「これで4,000万手に入る…」買い物中毒になった女は、ついに夫を…
『嫉妬こそ生きる力だ』
ある作家は、そんな名言を残した。
でも、東京という、常に青天井を見させられるこの地には、そんな風に綺麗に気持ちを整理できない女たちがいる。
そして、”嫉妬”という感情は女たちをどこまでも突き動かす。
ときに、制御不能な域にまで…。
静かに蠢きはじめる、女の狂気。
覗き見する覚悟は、…できましたか?
▶前回:「あなたは人生に満足していますか?」その言葉にハッとした女は、あるビジネスにのめり込み…
欲しがる女
みんなが欲しがるものが、私も欲しい。
そして、そんな希少性の高いものを手にして、みんなから羨望と嫉妬の眼差しで見つめられたいのだ。
何て強欲な女なんだろうって、自分でも思う。
でも別に、強欲ということ自体は悪いことじゃないと思う。資本主義社会に生きる人間として、それは至極真っ当な欲求だ。
そんな欲求に素直に従って、これまで生きてきた。
限定色のバーキン。総合商社の一般職の座。有名経営者という肩書をもつ素敵な男性…。
欲しいと思ったものは、全て手に入れてきた。
それらを手に入れたときの高揚感は、何物にも代えがたい。生きている実感が湧くのだ。
私は、人生を思いっきり謳歌しているつもりだった。
けれど、それはあるとき突然に終わりを告げた。
みんなが欲しがるものを求め続けた女は、何を間違えたのか…
◆
私は上智大学を卒業後、総合商社の一般職として働きはじめた。
大したキャリア志向はないけれど、それなりの肩書と華やかな世界へのアクセス権が欲しい。そんなミーハー心を持ち合わせた私みたいな女からしたら、総合商社の一般職というのは、最高銘柄なのだ。
私の入社年は、応募倍率が150倍近かったという。
大学時代、仲の良い女友達はみなこぞって総合商社の一般職を受けていたけれど、実際に内定をゲットしたのは私だけだった。
学生時代の友人らが、私を羨んだり、妬んだりしていたことは知っていた。けれど、そんな事実を噛み締めながら、丸の内をヒールで歩く高揚感は悪くなかった。
そして、お食事会ではわらしべ長者のごとく人脈を培い、26歳のときに有名経営者の智司を恋人として得た。
会社の同期が何人か智司を狙っていることは知っていたけれど、彼女たちが駆け引きがどうとか言っている間に、私は正面突破で告白し、彼をゲットした。
このときもまた、何人か友達を失った。けれどそれも、私が選ばれし人間だからだと思えばむしろ心地よかった。
そして、27歳でそのまま智司と結婚。Harry Winstonの婚約指輪をSNSにポストして、ついに完璧な人生が完成したのだ。
友人たちからの羨望と嫉妬の眼差しはピークに達し、あのときはまさに人生のハイライトだったと思う。
― …あぁ、私の人生は完璧。
まさに順風満帆。私は自分の人生の完成度に、うっとりしていたのだが…。
誤算に気づいたのは、そのすぐあとのことだった。
私の人生は完成した。
…完成したから、つまらなくなってしまった。
もう、欲しいと思えるものがない。張り合いがない。
それに、最初はみな私を羨望の眼差しで見つめていたのに、段々と誰も私に嫉妬しなくなってきたのだ。
そして私の前では、私にはもう関係のない話が繰り広げられる。
「ねぇ、明日食事会急遽欠員でたんだけど、誰か来られない?」
「はい!行く行く!」
「え、私が行きたい!彼氏にフラれたばっかだから私にシード権あるでしょ」
「え〜、離婚したばっかの私に譲ってよ」
そこには確かに、マウンティングや、黒い感情が見え隠れしたりする。けれど、それをもスパイスとして楽しむ彼女たちは、間違いなく生き生きしていた。
彼女たちは現役のプレイヤー。私は引退した選手。外野から、楽しそうなゲームを傍観することしかできない。
そして、現役選手たちの眼中には、引退した私の姿は映らない。
みんなが欲しているものを私はコンプリートしているというのに、誰も私を見てくれない。羨ましがってくれない。
むしろ、私以外のみんなの方がキラキラして見えてしまった。
寂しかった。
…けれど、ある日。私はあることに気が付く。
いまさら、あるものにどハマりして…。人生の歯車が狂いだす。
智司から誕生日にもらったTiffanyのテディベアでもポストしようと久々にSNSを開くと、フォロー248人に対して、フォロワーが421人にもなっていたのだ。
フォロワーの中には、私の知らない人もたくさんいる。
プロポーズされたときに上げたHarry Winstonの指輪と自撮りと、ウェディングフォト数枚で、フォロワーが一気に増えたみたいだ。
<今日は28歳の誕生日。旦那さんからプレゼントもらっちゃった>
そんなコメントとともに自撮り写真をあげると、またフォロワーが増えた。“いいね”も100を超えた。
…みんな、私の完成された人生を覗き見たいらしい。
久々にあの、優越感みたいな感情が押し寄せた。
◆
“何か”
自分がハントした獲物の大きさを、ひけらかす。そうすれば、羨ましがられる。その行為は、私を最高の気分にさせる。
SNSでもっと多くの“いいね”が欲しい。もっと多くの人に見せびらかしたい。
言葉にすれば、何ともチープで無意味なこと。私だってそう思う。けれど私は今さら、人生ではじめてSNSというものにハマってしまったのだ。
経営者の夫に愛される、美しいセレブ妻。そんな私を誇示するために、ひたすらにゴージャスな日常をポストしていった。
Ritz Carltonのスイートルームに、葉山の海が一望できるコテージ一棟貸切。非日常空間の投稿は反響がよかった。でも、しょっちゅうそんな場所には行けない。間が空いてしまうと、とりあえず『アマン東京』に行って、アフタヌーンティーをアップしたりした。
フォロワーはすぐに1,000を超えた。
誹謗中傷のコメントや、無名アカウントからの嫌がらせのDMみたいなのも来るようになった。
読む一瞬は不快になるけれど、それらは嫉妬の裏返し。私は、また嫉妬の目を向けられる側へと返り咲けたことが嬉しかった。
そして、定期的にブランド物を購入して、自撮りとともに投稿した。CELINEの新作バッグ。ヴィトンのモノグラム。シャネルのプルミエール。ちょっと欲しいなと思っていたものは、すべて自分で買って投稿した。半分以上は“旦那様からのプレゼント”というテイにして。
数ヶ月もしないうちにフォロワーは1,500に到達した。
けれど、ここで貯金が底をつきた。
旦那が寝ている隙にクレジットカードを抜き取り、使い始めた。
…でも、すぐに怪しまれはじめた。
カードを止められてしまったら困る。そんなとき、クレジットカードを現金化してくれるサービスがあると知った。手数料は20%ももっていかれたけれど、バレる前に、上限ギリギリの240万円を現金化した。
……けれど、現金が手に入ったところで、全部バレた。離婚を突きつけられた。
困る。…とても困る。
螺旋階段が目に入った。
これは、この家を購入する決定打になった、彼の一番のお気に入りポイント。1階のリビングから3階まで吹き抜けになっており、3階からリビングを見下ろすのは、高所恐怖症の私からしたらちょっと怖いくらいの高さがある。
ふと、ある事が頭をよぎった。彼の親友が生命保険会社の営業をしていて、私と結婚するとき“何かあったときのために”と、彼は死亡保険に入ったのだ。
― 何かあったときのため。
…その“何か“が起きたら、私は4,000万円を手にすることができる。
それだけの金額があれば、当分の間は投稿に困らない。
そんな考えが脳裏に浮かんだとき、ものすごい音が聞こえて、我に返った。
「うぅ…」
リビングのほうから、その声は聞こえた。
下まで降りると、智司は仰向けになって倒れこんでいた。彼を覗き込んでみた。言葉になっていないけれど、まだ何か言っている。
けれど、もうお金を引き出すことができない男に、これ以上興味を持てなかった。
じわじわと広がる血だまりをぴょいっとジャンプして飛び越え、私は外に出た。今日はわざわざ会社を休んで、ずっと前から予約していたスパに行くのだ。
「施術中、写真とれるかな…。あ、やばい。早く行かなきゃ遅れちゃう」
私は小走りで、大通りまで出てタクシーを拾った。
タクシーの中で1時間ぶりにSNSを開くと、フォロワーはちょうど2,000人に到達していた。
私は嬉しかった。
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