モンスター軽「N-BOX」10年の功罪 苦戦から一転爆売れ“ホンダの軽”その危うさ
ホンダの大ヒット軽自動車「N-BOX」誕生から10年が経ちました。同社を皮切りにラインアップされたNシリーズは、“ホンダの軽”を一躍メインストリームに押し上げましたが、それには危うさもはらんでいます。
地味だったホンダの軽が一変した!
ホンダの軽自動車「N-BOX」、2011(平成23)年12月16日の発売から10年が経ちました。後に続く「N-ONE」「N-WGN」「N-VAN」というNシリーズの筆頭としての登場です。そんなNシリーズは、ホンダにとって功罪両面の影響をもたらしてきました。
N-BOX(画像:ホンダ)。
何十年も続く定番車種が多い軽自動車で10年というのは、それほど歴史が長いわけではありません。一方でホンダは、そもそもオートバイメーカーとして誕生しており、4輪には1963(昭和38)年の軽トラック「T360」から進出しました。つまり、軽自動車に始まり、今に至ったという自動車メーカーであり、“ホンダの軽”そのものは長い歴史があるのです。
とはいえ、ホンダは軽自動車メーカーに留まることはなく、1972(昭和47)年に発表したシビックのヒットなどにより、総合的な自動車メーカーに成長します。もちろん軽自動車から撤退することはありませんでした。しかし、ビジネスとしては、ほぼ軽自動車専業となっていたスズキやダイハツには敵いません。特に「N-BOX」誕生前となる2000年代は苦しい時代でした。
2000(平成12)年に約20%程度あったホンダの軽自動車のシェア率は、2010(平成22)年には12%程度までに落ちていたのです。その当時のホンダの軽自動車のラインナップは、「ライフ」「ゼスト」「バモス」「ザッツ」、それに商用車の「アクティ・バン」といったもの。主力となったのは「ライフ」でしたが、当時のベストセラーを争っていたスズキ「ワゴンR」やダイハツ「ムーヴ」には、2倍近い大きな差となっていたのです。
筆者が思うに当時のホンダの軽自動車は、どこか二番煎じのような雰囲気があり、革新性や独自のコンセプトは感じられませんでした。それが苦戦の理由だったと考えます。
そこにホンダは「N-BOX」を皮切りにNシリーズを投入します。そのかわりに「ライフ」などの従来のモデルは徐々にフェイドアウト。これはホンダとしては、相当に思い切った判断だと思います。なぜなら「ライフ」は、1971年(昭和46)からのホンダにとって歴史的なモデル。それを切り捨てたのですから、Nシリーズの投入はホンダにとっても大きな意気込みであったことは間違いありません。
N-BOX爆売れ! N-ONE、N-WGNはそれほどでも…
そしてNシリーズは画期的でした。ホンダのコンパクトカーである「フィット」と同様の燃料タンクを車体中央の床下に納める「センタータンクレイアウト」を採用。後席から荷室に大きな空間を生み出すことに成功します。また、ハイトワゴンにスライドドアの「N-BOX」、スタンダードなドアの「N-WGN」、パーソナルカラーの強い「N-ONE」、商用の「N-VAN」と、すべてのモデルの名前をNシリーズに集約します。クルマに詳しくない人であっても、名前を聞けば、すぐに「これはホンダの軽自動車だ」とわかるようになりました。二番煎じではなく、ホンダらしい、革新的な技術と強いコンセプトが感じられるクルマだったのです。
そんなNシリーズは、驚くほどの成功を納めます。特に1番バッターとして最初に投入された「N-BOX」は、発売から4か月後の4月に、初の月間新車販売ランキングで1位を獲得。残念ながら2012(平成24)年は年間販売ランキングトップのダイハツ「ミラ」に7000台ほど足りず、「N-BOX」は2位に甘んじますが、その翌年は初の年間販売ランキング1位の栄冠を獲得。その後は、2015年、2016年と年間1位を連続で獲得しました。
さらに、2017(平成29)年9月にフルモデルチェンジを実施し、その年は軽自動車だけでなく、登録車もあわせた中でのナンバー1となっています。さらに2018年と2019年、2020年も連続で登録車をあわせたナンバー1。2021年は「ヤリス」に負けてしまいそうですが、それでも軽自動車の中では不動の1位の地位を守っています。まさに圧倒的な成績です。
Nシリーズ(画像:ホンダ)。
一方、2012年投入の「N-ONE」や2013年の「N-WGN」、2018年の「N-VAN」は、それほどの成功を納めることができませんでした。残念といえば残念ですが、それを補っても余りあるほど「N-BOX」が売れているのですから、ホンダとしては困るわけではないでしょう。
しかし、逆に言えば「N-BOX」が突出して売れすぎているのは、大きな不安材料にも見えます。
軽は屋台骨になり得るか? 綱渡りのホンダ
そもそもの話でいえば、軽自動車は利幅の少ないビジネスです。1台当たりの価格も低ければ、マーケットは日本国内だけ。軽自動車市場は平成から令和の現在まで150〜200万台程度で安定していますが、これ以上大きな成長は望めません。そのためスバルやマツダは軽自動車の生産から撤退してしまいました。どちらもホンダと同様に軽自動車から4輪に進出したメーカーでしたが、やはり軽自動車には旨味が少なかったのでしょう。
そうした旨味の少ない軽自動車で、しかも1車種ばかりが大きく売れているのがホンダです。さらに登録車のビジネスも、最近では陰りが見えます。2000年のホンダの国内販売は軽自動車をあわせて約75万5000台で、そのうち約45万6000台が登録車でした。ところが、2010年代に入ると徐々に登録車が減ってゆき、年間40万台を切るようになり、2019年には約35万7000台、コロナ禍に襲われた2020年は約29万4000台にもなっています。
つまり、軽自動車の「N-BOX」が売れているので全体の数字は悪くはないのですが、登録車の販売数がジリジリと下がってしまっているのです。
2021年で販売を終了するオデッセイ、クラリティ、レジェンド。登録車のラインアップは縮小の一途(画像:ホンダ)。
もしも、「N-BOX」の人気に陰りが見えたら、一気に全体の数字が悪化する可能性があります。そういう意味で、ホンダの国内販売は「N-BOX」という一本の綱に頼った、まさに綱渡りの状態となっているのではないでしょうか。
そこで求められるのは、登録車のヒット車であり、「N-BOX」以外の軽自動車のヒット車です。ひとつの柱ではなく、なるべく多くの柱で支えたいもの。2022年春には、新型のミニバン「ステップワゴン」が登場するとアナウンスされています。ホンダとしては、新型ステップワゴンのヒットは、1モデルだけの問題ではなく、国内市場を戦うホンダ全体としても熱望していることでしょう。