ハイスペ男を落とすには“バブみ”を使え!?東大卒と結婚したい女の必殺テクとは
エリートと結婚して優秀な遺伝子を残したい。
そう願う婚活女子は多い。そのなかでも、日本が誇る最高学府にこだわる女がいた。
― 結婚相手は、最高でも東大。最低でも東大。
彼女の名は、竜崎桜子(26)。これは『ミス・東大生ハンター』と呼ばれる女の物語である。
◆これまでのあらすじ
東大卒と結婚することを夢見る桜子。“イカ東”の加藤とデートを重ねるも、彼は長期留学の準備中だと判明。関係が前に進まない中、ある人物からLINEがきて…。
『あけましておめでとう!』
お正月休みの昼下がり。LINEしてきたのは、慶一郎だった。
書き初めを終えて達成感に満たされていた桜子は、上機嫌でLINEを返信しようとスマホを操作していると、慶一郎から続けてメッセージが届いた。
『さっそくだけど、美由紀ちゃんと新年会しない?桜子にはこの前話聞いてもらったし、色々報告したくてさ』
『新年会!いいね、やろうやろう。いつにする?』
久々の外出の予定にうきうきして返事すると、すぐに日程が決まった。
◆
慶一郎が予約してくれたのは、恵比寿ガーデンプレイスにある『ロウリーズ・ザ・プライムリブ』。
「あけましておめでとう!」
「3人で集まるの、しばらくぶりだね」
エビスビールで乾杯すると、それぞれ近況報告をする流れになる。桜子が前菜のシュリンプカクテルを口に運んでいると、美由紀が話を始めた。
「実はね、会社の先輩と付き合うことになったの。桜子も一緒に行ったお食事会で、幹事してくれた人」
「え〜、そうだったんだ!おめでとう」
意外な展開に桜子は驚いたが、すぐに祝福の言葉を贈る。爽やかな笑顔が印象的な先輩と品の良い美人である美由紀は、お似合いのカップルだ。
すると、横で聞いていた慶一郎が、おずおずと口を開いた。
「実は、俺も…」
慶一郎からの、突然の告白。その内容は…
「慶一郎も?」
「うん、彼女ができた」
照れくさそうにはにかむ慶一郎に、桜子と美由紀は顔を見合わせる。
ハイスペックな女性たちとの出会いが絶えないと自ら言ってのける彼が、一体どんな女性と付き合ったのか――桜子も美由紀も、頭に浮かんだ疑問は同じだったようだ。
「で、相手はどんな子?」
「28歳で、CAやってる。めちゃめちゃ包容力があって…」とウキウキとしながらノロケ始めた。
「ほ、ほう…」
慶一郎は彼女にベタ惚れらしく、頼んでもいないのに写真を見せてくる始末だ。写真の彼女は真っ白な肌に大きな瞳、サラサラな黒髪と、「これぞCA」と言うにふさわしいビジュアルだった。
「なんだかんだ慶一郎も、こういうわかりやすく女の子らしい子が好きなのね〜」
「あ、それ私も思った」
美由紀の言葉に桜子もすかさず同調するが、慶一郎は「うん、俺やっぱ王道が好きみたい」とまんざらでもなさそうだ。
「それで、桜子は?最近どうなの?」
慶一郎の彼女との馴れ初め話をひとしきり聞き終えると、話の矛先は桜子の方に向いた。
「え、私?そうね…」
せっかくなので、桜子は2人に“イカ東”の加藤との話を聞いてもらうことにした。3回デートして気持ちが彼に向かっていたが、留学を理由に「付き合う気はない」と言われたことを説明する。
「なるほどな…桜子は今後、彼とどうなりたいの?いつ終わるかわからない遠距離でも、彼と付き合いたいって気持ちはある?」
「うーん…」
慶一郎の質問に、桜子は黙り込む。
それについては、桜子自身、休み中ずっと考えていたことだった。
その結果、遠距離恋愛は不安だが、加藤が相手ならば信頼できるし、将来的には海外で一緒に彼の夢を追いかけるのも良いかもしれないと思えてきていたのだ。
「そうね…意外と好きになってきてる気がする。遠距離でも、悪くないかなって。でも、彼にその気はないみたいだし…」
「………」
桜子の返答を受けて、慶一郎は真剣な表情で押し黙っている。
美由紀は、「この場は慶一郎にお任せ」というスタンスなのか、メイン料理のプライムリブ・カリフォルニアカットにせっせとナイフを入れている。
― 黙っちゃって、変な慶一郎。それにしても、『好きになってきてる』なんて、照れるわ…。
沈黙のせいで桜子は妙に気恥ずかしい気持ちになり、赤ワインを口に運ぶ。すると慶一郎は、「おいおいおい…」と低い声でつぶやいた。
「桜子、そんな受け身じゃダメだぞ!?欲しいなら自分でつかみにいくんだ!クリスマスから1週間以上、相手から連絡ないんだろ?」
「う、うん…」
慶一郎の剣幕に圧倒され、桜子はこくこくとうなずいた。慶一郎は「やっぱり」と天を仰ぐ。
「東大の男は、コンシステンシー…一貫性に重きを置くんだ。その男、『桜子さんの20代を無駄にできない…』なんてキメちゃった以上、自分からは簡単に撤回できないはずだ。
そこを桜子が彼のために、代替オプション…つまり、発言を撤回するためのもっともらしい理由を用意してあげるんだ」
ビシッと指をさされ、桜子は思わず背筋を伸ばして「はい」と返事する。
「東大の男は、"バブみ"…つまり、女性の包容力を求めてるんだよ。だから、待っていないで自分から包み込みにいくんだ。これは俺から桜子にできる、最後のアドバイスだ」
「慶一郎…そうよね。与えられるのを待ってるだけじゃ、やっぱりダメね」
硬い表情でうなずく桜子に、横で聞いていた美由紀が取りなすように付け加える。
「加藤さんって、今まで桜子が好きになってきたタイプと全然違うじゃない?自分の好みのタイプじゃないけど好きになったのって、結構大きなことよね」
「たしかに…」
加藤は、見た目がイケメンでも、年収が突出して高いというわけでもない。それでも好きになったのは、彼と一緒にいる時間が楽しくて、桜子にとって落ち着けるものだからだ。
― 離れ離れになる期間があったとしても、将来加藤さんと一緒に過ごしたい。もう一度だけ、ぶつかってみよう。
思い切って、加藤に連絡することを決めたのだった。
加藤に会うことにした桜子。2人の行く末は…
初詣に出かけて…
2週間後。桜子は、加藤と浅草寺を訪れていた。
桜子から初詣を口実に誘い出したのだ。
「お正月は過ぎたけど、結構人いますね」
「おみくじとか引きたいですね!」
クリスマスの夜は気まずい空気で終わってしまったので、桜子は会うまで少し不安だった。しかし、境内に着くころにはいつも通りの楽しい空気感になっていて、ホッとしていた。
参拝後、桜子は「散歩しましょう」と提案し、隅田川沿いの遊歩道へと加藤を促す。
― よし、ここで話を切り出そう…。頑張るのよ、桜子。
桜子は自分を鼓舞し、隣を歩く加藤に話しかけた。
「加藤さん…あの。この前の、留学の話なんですが」
「…はい」
加藤は飲んでいた缶コーヒーから唇を離して、桜子を見た。
「私、加藤さんと一緒に過ごす時間が好きなんです。だから、遠距離になってもいいから、付き合いたいと思って…加藤さんが、よければ」
「へ…」
加藤はぽかんとした表情で桜子を見つめた。
「え?桜子さん…本気ですか?僕、いつ帰るかわからないんですよ?」
「本気ですよ。加藤さんはどうなんですか?」
きっぱりと返すと、加藤はうなだれてしまった。
「僕は…桜子さんのことは好きだけど。でも、付き合ったとしても…この前も言ったけど、桜子さんの未来に対して、責任が取れないです」
慶一郎との作戦会議のおかげで、こう言われるのは桜子にとって想定内だった。桜子は落ち着いて、加藤のために考えた“代替オプション”を提示する。
「だったら…とりあえず留学までの間、“お試し”で付き合ってみませんか?」
「お試し…」
「そう。それなら、気負わずに会えません?」
明るく語りかけたものの、加藤の表情はまだ硬い。
― ええと…。こういう時は、“バブみ”でいくんだっけ?
慶一郎からの最後の教えを思い出し、桜子は努めて優しい口調で言葉を続けた。
「私、そのあと結局別れることになっても『時間を無駄にした』とか『責任取って』なんて言いません。加藤さんだけで背負い込まなくて大丈夫です」
「…」
するとうつむいていた彼が、ようやく顔を上げた。
「桜子さん…すみません、僕、ふがいなくて。ありがとうございます。これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ。とりあえず、お試しですね」
微笑みかけると、加藤もようやく、ふにゃりとした笑顔を見せた。
半年後、空港で
7月のある日。
桜子は、羽田空港の出発ロビーにいた。
農学分野で有名な、カリフォルニア大学デービス校の大学院に留学を決めた加藤の見送りに来たのだ。
「それじゃあ…元気でね。体に気をつけて」
「うん。桜子も」
桜子のことを呼び捨てで呼ぶのも、すっかり板についてきた加藤。手荷物検査場に消えていく彼の背中を見つめながら、桜子は寂しい気持ちを抑えられなかった。別れ際にハグした彼の温もりが、まだ手に残っている。
“お試し”と銘打って始まった交際だが、付き合い始めてしばらくすると、桜子は本郷にある彼の一人暮らしのマンションに週末ごとに通うようになった。
一緒に過ごす時間が長くなるにつれ、別れ難くなっていた。
一方で、学生という加藤の立場を考えると、桜子が仕事を辞めて加藤について行くという選択もしづらい。諸々の状況を踏まえて、2人は恋人として遠距離恋愛を続けることを選んだのだ。
「結婚しよう」なんて明確な約束はしていないが、桜子は加藤を信じることにした。それに、アメリカ生活が長くなるようなら、桜子が向こうに行くのもアリだと考えている。
加藤の姿がすっかり見えなくなると、桜子は「よし」と声を出す。
「私も、頑張らなくちゃ」
帰路に就いた桜子は、京急線に揺られながら、これまでのことを思い出していた。
東大卒の男と結婚することを夢見て、がむしゃらに当たっては砕けていた日々。
うまくいかなさすぎてターゲットを広げることにし、加藤に出会った。
ちょうど「今の自分を好きになりたい」と模索し始めたこともあってか、自然体で居心地の良い彼のことを好きになった。
そして最終的に遠距離恋愛を選んだことで、桜子の中にある思いが芽生えたのだ。
― 彼のどんな選択も、そばにいて応援できるようになりたい。そのためには…海外で働けるくらい、自分も力をつけなくちゃ。
バッグの中には、半年ですっかりくたくたになったTOEFLの英単語帳に、姉の勧めで勉強することにした米国公認会計士の参考書。今日の午後は、この半年間通い続けているセミナーにも参加する予定だ。
「やることは、たくさんあるわ」
つぶやいた時、電車は地上に出た。少し明るくなった車内で、桜子は参考書のページをめくった。
Fin.
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