西川口駅で待機するタクシー。夜が更けるにつれて激減する(筆者撮影)

埼玉県・西川口駅を下車すると、2つの出口でまったく異なる光景が飛び込んでくる。東口では多くのバスが集い、通勤から帰宅したであろう人の波が激しい。一方の西口は駅前のビルや飲食店などで中国語の看板が並び異国情緒が漂う。中国料理やカラオケ店だけで約70件が密集しているが、閑散としている店のほうが目立つのだ。


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「西川口チャイナタウン」。そんな呼び名で知られるようになって数年が経つ。

隣接する蕨市と並び、人口に対して中国人比率が高いことで知られる川口市の外国人の数は、法務省の在留外国人統計によると、2021年6月時点で約3万9000人(そのうち約2万2000人が中国人)を数え、全国の市区町の中で最も多い。

2005年時点での外国人数が約1万5000人だったことを考えればその伸び幅は大きく、特に西川口駅から近い芝地区、青木地区、横曽根地区、中央地区などに多く集まっている。

すっかりチャイナタウンとしての認知が浸透したこの街の駅には、東と西に2つのタクシー乗り場がある。この街を走るドライバーや市民たちの証言から、移ろいゆく川口市のリアルを追った。

日本語メニューがない四川料理店

「もうね、以前とはまったく別の街になりましたよ。最近では中国だけでなく、ベトナムやネパールといった国の人も集まってきてね。東京の新大久保のような街となり、今では西口では日本人のほうが少ないくらいで。

このあたりで商売していた日本人たちの多くは店をたたんで、その跡地に中国系の人たちがやってきた。コロナ以降はそんな構図がよりはっきりしています」

西川口に根を張り、長年商売をしてきたという飲食店の店主はこう嘆く。近接するスーパーも、日本人向けではなく中華系やアジア系の品揃えが中心で、日本人客は限定的だ。


さまざまな国の店が集まる西川口(筆者撮影)

ある四川料理店に入ると、日本語メニューがなかったことには驚かされた。いわゆる日本人が想像する横浜や神戸のような観光客向けの“中華街”とは異なり、西川口は海外のチャイナタウンのように華僑の人々が集う。まさに中国人向けの街に映るのだ。

歓楽街や中華系の店が集中する西口のタクシー乗り場には、この場所で20年近く営業するドライバーの山田さん(仮名・60代)がいた。

「昔の西川口はね、歓楽街として人が“来る”場所だった。だからタクシーも需要があって、都内へのロング客を乗せられる美味しい場所だった。今では目立たなくなったけど、ヤクザ屋さんもたくさんいて、つまりは金になる場所だったわけ。

それが警察の風俗店の一斉摘発などを経て、一気に人が消えて、飲み屋の数も減った。そこに狙ったように中国人が大挙してきたわけ。ただ“住む場所”になって、タクシーにとっては決していい場所とは言えなくなった。一つだけ確かに言えることは、以前より治安が悪くなったということかな」

2000年代初頭、西川口はNK流と呼ばれた違法裏風俗が全盛の時代だった。200店舗を数えたという違法風俗を目当てに全国から男性たちがこの街を訪れ、金を落としていった。

警察の一斉摘発によって激変

だが、2004年に埼玉県警が「風俗環境浄化重点推進地区」に指定するなどして、一斉摘発に乗り出したのを受けて壊滅。現在も歓楽街は残るが、当時の活気を知るものからすれば比べものにならない、と山田さんはいう。東京からほど近い立地を活かし、出張族や旅行客を中心に都内のホテルまでという優良客があふれていた、と当時を回顧する。

「川口市周辺は今でこそ住みやすい街なんて言われるけど、商売人にとっては『昔のほうが良かった』という人も多いよ。人口は増え続けて、たぶん埼玉で一番変わった街だと思う。どこにでもある面白みの少ない街になっちゃった。だから遊びに来るという人の数は激減した。

昔は何十年も続いていたような家族経営の小さな店があって、人情味あふれる場所だった。そんな街に惹かれてか1万円を超えるようなお客さんもたくさんいたけど、今ではほとんど乗せることもなくなって。今や大手チェーンと中華系の店ばかり。要するに外の人からしたら、昔のような来たい場所じゃなくなったんです。

皮肉なのは、そうやって潰れていった個人商店の人たちは職がなくて、タクシードライバーになった人も多いことです」

少し補足を加えるなら、川口、西川口、蕨といった近接は似て非なるものだと考えていい。川口駅周辺は、都内から30分圏内という立地を活かし、マンションの建設ラッシュが続き現在も移り住む人は増加の一途をたどっている。一方の西川口周辺や蕨市では、主に中国人やアジア系の人々が住む団地や低価格マンションも増えているというという。

では、彼らのタクシー利用は実際にどのようなものだろうか。

2021年10月下旬、西川口でもチャイナタウン側とは別出口にある東口で、運転手と乗客が何か言い争いをしているのを見かけた。乗客はどうやら日本語を話さない外国人のようで、決済について何か確認をしているようだった。

数分間のやり取りがあったが結局客はタクシーに乗らず、その理由を運転手に話を聞いてみた。まだ歴3年だという中谷さん(仮名・50代)はここではよくあることです、と明かした。

「中国語だったので理解はできなかったですが、『PayPay』と言っていたので、電子決済で払えるか、という意味だったんだと思います。この場所で運転手をやっていると、必ず言われますね。でも、まだ会社が導入してないのでできないと言うと、乗らないことが大半です」

外国人の利用で助けられている面も

中谷さんは、日中は無線配車で西川口や蕨市周辺で客を拾うことが多い。コロナ前は進んで営業したエリアではなかったが、外国人の利用で助けられている面もある、と話す。

「コロナで約50万円のノルマが達成できない状況の中、このあたりの外国人の利用でだいぶ売上げが立ちました。川口市全般に中国人が多いと思われているけど、実際は蕨の芝地区や西川口周辺の青木、横曽根あたりに集中している。特に蕨なんかは、団地の7、8割が外国人居住者という場所もあるくらいだから。

だいたい団地は少しアクセスが悪いから、外国の方は『済生会川口総合病院』などの通院や緊急の際によく呼んでもらった。体感的には中国人の送迎に関しては、日本人に近い水準まで来ているとも思います。ただ、言葉や利用マナーの面などでまだまだ壁はありますが……」

筆者がこれまでタクシー取材を続けてきた中で、いわゆる「白タク」と呼ばれる違法タクシーは圧倒的に川口ナンバーが多かったことに興味を惹かれた。埼玉ナンバー全般に白タクは多いのだが、川口ナンバーの数は成田空港や羽田空港でも特段目を引いた。

西川口や川口の街を歩いても確かに中華街に路上駐車している車はあるが、明らかな白タクのようなものは見当たらない。その理由を探るために、何度か西川口を訪れ、そのたびに運転手たちに話を聞いてきた。

それでもドライバーたちは、「中国系のお店の専門白タクくらいしか知らない」「管轄も違うから把握していない」と大半はその内情を把握していなかった。

そんな中でも、時折このあたりを走ることもある個人タクシーのドライバーはこう解説してくれた。

「チャイナタウンのあたりは総じて道が狭い。でも、彼らは白タクをその狭い道に堂々と止めている。一度注意したドライバーがいたけど、言葉も通じないからかトラブルになったこともあるんよ。警察に何度言っても特に何かするわけでなかった。

彼らの大半は成田や羽田をメインとした白タクで、アクセスが良く家賃が安いこのあたりを縄張りにしている。ごく一部はこのあたりの中国系のマッサージ店や飲食店の送迎を行ってるよ。でも、地場のタクシーとお客を食い合うわけではない。何をされるかわからないから怖いし、波風を立てたくないドライバーが多いんやと思うわ」

「商売上がったり」と嘆くドライバー

タクシードライバーは夜が更けるにつれ、駅周辺に集まってくる習性がある。だが、西川口は違う。日中は客待ちをするタクシーが動いていたが、夜20時を過ぎるころにはわずか2台のみとなっていた。

暇そうに談笑していたタクシードライバーは、「もう商売上がったり」と投げやりにこう話した。

「このあたりは台数こそ多いけど、21時過ぎるとまったく人が動かなくなるから。だから昔と違って、夜のタクシーはぐっと減る。中には深夜帯の営業を辞めた会社もあるよ。

川口市は人口が増えた、住みやすくなった、と言う人もいますよ。行政は税収が増えて、街の評価が上がっていい気分でしょう。でも結局は『臭いものに蓋』なだけで不満を持っている人も多い。

女性客の方を乗せると、『治安が悪いから夜は一人で歩けないのでタクシーを使う』という人もいるくらいだから。混沌としていながらも活気があった昔、一見落ち着いたように見えるけど表面上だけでトラブルも絶えない今。はたしてどっちがよかったのかね……」

タクシーに乗り込み、目的地である赤羽駅を告げると、運転手は「この時間に3000円くらいのお客さんを引ければいいほうですよ」と力なく笑ってみせた。