個人と社会を方向づける「観」という名の羅針盤/村山 昇
知識や技能は素材・資産
内にもつ性向・志向に誘導される
スポーツの世界でよく言われる「心・技・体」。優れたパフォーマンスをあげるためにはこれらが高いレベルで1つにならなくてはならないという考え方です。
事業・仕事においても同様のことがいえるのではないでしょうか。ただ、その場合、体を知に置き換えて、「心・技・知」としたほうがよりしっくりくると思います(もちろん、健康な身体は不可欠のものとして)。
本稿では下の3層図を用いて、いかに心のはたらき――以降、意識と言ったり、マインド、観と言ったりします――が決定的に重要であるかに触れていきたいと思います。
さてその3層図ですが、これは能力発揮と意識が不可分であり、3層で地続きであることを示したものです。第1層と第2層は、いわゆる能力層です。しかし第1層が習得的であるのに対し、第2層に下りていくにしたがい性向的なものになっていきます。言い換えると、部品的に外付けする能力と、自分の特性として内化していく能力との違いです。
仕事とは「能力をさまざまに組み合わせて、表現(成果)を生み出す活動である」としたとき、第1層と第2層の関係がどうなっているかを示したのが次の図です。
第1層の知識・技能はあくまで素材部品です。それをどんな具合に組み合わせ、成果物に仕上げるかは第2層の行動特性が握っています。外付けで持つ習得的能力は、内化された性向的能力の支配下に置かれるといってもよいでしょう。
さて、それで第2層よりも第3層がもっと大きな影響性をもつことを次にみていきます。
第3層に持つマインド・観・信念は
人生・キャリアの大舵
第1層から第3層に下りていく構造は、「素材・資産としての能力」から、それを司る「性向」そして「志向」への構造といえます。性向が能力および仕事成果を方向づける中舵だとすれば、志向は大舵です。人生・キャリアを決定づける大舵といってもよいでしょう。
ではここで、架空ではありますが1人のモデルケースで考えてみます。
───M氏は優秀な生物化学の研究者である。M氏の母国ではいまだ民族間の血みどろの争いが絶えない。彼は幼いころに、敵対勢力の爆弾攻撃によって両親や兄弟をみな亡くしている。内戦孤児となったM氏は難民として先進国に受け入れられ、その後、猛勉強して博士号を取得、現在に至っている。
いま、M氏の心の中には研究者として2つの針路が交錯している。1つは、生分解性プラスチックの開発に携わって環境問題に寄与したいという意志。もう1つは、生物兵器の開発に携わり、母国で勢力を広げるあの憎き敵民族に報復したいという意志……。
さて、M氏が第1層、第2層で持っている能力要素はきわめて優秀です。成果がどんどん出せる研究者です。その彼がいま、大きな分岐点にいます。
彼が第3層で持っている世界観、平和観、歴史観、人間観、死生観、職業観はどんなものでしょう。人は信念のために生き、信念のために死ぬことができる動物です。それほどまでに第3層は人間を強力に動かし、その人の一生を劇的に変えてしまうものです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
本年2月から全世界的に拡大した新型コロナウイルス。このコロナ禍は社会全体の事業活動そして個々の仕事活動を著しく停滞させました。しかし、冬には冬にしかできないことをするということで、多くのビジネスパーソンが自己研鑽に励んだ効用もありました。
コロナ禍の完全終息にはいましばらく時間を要しそうで、その分、自己研鑽にさらに取り組めそうですが、そこで忘れてはならないのは、能力習得だけでなく、じっくり、どっしりと時代・歴史をながめ、自らの観を醸成する思索時間を持つことだと思います。
コロナ後に自分自身をどこに向けて動かすか。人生100年時代において、まだまだこの先何十年と働いていくとき、第1層・第2層の能力を使って何を成すか、の大舵はあなたの内の第3層にあります。そうした1人1人の第3層が複雑に合わさり、社会が動いていきます。ポストコロナの行き先は、もうすでに「いま・この心」から始まっています。