by Gage Skidmore

ホワイトハッキンググループのSakura Samuraiに所属するロバート・ウィリス氏が、「ドナルド・トランプ氏が大統領選に立候補した時に、対立候補をおとしめるようなフェイクニュースを大規模に展開する作戦を実行していた」ことを、IT系ニュースサイトのArs Technicaに告白しました。

“Hacker X”-the American who built a pro-Trump fake news empire-unmasks himself | Ars Technica

https://arstechnica.com/information-technology/2021/10/hacker-x-the-american-who-built-a-pro-trump-fake-news-empire-unmasks-himself/

ウィリス氏は2015年当時求職活動を行っており、2つの企業で最終面接まで進み、そのうち1つから内定をもらったそうです。ウィリス氏はもう1つの会社を断るかどうか迷いましたが、職務内容や企業の名前を明らかにしない不透明性に興味を持ち、最終面接を受けることにしました。

「最終面接の場所は、人けのない大きな企業ビルでした。集められるまでロビーで待つように指示されましたが、冒険が大好きな私はワクワクしてその辺りをウロウロしてしまいました」と、ウィリス氏。

案内された面接会場は誰もいないオフィスで、全員が椅子に座ると面接官が会社の名前をそこで初めて明らかにしました。ウィリス氏は「私は怖くはありませんでしたが、これがどれほどクレイジーなことなのかを考え、興奮していました。面接官は私に『会社のすべてが非常に高いレベルのセキュリティを念頭に置いて作られています』と語りました」と述べています。



その場で明かされた業務内容は、その会社がすでに所有している1つの人気ウェブサイトをネット上で拡散することでした。さらに、面接官は「私たちは大企業や大きな政府に反対しています。なぜなら彼らは本質的に同じものだからです。」「私たちの業務内容は自由についてのものです」と、政治色の強い内容を話し始め、最後に「私たちの会社で働けば、ヒラリー・クリントンを止めることができます」とはっきり述べたとのこと。

ウィリス氏は「私は既成政党、共和党、民主党が大嫌いで、その中でもクリントン氏は既成政党そのもののような存在で、2016年の大統領戦に出馬することもほぼ確実だったため、ターゲットになりました。民主党が私の住んでいた州を文字通りぶっ壊してしまったので、私は引っ越しを余儀なくされました。当時、民主党と共和党のどちらを選ぶかと聞かれたら間違いなく共和党を選んでいました。これはいい報復だと当時は思いました」と語っています。



by Matt Johnson

当時、その企業はかなりのお金を稼いでいたそうです。問題のウェブサイトは健康に関するトピックを主に扱っており、サプリメントや代替療法の情報を掲載していました。広告収入は月3万ドル(約330万円)もあり、さらにメーリングリストの売り上げを含めると収入はもっと増えたとのこと。

さらに、登録ユーザーへ週に2回送信されるダイレクトメールには既製品や新商品の宣伝、アフィリエイトリンクが掲載され、バーチャルイベントは一回行うと数十万ドル(数千万円)の収入が得られたそうです。

「ターゲットを絞って個人に登録させれば、ばく大な利益をもたらしてくれました。その会社は個人に直接商品を宣伝し、一度に何千もの商品を販売していました」とウィリス氏は証言しています。

ウィリス氏が運営を手がけていたウェブサイトでは1日1回、何百万人もの読者に最もリーチする時間帯にサイトオーナーが記事を寄稿していましたが、その内容はケムトレイル陰謀論や「レモンでがんが治る」など、普通であればバカバカしいと思えるような内容だったとのこと。ウィリス氏も「ごく一部のウルトラクレイジーな人」しか信じないだろうと考えており、同僚と「まさかこんな記事を信じてるんじゃないだろうな」「そんなわけがない、神に誓って」と言い合って笑っていたそうです。



by JohnBarringer1988

2015年末から、そのウェブサイトには親トランプの記事がどんどん増えていきました。そして、2016年の共和党予備選でトランプ氏が勝利してからは、反クリントンの記事がさらに増えていったとのこと。この時期からウェブサイトは記事中で何かしらの意見を訴えることも多くなりました。

さらに引用した情報はリンク先の内容を誤解させるような形で置いたり、自サイト内の記事を示すものが増加。さらにソースの事実確認も難しくなっていた上に、その主張内容は「クリントン氏は銃の所有者を犯罪者にし、報道の自由を奪い、保守派を強制的に薬漬けにして、人々の意思に反してワクチンを接種させ、成人の一部を安楽死させ、アメリカの星条旗を廃止することを計画している」などの荒唐無稽なものばかりでした。しかしウィリス氏によれば、運営していたウェブサイトの内容はめちゃくちゃだったにもかかわらず、Facebookがこのウェブサイトのリンクを禁止したことはウィリス氏が運営に携わっていた2年の間でたった1回しかなかったそうです。

また、ウィリス氏は数百のニュースサイトを作成し、それらで構成されるネットワークの中で運営ウェブサイトのリンクを共有しまくるという手法でアクセス数を稼ぎました。各ニュースサイトはそれぞれ個別のサーバーに置かれ、固有のIPアドレスを持っており、それぞれが独立しているように見せていたとのこと。また、ウェブサイトに投稿された記事は、複数のVPNとセキュリティレイヤーを使った同期作業で各ニュースサイトに配信されていました。実際にArs Technicaが調査したところ、ウィリス氏がウェブサイトの運営に携わった2015年に、数百ものフェイクニュースサイトのドメインが登場したことが確認されたとのこと。

さらにウィリス氏の率いるチームはFacebookページやFacebookグループを量産するために、SIMカードを現金支払いで大量にゲットし、VPNを使ってさまざまな都市に接続して大量のFacebookアカウントを作成しました。ウィリス氏は「Facebookページを作成するには実在の人物が必要なので、ウェブサイトに付随するものはすべてこの手順に従いました。私たちはとにかく添付ファイルや元のソースの痕跡を残さないように努めました。もし誰かがページの所有者を調査するとしたら、それは偽物の人間を調査することになるからです」と語っています。以下はウィリス氏が運営していたFacebookグループ一覧です。



その後、通信事業者はSIMカードの発行やアクティベーションに社会保障番号を求めるようになったそうですが、ウィリス氏によれば、死んだ人の番号やそれっぽい番号を渡しても通ったので問題はなかったとのこと。ウィリス氏がある日ネットで偶然見かけたエルヴィス・プレスリーの社会保障番号を使ったところ、問題なく審査を通過したそうです。

ウィリス氏の「努力」の結果、ウェブサイトの記事は週に3000万人もの人にリーチするようになったとのこと。ウィリス氏は「まるでビデオゲームをプレイして新しいハイスコアを獲得するような感覚でした。私は読者を人としてではなく、ビデオゲームの背景キャラクターのように考えていました。数字を伸ばしていくのは好きだったので、素材や人に感情的な愛着を持たずに仕事を行うことができました」と語っています。

そして、2016年にトランプ氏が大統領選で本当に勝利をおさめてしまったことに、ウィリス氏と部下たちはショックを受けてしまったとのこと。その後、世界中の多くの専門家が「トランプ氏の勝利はフェイクニュースサイトがもたらした」と結論付ける論文を発表しました。ウィリス氏の丁寧な仕事のおかげか、一連の論文には運営しているウェブサイトを指摘するものはあったそうですが、ウィリス氏や部下たちの身元に結び付くような内容はなかったそうです。ウィリス氏は、自分と自分のチームが逮捕されて全てが明るみになることも望んだそうですが、そのような展開にはなりませんでした。

その後、ウィリス氏はホワイトハウスの元最高情報責任者でサイバーセキュリティの専門家であるテレサ・ペイトン氏と連絡を取り、2020年に出版された彼女の本の中で「ハッカーX」という名前で存在を明らかにされました。



ペイトン氏の本の中で自分の名前を明かさず、今回のArs Technicaの取材で初めて名前を明らかにした理由について、ペイトン氏は「ウィリス氏は理想主義者なのです。彼は自分が逃げ切ったことに嫌悪感を抱いています。彼は自分のしたことを後悔していますが、私は彼を守りたいと思ったのです。彼が守ってほしいと述べたわけではありません」と説明し、あくまでもウィリス氏の身の安全を優先して匿名化したと述べています。

ウィリス氏は自身のブログで身元を明かした理由について、「フェイクニュースを積極的に排除しながら、操作された人々の目を覚まさせるための新たな戦いが始まっています。新型コロナウイルスのパンデミックは、フェイクニュースや反ワクチンの致命的な側面を私に見せてくれました。マスクの着用やワクチン接種を拒否する父と何度も会話をしているうちに、とても心配になってきました。どんなサイトで陰謀論を読んでいるのかと聞いたら、私が作ったネットワークに属するサイトを挙げていました」と説明しています。

なお、ウィリス氏は自分のやったことをすべて家族に打ち明け、父親に目を覚ますように訴えかけたそうですが、父親はウィリス氏の声に一切耳を傾けてくれなかったそうです。