生理的に無理になった夫は追い出して、義母を引き取ったら…
『嫉妬こそ生きる力だ』
ある作家は、そんな名言を残した。
でも、東京という、常に青天井を見させられるこの地には、そんな風に綺麗に気持ちを整理できない女たちがいる。
そして、”嫉妬”という感情は女たちをどこまでも突き動かす。
ときに、制御不能な域にまで…。
静かに蠢きはじめる、女の狂気。
覗き見する覚悟は、…できましたか?
▶前回:「これで4,000万円手に入る…」買い物中毒になった女が思いついた、とんでもない資金調達の方法
企む女
朝8時。
羽田空港のロビーで、私と義母は、晴斗との別れを惜しんでいた。
「ついたらすぐ連絡してね」
「もちろん。コロナ落ち着いたら、一緒にヨーロッパ旅行行こうな」
「うん、絶対行く!!」
まるで永遠の別れを惜しむかのように、私は晴斗の手を握る。隣で見守る義母も、私たちのそんな姿をほほえましく見つめる。
「じゃあ里穂、そろそろ行くね」
「うん、行ってらっしゃい」
スーツケースをコロコロと引く音に、ついに訪れた別れの瞬間を実感する。
私は、晴斗の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。私の目には、うっすらと涙が浮かぶ。
…嬉しくて。
これでやっと、あの気持ち悪い男と別々に暮らすことができるのだから。
そしてついに、彼の背中が見えなくなった。
私の完璧な計画が今、はじまる。
海外へと赴任した晴斗。妻が企てていた、恐ろしい計画の全貌とは?
◆
私は、あまり恵まれない子供時代を過ごした。
3歳の頃に母が病死して以来、父に育てられたのだが…父は、私に大して興味を持ってくれなかった。
「里穂、お金が必要ならいいなさい。でも、あとのことは自分でなんとかしなさい」
それが父の口癖だった。学校で友達と喧嘩したときも、進路に悩んでいたときも、父は全く相談に乗ってくれなかった。仕事やら飲み会で、帰りは毎日0時過ぎ。土日は一日中寝ているか、ゴルフのどっちか。
父と2人で暮らしていたけれど、私はずっと孤独だった。
けれど、自分のことを不幸だと思ったことはない。経済的な苦労はしなかったし、別に虐待されたわけでもない。
ただ、一人なだけ。そして、それが当たり前だと思っていたから。
◆
大人になった私は、青山学院大学を卒業し、大手日系メーカーに就職した。
そして、入社4年目の26歳のとき、運命の出会いを果たす。それは、同僚の新居にお邪魔したときのことだった。
「里穂、いらっしゃい〜。まだ全然片付いていなくて申し訳ないけど、あがってあがって」
仲良しの同僚が最近結婚し、新居を購入したというので遊びに行ったのだ。
「お邪魔しま〜す」
溝の口に建てた一軒家。家は真新しいヒノキの香りがする。同僚の笑顔といい、新しいお家といい、いかにも幸せな家庭という雰囲気が漂っていた。
「あら、お友達?」
すると、奥のほうからひょこっと年配の女性が顔を覗かせた。
「ごめん、近所に住んでる義母が急におすそ分けだってカレー持ってきちゃって、ちょっとお茶してたのよ」
「あ、そうなんだ」
「…さすがに、そろそろ帰ってもらうね」
私たちが小声で話す会話が聞こえていたのかどうか、義母は「じゃあ、そろそろお暇しましょうかね」と言って帰る素振りを見せた。見せたのだが…。
「あ、そうそう。これも持ってきたのよ。アルコール消毒液と除菌シート。まだまだコロナ怖いでしょ〜」
「…あ、ありがとうございます」
「あとこれ、黒ニンニク。元気になるのよ〜。しかも、黒ニンニクなら口臭も気にならないらしいのよ」
「…あ、お気遣いありがとうございます…」
「まだまだ寒いから、身体には気を付けなさいね。冷やしちゃだめよ」
義母のお節介は止まらない。
同僚は若干迷惑そうに、でもそれを表情に出さないようにしているのが見て取れた。
きっと多くの人は、同僚と似たような疎ましい気持ちを抱くのだろう。
けれど、その光景をみて私の心に湧き上がってきた感情は…全く別のものだった。
同僚と義母の姿を見て、女はとんでもない計画を思い付く…
― 羨ましい…。
そんな風に思ってしまったのだ。
母親からの暑苦しいほどの愛情。私は、それを初めて目の当たりにしたのかもしれない。
しかも、目の前にいる2人は本物の親子じゃない。嫁と姑。義理の関係なのに、あれだけ愛情を注いでいる。
義母から愛情を注がれている同僚が、どうしようもなく妬ましくなってしまった。
― …彼女だけずるい。私も、あんな風に愛されたい。私も…。
そして、私にある一つの考えが浮かんだ。
「ねぇ、旦那さんってどんな人なの?」
「普通の人だよ。これが写真」
「へ〜」
「あっ!そうそう偶然にも旦那のお兄さん、私たちと同じ会社なの。海外事業部にいる人でさ、見たことないかな?この人!」
そう言って彼女が見せてくれた写真に写る人物は、とんでもなく冴えない男だった。
きっとモテないだろうな。そう思った。
けれど同時に、好都合だとも思った。
◆
…それから、すべてはとんとん拍子でことが運んだ。
私は、その冴えない男と結婚したのだ。
一度見た画像で顔を完璧に記憶し、社内で彼を探し出し、積極的にアプローチしたのだ。
正直、生理的にギリギリ受け付けるか受け付けないかのレベル。一人で過ごすことになれている私にとって、家にこの男がいることはストレス以外の何ものでもない。
…でも、これでやっと、あの女性が私の義母になる。
ついに自分に母親ができたような気がして、嬉しくてたまらなかった。子供の頃からずっと欲しいと思っていたもの。それが手に入ったのだから。お義母さんの愛情は、もう同僚だけに独占させない。
…けれど、私の計画にはまだ続きがあった。
「ねぇ、晴斗さん。お義母さんも高齢だし、良かったら一緒に住まない?」
「…え、いいの?」
3年前に義父はガンで他界し、義母は一人暮らし。
寂しがっている義母。どうにかならないかと悩んでいた晴斗。
私からの同居提案は、2人にとって願ってもない申し出だったのだろう。すぐに、義母の家での同居が始まった。
そして…。
◆
人事
<里穂:今日も楽しかった♡>
<Ryota:楽しかったな。ねえ、次はいつ会える?>
<里穂:確認する。てか、約束守ってよ?>
<Ryota:わかったよ。…それにしても、本当に悪い人妻だな。笑>
<里穂:だって、さすがに旦那が日本にいるとなると、凌太とも会えなくなるもん>
<Ryota:それは嫌だ。意地でもなんとかする>
こちらも順調だ。
<里穂:嬉しい♡ロンドンの次は、上海あたりが現実的?>
<Ryota:あ〜、そのルートは確かに王道だね>
私たちはこうして、晴斗をずっと海外に飛ばしたままにするための計画を話し合う。…お互いの目的は違うけれど。
うちの会社では、一度海外赴任コースに振り分けられると、そのあと10年以上海外を渡り歩くこともよくある。
最高で20年、海外赴任に行ったきりだった人もいるそうだ。
私は、どうにか晴斗をそのコースに乗せて、日本から、あの家から合法的に追い出したいのだ。
晴斗のロンドン赴任が決まったことは、ただの偶然だった。でも、たった3年で帰ってこられても困る。
そのまま海外赴任に行ったきりにするにはどうすればいいのか。ただ祈っていればいいのか。何か方法はないかと悩みあぐねていたときに、人事部の凌太から誘いを受けたこともまた、願ってもない幸運だった。
まだ30歳の彼に、大した決定権はない。けれど、私との関係を終わらせないために、彼はできる限り私の計画に有利になるような動きをしてくれている。
私の計画を現実のものにするための重要なキーパーソンなのだ。
「お義母さん、ただいま〜。残業で遅くなっちゃった」
「あらあら、里穂さん。遅くまでお疲れさま。ご飯できてるわよ」
「やったー!お義母さんの煮物大好き」
「ちゃんと、手洗いうがいするのよ。あら、随分薄手のコートね。これじゃ風邪ひいちゃうんじゃない?」
暑苦しいほどの愛情を、私は思う存分堪能する。
「お母さん、大丈夫だって。心配しすぎ」
「だって、心配だもの〜。里穂さんが身体壊しちゃ大変」
この人は、私のお母さん。絶対に、あの男に邪魔させない。
「お母さん、さんづけなんてやめて。里穂って呼んで?」
「…あら、…そう?」
私はずっと、この人の愛情を独り占めしたい。そのためなら、私はなんだってする。
「うん!」
「…じゃあ、里穂ちゃんって呼ぼうかしら。うちは息子2人だったから、なんだか娘ができたみたいで嬉しいわ〜」
「私も嬉しい!お母さん!」
…たとえ、お母さんを悲しませることだとしても。
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