D2Cとは「Direct to Consumer」の略で、「自社企画の商品を消費者にダイレクトに販売するモデル」を指します。アメリカの主にアパレルや化粧品の領域で台頭し、その大きな波は日本にも及んでいます。D2Cの特徴として、SNSとの相性の良さや、リアル店舗を持たないことがよく挙げられますが、私はもっとも重要なポイントは、D2Cが「ナラティブである」ことだと考えています。なぜならD2Cブランドの多くには、ブランドと消費者が共創する「物語」があるからです。流通しているのはプロダクトですが、そこにはブランドと顧客が作る物語と世界観があり、それによってブランドと顧客のあいだに特別なつながりができあがります。言ってみれば、それは企業と顧客との共犯関係。そのような関係を通じて、プロダクトも磨かれていきます。その代表例と言えるのが、米国のミレニアム世代に絶大な支持を得ている、化粧品ブランド「グロシエ(Glossier)」です。2013年創業の若い企業ですが、2019年には1億ドル(約108億円)を調達し、評価額12億ドル(約1300億円)にまで成長しユニコーン企業の仲間入りを果たしました。創業者のエミリー・ワイズは、もともと『VOGUE』などのファッション誌のエディターでした。仕事のかたわら始めたブログが人気になり、共感した「普通の女の子たち」を巻き込みながら、やがて商品開発もするようになりました。 「真の美しさ」を追求するグロシエのサイトには、モデルやセレブリティは登場しません。ユーザーの憧れをそそるブランドストーリーもありません。インスタグラムやFacebookを駆使してSlackにフォロワーを誘導し、そこで商品やブランドについて議論して、新商品開発に活かしています、グロシエは普通の女の子がリアルな使用感を語る、生まれながらにナラティブなブランドなのです。そしてD2C企業の波は日本にも押し寄せ、多くのD2Cブランドが日本にも登場しつつあります。そのひとつが、スタイリッシュなレザー製品を製造販売する「objcts.io(オブジェクツアイオー)」です。
顧客が関与できる「余白」が共創を生む
objcts.ioは、「自分や同世代が求めるレザープロダクトがない」という思いから創業されたブランドです。代表の沼田雄二朗氏と同デザイナーの角森智至氏はともに、土屋鞄製造所の出身で、在籍時から遊び感覚で自分たちが欲しいものを作っていました。彼らが自分たちのために作った上質なレザーのバックバックがやがて、周囲の友人のあいだで評判になります。「このプロダクトをきちんと開発したら、ブランドを立ち上げられるかもしれない」と思った沼田氏らは、土屋鞄製造所代表の土屋成範氏の応援を得て2〜3年をかけてバックパックを開発。2018年11月に正式にローンチしました。このようにしてデビューしたobjcts.ioのプロダクトは「考える人のためのワードローブ」がミッション。思考を重ねて社会を動かす人に向けた「新しいラグジュアリー」としてのプロダクトを作りたいという彼らの意思を込められています。同社のユニークなところは、ローンチの1年前に、使った人からのフィードバックを得るために、プロトタイプをテスト販売したことです。同ブランドはプロダクトの質感やシルエットといった審美性のほかに機能も重視しており、まずは使用感をフィードバックしてもらってプロダクトをブラッシュアップするのに役立てました。希望者からプロトタイプを回収し、より美しいシルエットを保てるように部品を交換して持ち主に戻すこともしています。顧客の声をベースにプロダクトを開発したりアップデートしていくことは、創業時だけでなく今も継続。実際に使っている人にインタビューする際には、具体的に何を入れているのかだけでなく、ライフスタイルや生活のストーリーも聞いて役立てています。ときには、objcts.ioが想定していなかった使い方をしている顧客の声を反映して、別用途のプロダクトとしてアップデートしたケースもあるとか。顧客がプロダクトの使い方を自由に解釈できる「余白」があることも、共創を生む土壌になっています。生活者は、そのブランドのストーリーに自分を重ね合わせてプロダクトを買ったり応援したりします。objcts.ioの場合は、「考える人のためのワードローブ」というブランドミッションだけでなく、「自分の世代が欲しているレザープロダクトがない」という創業ストーリー、顧客の声を反映したプロダクト開発やアップデートをする姿勢が、熱狂的なファンを呼び込みました。企業と顧客がプロダクトを共創することによって価値を共有し、深い結びつきを得る。「共体験」はこれからのビジネスにおいて重要なポイントになるでしょう。 Written by 本田哲也Photo by SHUTTERSTOCK