作家デビュー20年目を迎え、最新作『ブルースRed』を刊行した桜木紫乃さん。累計150万部越えの『エロスの種子』の著者もんでんあきこさんとは、ともに北海道出身。縁あって『ブルース』のコミカライズをしたもんでんさんと桜木さんが、「愛とエロス」について熱く語り合った。(全2回の1回目。#2へ続く)

【マンガ『ブルース』第1話を読む】

コミカライズが開いた新しい世界

桜木 もんでんさんにコミカライズしてもらった『ブルース』(上下巻・集英社)が発売になって、新しい世界を見せてもらえたことが、本当に嬉しかったんです。


桜木紫乃さん(撮影:原田直樹)

もんでん 原作は、謎の男・影山博人をめぐる8人の女たちを描いた小説ですから、それを漫画として、どう読ませるか。唸りながら描いて、コミカライズが出来上がるころには、すっかり「自分の物語」になっていました。その中でも、影山莉菜という人物が、とても思い入れのあるキャラクターになっていたので、彼女が主人公になった新作『ブルースRed』がとても切なくて……。


『ブルースRed』(桜木 紫乃)

桜木 莉菜が愛されている。嬉しい。でも、当初考えていたラストシーンとは違う結末になったんですよ。

 ところで、初めてお会いしたのは、もんでんさんの代表作『エロスの種子』(ヤングジャンプコミックス)第1巻の刊行を記念して、対談をしたときでしたね(『エロスの種子』第2巻に収録)。もんでんさんの作品は、とってもエロティックなんだけれど、北海道の人間ならわかる湿り気と乾き方なんですよね。このときにもんでんさんが、「私、33年間、絵以外で稼いだことがないんです」と仰って、一瞬で気持ちを持って行かれました。かっこ良かったです。

もんでん かっこ良く言ったわけではなくて、社会経験がまったくなくて、絵だけしか描いていないということが、本当に恥ずかしかったんですよ。

 私もワクワクしていたんですよ。『ホテルローヤル』(集英社)を読んで感激して、直木賞作家に会いたい! というラブコールが実現したんですから。『エロスの種子』でストリッパーを描くときに(「マリーゴールド」第1巻に収録)、桜木さんの『裸の華』(集英社)を拝読して、踊り子たちの世界観を学ばせていただきました。

 そういえばあのとき、「桜木さんはお好きだろうな」と思って、自作の『女衒夜話』(クイーンズコミックスDIGITAL)をお持ちしたんですよね。

桜木 ど真ん中のストライク。好きになりましたとも(笑)。これを読んで、『ブルース』で書いた影山博人のことを思い出しましたから。

二人で雪まつりに行ったりしているうちに…

もんでん 思えば、二人とも、女で身を滅ぼすキャラクターが好きですよね。

桜木 もんでんさんも、私も、滅ぼし続けて、はや50代(笑)。

 住むところも近いので、一緒に食事に行くようになって、二人で雪まつりに行ったり、お酒を飲んだりしているうちに、『エロスの種子』に火がついて大ヒットになりました。

もんでん 「紫乃ちゃん、どうしよう」って相談しましたね(笑)。

桜木 当時既に、大沢在昌さんの『北の狩人』を、『雪人 YUKITO』(ビッグコミックス)として、コミカライズされていたんですよね。大沢さんが「俺のところに結構な印税がはいってくるんだから、もんでんさんはもっとだよな」と笑っていました。

 そりゃ売れますよ、もんでんさんの絵の繊細さは当然のこと、情報量の多い小説を独自の視点で切り取る作業は、みごととしか言いようがないんです。

もんでん 『ブルース』のときがまさにそうですが、原作の小説を自分の漫画に落とし込んでいく作業には、発見が多くて勉強になりました。スピード感と、山を作る場所が小説と漫画は違うんです。原作をシンプルにして、絵になるところを膨らましていく。

 もう一つ言えば、漫画に合った文章というのがあるかもしれないですね。読者にも、漫画の読み方っていうのが染みついていますから、その文法の中で、いかに分かりやすく描くか。私は、読みやすさにはこだわりを持って書いていて、「ここにこれが来たら気持ちいいよね」というコマを描いている。そこに辿り着くには、時間がかかりましたよ。

登場人物・影山が一番かっこいいところから入るために

桜木 ストレスがないことって、とても大切ですよね。私はそれが出来ている気が、まだしないんです。

 コミカライズの『ブルース』では、小説の第3話「鍵」から始まりました。ここにはどんな理由が?

もんでん 漫画ではビジュアルが大事なので、影山博人が一番かっこいいところから入らないといけないんです。指が6本ある博人が、かっこよくスーツを着こなして、女を転がしていく。

 柿沼美樹という主婦が10年前、夫が外の女のところに入り浸るようになったときに、指が6本ある若い男性を買った。そして、自分の奥に快感があることを教えられる。

桜木 この第1話「鍵」は、この記事の読者にも読んでもらえるんですよね? 『グランドジャンプめちゃ』に連載中も、毎回楽しみでした。でも、私が原作を書いたわけだから、作品内の景色も自分の記憶の中にあるはずなのに、漫画を読む前には決して戻れないんですよね。漫画という手法で、もんでんさんは、私が出さなかった答えを出してくるんです。怖い読者ですよ。

 小説『ブルース』を粉々になるまで砕いて、さらに新しく陶器を作るぐらいの熱量を感じました。


『ブルース』(桜木 紫乃)

 絵で、エロスを表現する人の頭の中は、文章を書く私とはまた違う世界。私が見たこともない筋肉を使って描いているというのが伝わってきます。性描写は小説の場合、人間の見せどころというか、書き手の品や生き方を問われるシーンなんですね。映画の世界では殺陣と同じなのだと聞きました。漫画は、その両方だよな、ともんでんさんの作品を読むたびに思うんです。やっぱり「答え」を出すひとなんだな、って。

もんでん その答えが合っていたら良かったんですが……。

もんでんさんストーリーには、人生の復習を感じる

桜木 実は自宅の階段のところに、私の好きな本を置く場所があるんですが、寝る前に、もんでんさんの本を読むんです。大人の漫画っていうのは、眠る前に心を落ち着かせてくれる。私たちの時代の少女漫画って、心をざわつかせるものだけれど、大人になると、一通りいろんなことを経験して、寝る前は、できれば落ち着きたい。

 もんでんさんの作るストーリーには、人生の復習を感じるんです。エロスは満載なんだけれども、エロスにいたるまでの気持ち、いたってからの心情を読むと、「これで私は明日、何があっても大丈夫」と思えて、すっと眠れるんです。虚構って、大人になるほど大切なんだよなぁって、そんなことを思っています。

もんでん 嬉しいです。

桜木 だから、眠れない夜は、もんでんさんの『ブルース』か『エロスの種子』を(笑)。

(第2回に続く 「子供は親を選べる。生きていく術を教えてくれた人も親だから」 桜木紫乃が描く、“毒親”から解放される“インモラル”な方法)


撮影:原田直樹 

桜木紫乃(さくらぎ しの)

 作家。1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。07年、同作を収録した『氷平線』で単行本デビュー。13年『ラブレス』で第19回島清恋愛文学賞、同年『ホテルローヤル』で第149回直木賞、20年『家族じまい』で第15回中央公論文芸賞を受賞。『風葬』『起終点駅(ターミナル)』『裸の華』『砂上』『ふたりぐらし』『光まで5分』『緋の河』『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』『Seven Stories 星が流れた夜の車窓から』(共著)、絵本『いつか あなたを わすれても』(オザワミカ・絵)など、著書多数。

もんでんあきこ

 北海道出身。1983年のデビュー以来、少女誌から青年誌まで幅広く活躍している。代表作は、累計140万部突破のベストセラーとなった『エロスの種子』(2021年9月現在1~5巻発売中)。圧倒的画力と巧みなストーリーで描かれる、優しくて強くてときに脆い男女のオムニバスは、雑誌「グランドジャンプめちゃ」にて大好評連載中。他著に『竜の結晶』(集英社)、『アイスエイジ』(集英社)など。