高学歴・高収入で、性格もよい男性を捕まえることができたから、幸せ……。

そんなことを言っていられるのは、“婚姻届を出すまで”かもしれない。

ハイスペックといわれる男性は、小さなころから母親に大切に育てられていることが多い。

それゆえ、結婚してから、子離れできていない母親、マザコン夫の本性が露呈することもある。

これは、最愛の夫・将暉(30)と結婚した春乃(29)が、強烈な個性を放つ義母・サチ子と対峙していくストーリーだ。

あなたは、この義母に耐えられますか―?




Vol.1 最高の婚約者


「春乃、俺と結婚してください!」

私の目の前で、彼がひざまずき、上着のポケットから取り出した小さな赤い箱を“パカッ”としてこう言った。中には、カルティエのソリテールリングが入っている。

クリスマスイブの今日は、付き合って半年の彼氏、将暉(30)と若松河田にある『小笠原伯爵邸』を訪れている。

このレストランは、東京都の歴史的建造物にも指定されている洋館を改装しているので、内装や装飾品のどこをとっても重厚感があってロマンチックな雰囲気だ。

そんな素敵なレストランの個室をわざわざ予約してくれていたし、将暉はスーツでキメていたから「もしかしたら…」と期待はしていた。

でも、いざプロポーズされると、心の中で思わずツッコミを入れてしまう。

― ずいぶんベタな演出なんですけど…。それに、指輪は一緒に選びたかったな…。

とはいっても「これでやっと結婚できる!」という喜びの方が圧倒的に勝っていたのも事実だ。

「はい!喜んで」

「ありがとう。春乃のこと一生大切にするから!」

彼が私の左手の薬指にリングをはめると、サイズがピッタリで驚いた。

「よかった!“寝ている間に計測する方法”がネットに載ってたから実践したんだ」

席に戻った彼は、恥ずかしそうに笑う。

その笑顔を見て、私は、将暉と結婚するんだという実感が湧いてきた。

そして、この結婚は、元彼との婚約破棄を乗り越えた私に神様がくれたご褒美なのかもしれない、と思った。


完璧な彼氏にプロポーズされ、幸せ絶頂な春乃だったが。婚約破棄という過去が…


婚約破棄


私は、父はサラリーマン、母は専業主婦というごく平凡な家庭で、2つ年下の妹とともに育った。神奈川の県立高校から立教大学に進学し、卒業後は、信託銀行の支店で主に富裕層向けのコンサルティング業務をしている。

そんな私がプロポーズを受けるのは、社会人7年目の29歳にして、今回で2度目だ。

1度目は25歳の時。相手は、立教時代の同級生で証券会社に勤務していた彼。

しかし、挙式の日取りと場所が決まった後に、彼の実家の金銭トラブルが発覚し、私の両親が激怒。そこから両家の親同士の大ゲンカに発展したのだ。

まだ社会人3年目だった当時の私は、両親の反対を押し切ってまで突き進む勇気がなく、結果的に、結婚式の10日前に婚約を破棄した。

ただその後も、お互い想いが断ち切れない私たちの交際は続いた。結婚後の新居として借りた吉祥寺のマンションで、3年あまり同棲をしていたのだ。

気づいたときには、私は28歳になっていた。

このまま不毛な恋愛を続けていても意味がないと、断腸の思いで彼との別れを決意した。


将暉との出会い


彼と別れた私は、幡ヶ谷の1Kのアパートで一人暮らしを始めたと同時に、暇な時間は婚活に費やすことにした。

そして、半年前、代官山の『アシエンダ デル シエロ −モダン メキシカーノ−』で開催されたお食事会で、1つ年上の将暉に出会う。




「春乃ちゃん、もしよかったら今度2人でご飯行かない?LINE交換しようよ!」

帰り際、将暉にそう言われ、連絡先を交換したあとはトントン拍子だった。

「帰り道が心配だから、後で家に着いたら連絡してよね!」と言われて別れたが、幡ヶ谷の自宅に着いた私がスマホを見ると、すでに彼から「家に着いた?」とメッセージがきていた。

返信すると、すぐに電話がかかってきて、翌週の金曜の食事に誘われたのだ。

彼の第一印象は悪くなかったので、私は二つ返事でオッケーした。

そして、初めて2人で食事に行った中目黒の『水炊き しみず』の帰り道、目黒川沿いを歩いている時に告白された。

一緒にいる時間は楽しかったし、自分の気持ちをちゃんと言葉にできる彼の実直な姿が好印象だったから、素直に嬉しかった。

しかし、将暉といざ付き合うとなると、戸惑いもあった。

婚約破棄という自分の過去に後ろめたさがあったこと。

そして、将暉と釣り合わないのではないか、という不安があったからだ。

彼は、開成高校から一橋大学に進学して、今はメガバンクの本社勤務。国立にある彼の実家は、西東京の地主で、ビルやマンションを複数保有しており、将来的には父親が社長を務める不動産会社を継ぐことになっているという。

将暉のスペックに魅力を感じる一方で、平凡なサラリーマン家庭に育った私。

いざ結婚となって、家柄が釣り合わないことが原因で、親同士がもめて破談になるなんて、懲り懲りだったから。

付き合う前から結婚のことを考えるなんて気が早いとは思ったが、私は将暉に胸の内を打ちあけた。すると、彼は「不安に思う必要なんてまったくないよ!」と優しく声をかけてくれたので、交際がスタートしたのだ。


プロポーズが成功した将暉がとった驚愕の行動に、春乃は…


小さな違和感


私たちは、食事を終えたあと、タクシーで将暉が住んでいる池尻大橋の1LDKのマンションに向かった。部屋で、今日の余韻に浸っていたとき、彼が尋ねてきた。

「春乃は、結婚式はどこで挙げたい?」

「えーっと、どこがいいんだろう…」

私は返答に困った。前回の結婚が破談になって以来、どこで挙式するか、なんて考えたことがなかったからだ。

私の表情から察したのだろう。将暉が、心配そうに私の顔をのぞきこんで言う。

「嫌なこと思い出させちゃったかな?ごめんね。俺、春乃のドレス姿見るのが楽しみで、つい先走っちゃった。2人でゆっくり考えよう!」

将暉の優しい言葉に、私は安心する。

「じゃあ、新婚旅行はどこに行きたい?」

「そうねぇ、スイスかイタリア、フランスもいいけど…。このご時世じゃ国内だよね…」

「そうだな…。これも、ゆっくり考えればいいか。あと、家はどうしよう?とりあえずは、今俺が住んでいるこのマンションでいいかな?

できれば早いうちに引っ越してきちゃったら?そのほうが式の準備とかしやすそうだし…」

もうすぐ将暉と一緒に過ごす生活が始まるのだと考えるだけで、思わず顔がニヤける。




その時…、テーブルの上に置いてあった将暉のスマホが震えた。メッセージを見た将暉が、急に慌てはじめた。

「大丈夫?何かあったの?」

「母さんが今日のこと心配しててさ。ちょっと電話してきてもいいかな?」

― えっ、お母さん!?今日のことって、まさかプロポーズすること事前に伝えてたの…?

私は内心ドン引きしたものの、笑顔を崩さずに言った。

「もちろん!」

「ごめんね、すぐに戻るから」

ベッドルームに消えていった将暉の後ろ姿を見ながら、私は思い返していた。彼の口から、事あるごとに“母親”というワードが発せられていたことを。

付き合って初めての旅行で訪れた京都や、今日行ったレストランでさえ「母さんが好きなところだ」と言っていた。

― これって、俗に言うマザコンってやつ…?

付き合っているときは、そこまで気にならなかったが、結婚となると急に親子関係が気になるというのも不思議なものだ。

とはいっても、将暉は完璧な人だし、多少マザコンというくらいで彼と別れるつもりは微塵もない。

それに、既婚者の友人が「結婚なんて相手の嫌なところに多少は目をつぶらないとできない」、「片目どころか、両目つぶってするくらいがちょうどいい」などと言っていたことを思い出す。

― そもそも、これくらいお母さん思いで、優しい人が結婚相手には向いているのよ…!

家族になるって考えたら、むしろお母さんに優しいってポイント高い、私はそう思うことにした。

「ごめん、お待たせ」

将暉は申し訳なさそうに戻ってきて、私の隣に座った。

「ううん、大丈夫だった?」

「母さんがさ、めちゃくちゃ喜んでて、すぐに春乃に会いたいんだって!お正月明けにどうかな?レストランを予約するって張り切ってるよ」

プロポーズのことを報告していたことに衝撃を覚えたものの、私は笑顔で答えた。

「もちろん大丈夫だよ!私もお母さまに早くお会いしたいな…!」

私の返事を聞いて、さっそく母親にLINEする将暉。私は、そんな彼の姿を、複雑な気持ちで眺めていた……。

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