやり方を採用したが、その根幹にあるのはAppleというメーカーの立ち位置。つまり半導体設計、OS開発、ソフトウェア開発ツール、アプリケーションソフト、ネットワークサービス、ハードウェア製品開発と生産、流通。その全てを垂直統合した他のメーカーにはない特徴を持っているからである。

Appleは、PC産業の中におけるIntel、AMDであり、NVIDIAであり、Microsoftでもあり、Google的な要素も兼ね備え、LenovoやHP、Huaweiなどの役割も担える。そしてその品質や品質の基準管理は、クリエイター向けの一流ブランド製品に匹敵している。

このようなビジネスモデルをパーソナルコンピュータ産業で構築した企業は他にないだろうが、さらに言えば単一メーカーでは最も大きなスマートフォンメーカーでもあり、そのスケールメリットをMacというパーソナルコンピュータのジャンルで活かせるようになった。

今回発表されたMac Studioはクリエイターが欲するであろう高性能なデスクトップ製品だが、スマートフォンに比べれば決して大量に販売されるわけではない。そのジャンルへ完全にカスタマイズされたクリエイター向けの圧倒的性能の半導体を投入できることこそがAppleの強みなのだ。

"隠していた"チップ間インターコネクトI/F

M1 Ultraは"凄み"を感じるSoCだが、一方でシンプルな作りでもある。驚きはあったが、そのやり方はM1ファミリーの中で一貫したものであり、変化球はない。そうした意味では実に理解しやすい新SoCだ。

AppleはMacBook Pro向けにM1 Pro/M1 Maxを投入。M1 ProはM1のCPUコア数を増やすとともに構成を見直し、GPUコア数を増やし、動画処理を大幅に向上させるMedia Engineを内蔵したものだ。同時に処理能力に見合うだけのメモリ帯域を追加するため、メモリチャネルが2倍になっている(それに伴い最大の接続DRAM量も2倍になった)。

一方のM1 Maxは概ね、2つのM1 Proを1つのSoCにまとめたものと言える。よってほとんどの場面において2倍の最大性能が得られる。共有メモリアーキテクチャで超広帯域のメモリアクセスが保証されてる上、メモリチャネルもさらに2倍になっているため、最大のDRAM容量はさらに2倍、帯域も3倍となるから内包する処理回路が2倍になってもプログラムがストールして性能を落とすことなく高性能を得られる。

M1 Ultraの登場に対して「Max(最大)ではなかったのか」という声もあるだろうが、ひとつのチップで言えばMaxである。予想外というよりも「ここまでやるのか」と嘆息したのは、このMaxなダイサイズのSoCを2個、同じパッケージの中で並べて接続したことだ。

これは接着剤で2つのパーツをくっつけるのとは訳が違う。Appleはこのためにあらかじめ、2つのSoCを近接で接続するための仕掛けをM1 Maxに"仕込んで"いた。もちろん秘密裏に。その秘密の仕掛けがUltra Fusionである。

2つの半導体が1つのSoCとして動作

ダイサイズはこれ以上を望めないため、まさにMaxなSoCである。M1 Ultraとは、2つのM1 Maxを接続し、同じパッケージに封入したチップだ。

M1 Maxには公開されていなかった機能があった。それはSoCダイを2個接続するためのインターコネクト(内部接続)で、広帯域、低遅延。接続のための微細な端子のようなものをダイの片辺に配置し、二つのM1 Maxを接続する。

ではどのように接続しているのかだが、Ultra Fusionで接続された2つのダイは、毎秒2.5TBの帯域で相互アクセスできるようになる。接続の仕組みは比較的シンプルで、インターポーザー(貫通電極)とマイクロボンディング(極近接の配線処理)を組み合わせ、極めて低い遅延を実現している。

その上で片方のM1 Maxに内蔵された命令スケジューラが、2倍に増える処理コアなどに命令を割り振り、まるでひとつのSoCのように動作する。メモリコントローラも統合されたように動作するため、まるまるメモリチャネルは2倍となり毎秒800GBのメモリ帯域まで増加している。

こうした相互接続のための仕掛けや、あらかじめ命令スケジューラなどが2つのM1 Maxを制御するため、M1 Proとは異なる設計がなされていた。

詳細な性能は実機で判断したいが、Appleの公開するベンチマークなどを見る限り、2倍のリソースを注ぎ込むことで、きちんと2倍近い結果を引き出せているようだ。共有メモリアーキテクチャだからこそのリニアな性能向上と言える。

Mac Studioの位置付けと"残された領域"

AppleはM1 Ultraと、それを搭載するMac Studioによって、2年前から取り組んでいたIntelからAppleシリコンへの移行を"ほぼ"完了したと発表イベントで話した。

ベンチマークなどは実機で試すとして、少なくともMac同士の比較であれば、M1 Ultraは27インチiMac、Mac Proそれぞれの最上位よりもCPU、GPU共に圧倒的に速い。

動画処理に関してもMac ProにAfterburnerを搭載した時よりもM1 Maxの時点ですでに高性能だった。さらにM1 Ultraでその性能は2倍になっている。8KのProResデータを15ストリーム同時にハンドリングできるというのだから、圧倒的と言っていいだろう。

このSoCを搭載するMac Studioは、27インチiMacをはるかに超え、Mac Proをも上回る高性能をコンパクトかつ省電力な筐体で実現する。なお、Mac Studioは必要なパフォーマンスに合わせ、M1 Maxを選択することも可能だ。

Mac Studioと27インチのStudio Displayの組み合わせは、27インチiMacの置き換えとなり得る選択肢となる。ディスプレイのスペック、表面仕上げの選択肢ともに27インチiMacをほぼ踏襲しており、ディスプレイ内にA13 Bionicを内蔵することでiPhone 11世代のカメラ画質や音声処理をデイスプレイ内蔵のカメラ、スピーカー、3アレイマイクから得られる(27インチiMacではA10 Fusion相当の機能を持つT2チップが処理していた)。

性能を大幅に高めながら、一体型ではないもののより柔軟なシステム構成が選べるようになったのは歓迎すべき点だろう。もちろん、PRO Display XDRを所有しているならば、Mac Studioを接続するだけでM1 Ultraの性能を活かせる。

元々Mac ProのPCI Expressスロットに使われる拡張ボードがAfterburnerなどのグラフィクス系処理ボードだったことを考えれば、M1 Max、M1 UItraが選べるMac Studioならばボート拡張性は不要であり、そもそもの性能が高いためMac Proの置き換えも可能だろう。

ただし、ひとつだけMac Studioではカバーできないのが、メモリ容量への依存性が高いアプリケーション領域だ。Mac Proでは最大1.5TBまでのDRAMを搭載可能だったが、Mac Studioは最大128GBが上限となる。

多くの場合はこれで十分だと思われるが、これ以上のメモリ容量は共有メモリアーキテクチャを採用する限り搭載が難しい。とはいえ、Appleは何らかの驚くような秘策を持っているに違いない。

年内には"自社製SoCへの移行を完了"するというApple。残された領域はあとわずかになった。

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