わずか2年で挫折…!?海外移住した外資系エリート一家の誤算
年収が上がるのに比例して、私たちはシアワセになれるのだろうか―?
ある調査によると、幸福度が最も高い年収・800万円(世帯年収1,600万円)までは満足度が上がっていくが、その後はゆるやかに逓減するという。
では実際のところ、どうなのか?
世帯年収3,600万の夫婦、外資系IT企業で働くケンタ(41)と日系金融機関で働く奈美(39)のリアルな生活を覗いてみよう。
◆これまでのあらすじ
▶前回:子どもの教育に、莫大なお金を投資するサラリーマン世帯。加熱する受験戦争の現実
Vol.11 シアワセの最適解は…!?
「まさか、奈美さんがこんなに早くいなくなっちゃうなんてね…」
「本当だよ。駐妻の私が見送る立場になるなんて…!」
移住組の美穂さんと、駐妻の知子さんが、口々に言う。
今日は、奈美の送別パーティーのため、美穂さんの家の庭にみんなが集まっている。
「何か困ったことがあれば、いつでも連絡してよね!」
シンガポール人のアンが、奈美に微笑みかける。
「ありがとう!頼りにしてるからね」
「奈美ちゃん。私が東京に戻ったら、いつか一緒に『すし久遠』に行こうね!」
知子さんは、わざと明るく言ってみせる。
「うん、行こうね。約束だよ!」
一人ひとりの言葉に返答する奈美の目には、涙があふれている。
「奈美さん、もう泣かないの。改めて乾杯しよう!奈美さんの前途を祝して…カンパーイ!」
美穂さんが音頭をとると、4人がグラスを合わせた。
奈美とケンタが、これから向かう場所は…!?
― 6ヶ月前 ―
「えっ!家族でシンガポールに移住する?」
ケンタが、突然シンガポール行きを提案してきたので奈美は驚いた。
「直属の上司がシンガポールに異動することが決まって、一緒に来ないか?って誘われたんだ。奈美も何度か行ったことあるよな?」
ケンタの勤務先には駐在員制度がないため、シンガポールに転勤ということは移住ということになる。
「旅行ではね。でも、移住するなんて考えたことなかったな…」
「話をもらった時は、俺も戸惑ったけど。色々考えてみると、シンガポールで暮らすのも悪くないかなって思ってきたんだ」
「どういうこと?」
「そもそもアメリカに来た理由って、俺は手取りを増やしたかったのと、広い家に住みたかったからで、夫婦共通の思いとしては、翔平の教育のためだったじゃない?」
ケンタの言葉に、奈美はうなずく。
「シンガポールは税率が低いから、今より手取りが増えるし、家も今と同じくらいの広さのコンドミニアムに住めそうだよ。英語圏で教育水準が高いから、翔平の教育にもいいと思うんだ!」
「それに、何よりも奈美も希望する仕事に就けるのかなって…」
シンガポールは、世界中の金融機関が集結している。奈美が日本で働いていた金融機関も現地法人を構えている。
「確かに、そうだね。シンガポールだったら仕事がみつかりそう!」
「でもケンタは、本当にそれでいいの?アメリカ生活が気に入っているんでしょ…」
「俺がどんなに満足していても、奈美が幸せじゃなかったら意味ないからさ…。あの時は1人で日本に帰ったら、なんてひどいこと言ってごめん。こっちで勉強した英語を生かして、シンガポールで思う存分働いて!」
1年前、キャリアを中断したことでストレスを溜めた奈美は、ケンタと大喧嘩になったときのことを思い出した。
その後、奈美は、「アメリカでの生活を楽しもう」と気持ちを切り替え、就職活動を中断して語学の勉強に励んでいたのだ。
「ケンタ、私のキャリアのことも考えてくれてありがとう。シンガポールに一緒に行くわ!」
奈美は思いっきりケンタに抱きついた。
「じゃあ、郊外暮らしは、これでおしまい。高層ビルが見える都会の生活に戻ろう!俺は“シティボーイ”なんだ!」
「よく言うよ!でも、久しぶりの都会の生活は楽しみだな。オシャレして、ラッフルズ・ホテルのハイ・ティーに行かないと…!」
わざと冗談を言って、明るく笑う奈美。
しかし内心では、何としてもシンガポールで仕事を手に入れてみせると、強い決意を固めていた。
シンガポールに移住して、2人はシアワセになれるのか…?
シンガポールに移住して3ヶ月後
「シンガポールにきて3ヶ月経つけど。どう?こっちの生活は、満足してる?」
金曜の夜。奈美は、自宅のリビングでケンタとワインを飲みながらくつろぐことが、今の楽しみとなっている。
「そうだね。ようやくね…」
今は、シンガポール・リバーバレーにあるコンドミニアムに住んでいる。家賃は48万円で、広さは120平米の3ベッドルームだ。設備は充実しているし、買い物にも便利で奈美は気に入っている。
そして奈美は、念願だった仕事復帰を果たした。日本で勤務していた金融機関の現地法人で働き始めたのだ。
「日本やアメリカにいた時よりも、世帯年収が上がったからなのかな?」
「それはもちろんあるけど、仕事や家の広さ、子どもの教育とかが、自分たちの理想に近づいているからだよ…」と答えて奈美は、赤ワインを一口飲む。
「アメリカでの生活は無駄だったと思ってる?」
ケンタは、心配そうに言う。
「アメリカに行かなきゃ、シンガポールに来てないし、英語の勉強をしてこなければ、こっちで仕事に就けなかったのかもしれない。1つでも違う選択をしていたら今の生活はないから、そうは思わないよ!
それにねアメリカに住んだからこそ、自分にとって仕事があることが幸せなことなんだって気づけたの」
「なら安心した。俺、遠まわりさせて悪かったなってずっと思ってたんだ…」
ケンタを見つめながら、奈美はケンタと結婚してから今までのことを振り返る。
ケンタと結婚し翔平が生まれて、その後アメリカで2年暮らして、今やシンガポールにきて3ヶ月が経つ。
まさか代々木上原の億ションが狭いことをきっかけに日本を飛びだして、アメリカを経て、シンガポールまでやってくるなんて想像していなかった。
2人で歩む人生は、その時々では大変なことが多かったが、すべてがいい思い出に変わっている。
「次は、持ち家を手に入れないとな?俺はやっぱり持ち家がいいと思う!」
そう言うとケンタは、奈美を真っすぐに見つめた。
「私もそう思うよ。だけど、ケンタは“庭付きの戸建て”が理想なんでしょ!?シンガポールで私たちが買えるのは、コンドミニアムだよ…」
「そうだよな…。じゃあ、ここはあくまで通過点ってことで。また俺たちの“最適解”を探さないといけないな。奈美は、将来どこに住みたい?」
「うーん…。やっぱり東京かな!美味しいレストランやおしゃれな場所がいっぱいあるし…」
その夜2人は、いつまでも語り合っていた…。
Fin.
▶前回:子どもの教育に、莫大なお金を投資するサラリーマン世帯。加熱する受験戦争の現実