「褒めて育てる」を実践してもうまくいかないのは、「褒め方」が間違っているのかもしれません(写真:mits/PIXTA)

「部下がいつも受け身で、自分で考えて動かない」「きちんと指示したのに、部下がそのとおりにしない」……。こうした悩みを抱える管理職の方は多いのではないでしょうか。

そんな「困った部下」を戦力に変える、上司と部下の対話例が新著『できる上司は会話が9割「困った部下」が戦力に変わる、コーチングのスゴ技』では紹介されています。本稿では、同書より一部を抜粋しお届けします。

「部下は褒めて育てる」。これが昨今の人材育成のトレンドです。ところが、「よくできているよ」「いつも頑張っているね」と積極的に褒めているものの、肝心の部下の反応は鈍い。上司が期待するような「自分で考え、自律して行動する部下」に成長している実感がない……。

「褒めてもうまくいかない」という悩みも、上司からよく寄せられます。しかし、これは起こるべくして起こっているというのが私の意見です。

「叱って育てる」が効果的なのは一部の人間

褒めることで、もちろん部下のモチベーションはある程度高まります。ひと昔前の日本の会社組織では、「厳しく叱って育てる」タイプの上司が圧倒的に多かったものです。

「仕事はできて当たり前」が基本スタンスで、部下が仕事で成果を上げてもとくに声がけはしません。下手をすれば無反応である一方、部下がミスをすれば厳しく叱る。こうした対応でモチベーションを上げられるのは、いわゆる「叱られて伸びるタイプ」の一部の部下だけだったことでしょう。

人間は誰しも程度の差こそあれ、他者から認められたいという「承認欲求」を持っています。「承認欲求」が満たされるか否かは、仕事のモチベーションにも大きく影響します。

ところが、いくら頑張っても上司は無反応。しかも、ミスすれば厳しい叱責が待っている。上司から示されるのがマイナスの評価だけなら、部下はどう感じるでしょうか。これが職場での日常では、モチベーションが下がるのは明白ですね。

「これではうまくいかない」という反省から、近年、人材育成において「(部下を)褒める」ことが重要視されるようになりました。これ自体は望ましい傾向です。しかし、冒頭で述べたように「うまくいっていない」と感じるリーダーが増えています。

その原因はシンプルです。皆さん、「褒め方」を間違っています。具体的に言うと、「褒める」を無意味に使いすぎてしまっているのです。その結果、何が起こっているのでしょうか。

1つ目が、「忖度する部下」が生まれてしまうということ。つまり、部下のほうが「何をすると、あなたが褒めるのか」を前もって敏感にキャッチし、「上司に褒めてもらえる行動」だけをとるようになるのです。

「褒める」が効かない2つの理由

なぜ、こんな現象が起きるのでしょうか。それは「褒める」行為には、上司の「主観」「判断」「都合」が入ってしまうからです。つまり、あなたの「意図」が色濃く反映されている。部下には「上司に評価されたい」という基本的な欲求がありますので、当然、あなたの意図を読み取ろうとします。

すると、あなたにとって「耳あたりのいいこと」だけを選んで発言したり、行動する部下が生まれます。その結果、部下はあなたの意に沿った「上司のための作業員」になってしまいます。

2つ目が、「褒める」を多用することで、部下が褒められることに慣れてしまい、もはや何を褒められたとしても心に響かなくなるのです。これでは、モチベーションアップにはつながりません。

また、部下本人が仕事の結果に納得していないときに、上司が気をまわして褒めたとしたらどうでしょう。その褒め言葉は、部下にはいかにも噓っぽく聞こえるはずです。モチベーションが上がるどころか、逆に下げてしまいかねません。

「褒める」が部下のモチベーションを上げるうえで、効果的な方法の1つであることは、私も否定しません。ただ、前述したように、無意味に使いすぎては機能しないのです。それでは、いつ褒めるといいのでしょうか? 私からの提案は、あなたが本心から「褒めたい!」と思ったときだけにすればいいということです。

では、それ以外のときは部下に対して無反応でいいのかというと、もちろんそんなことはありません。部下のモチベーションアップには、要所要所で部下の承認欲求を満たすような、上司の言葉と態度が欠かせません。

ここで、みなさんに日常的に使ってもらいたい「承認」について、解説しましょう。承認とは、簡単に言えば「相手の存在」を認めることです。相手がそこにいること、相手が行動したこと、相手が発言したことなどを、「気づいているよ」「見ているよ」「聞いているよ」「受け取っているよ」としっかりと相手に言葉で伝えるのです。

これが人間という存在の面白いところで、自分の存在や行為、発言といったものを相手に認めてもらえるだけで、承認欲求が満たされる傾向があります。ここからは承認には「褒める」と違って、あなたの主観がさほど入らないというお話をしましょう。

中立的で主観を挟まない「承認」

例えば、持ち物の財布を変えた相手に対して、「その財布、かわいいね」と言えば「褒める」ことになります。「かわいい」というのが、あなたの主観による判断だからです。一方、「あれ、財布を変えたんだね」と言えば「承認」です。この場合は、相手の状態・状況について触れただけで、あなたの主観による判断は入っていません。

このように、承認のほうが「褒める」に比べて、はるかに中立的な表現として相手に届きます。そのため、上司の意図を忖度させることなく、部下のモチベーションを高めていくことができると考えています。

さらに承認の利点として、「褒める」よりも使いやすいことが挙げられます。

例えば、確実な成果がまだ出ていない段階では、部下を褒めることは難しいでしょう。しかし、今の状況自体を承認することはできます。「進んでいるね」「その調子だよ」という言葉をかけることはできます。これをプロセスの承認といいます。

また、部下に頼んだ仕事の仕上がりが期待どおりでなく、褒めるどころか本音としては思い切りダメ出しをしたい場合はどうでしょうか。この場合も、「承認」は有効です。「そういうやり方もあるよね」「おっ、これは意外な展開」というように、部下のやろうとしたことをひとまず認めることはできます。これを見解の承認といいます。

こうした承認の言葉を普段から部下に伝えられていれば、部下のモチベーションを高めることに役立ちます。さらには、上司であるあなたから部下に対して建設的なフィードバックをする場合、部下が素直にそれを受け入れる素地をつくることにもつながるのです。

承認に使える具体的なフレーズ

ここで承認の具体的な方法を解説します。私は承認を大きく次の4つに分類しています。

【ケース1】
相手の言葉や存在そのものを承認する
【フレーズ】
〇〇なんですね(復唱)/そうなんですね/◯◯と言っていたね


【ケース2】
相手が達成した「成果」を承認する
【フレーズ】
すごいね/最後までやれたね/すばらしい成果!/達成できたね

【ケース3】
成果を出すための「プロセス」に焦点を当てて承認する
【フレーズ】
本当によく考えているね/順調に仕上がっているね/もう少しでできそうだね

【ケース4】
「合意はしないけど、見解については理解できる」ことを示して承認する
【フレーズ】
この状況なら、そう思うのは当たり前だよね/この状況ならそれは理解できるよ/そういう考え方もあるよね/それは新しいね 

ちなみに、承認の際の言葉がけは「手短に」を心がけましょう。要点を短く伝えることで、相手の耳に入りやすくすることがうまくいくコツだと思ってください。