ブームに乗って急増するインハウスエージェンシーだが、設置した企業は、人材の確保と維持に苦労しているようだ。

インハウスエージェンシーチームの構築を優先課題に掲げるのは、ビールメーカーのアンハイザーブッシュ(Anheuser-Busch)、製薬会社のバイエル(Bayer)、映画配給会社のソニー・ピクチャーズ(Sony Pictures)といった大手マーケターだけではない。エクスペンシファイ(Expensify)、レモネード(Lemonade)、シェイパーミント(Shapermint)といったスタートアップも同様の取り組みを行っており、2018年の全米広告主協会(Association of National Advertisers:ANA)の報告によると、会員企業の78%以上がインハウスエージェンシーを運用していた。支払い期間が長くなり、プロジェクト単位の仕事を多く受け持つようになったことで、外部のエージェンシーの仕事にはかつてないほどの緊張を伴うようになっている。そのため、ブランドはますます社内チームに仕事を回すようになった。しかし、インハウスエージェンシーは依然として、人材の確保という大きな課題を抱えている。米DIGIDAYが最近行った調査によれば、インハウスエージェンシーをもつブランドのマーケター53人のうち、43%が「内製化によってスタッフの採用と維持が容易になった」という文言に「同意しない」と回答した。

ブランドの内部で働く実情はどのようなもので、通常のエージェンシー業務とはどう違うのだろう? 以下では、現在インハウスエージェンシーで働く3人と、かつて働いていた1人の声を紹介する。

消費財ブランドのインハウスエージェンシーでグローバルクリエイティブディレクターを務める匿名の人物

「私は従来型エージェンシーに18年勤務した。そのあいだも、ある特定のブランドやプロジェクトに専念することがほとんどだった。(インハウスエージェンシーだけが)ひとつのブランドに全力を注ぐという考えは大きな間違いだ。(外部エージェンシーでは)ときどき卓球と金曜の飲み会があるくらいで、(インハウス業務も)ほとんど変わらない。どんなエージェンシーにもあてはまるプロセスで仕事をしている。単純に、より速く仕上がり、より安くつくだけだ。フィードバックを何週間も待つ必要がない。毎日がフィードバックセッションだ。我々はクライアントの業務をすみずみまで知り尽くしている」。

「インハウスで働くことは、必ず(ブランドの)より良い理解につながる。内側にいるおかげで、クライアントのカルチャーに全身で浸り、吸収する。エージェンシー側にいては得られない、ブランドのPOV(観点)を得られる。採用は困難ではないが、(外部エージェンシーとは)別物だ。私はいつも企業家精神を備えた人材を求める。クライアントとの関係構築能力が必要なのは、従来のエージェンシーと同じだ。従来のクリエイティブ人材にはこれができない人もいる。説明されるのを待っているタイプではだめだ。毎日が新たな機会であり、新しいプロダクトが売り出されると聞いたら、(マーケティングの)アイデアをすぐに思い浮かべる必要がある。オフィスでの井戸端会議はクリエイティブな仕事のブレインストーミングのチャンスだ」。

ソフトウェア企業のインハウスエージェンシーでクリエイティブ専門職につく匿名の人物

「外部のエージェンシーからインハウスエージェンシーへ移った人がいちばん苦労するのは、インハウス(エージェンシー)はブランドの考え方が前提にあって、どれだけクリエイティブになれるかが重視されない点だ。独自の大胆なアイデアを受け入れる余地はあまりない。大手ブランドであればあるほど、未知の領域に踏み出す可能性は低いだろう。インハウスエージェンシーで働く人々の多くは、組織の外でもプロジェクトを進め、クリエイティブな情熱を満たしている」。

「ワークライフバランスは必ずしも向上するわけではない。常軌を逸した量のプロジェクトや締め切りを抱え、それらを守ることを期待される。組織のなかで予算を持った人々が我々のもとに来ては、あれこれ要望を伝えてくる。それが聞いたこともないくらいひどいアイデアで、確実に失敗だと思ったとしても、どうにか実現の道を模索しなくてはならない。彼らは我々のフィードバックに興味はなく、自分のアイデアを実現させたいだけなのだ」。

テック企業のインハウスエージェンシーでクリエイティブディレクターを務める匿名の人物

「ふたつの(雇用形態の)ワークライフバランスの比較に関しては、ほとんど同じだ。ただし、インハウスエージェンシーでは数カ月間、外部エージェンシーで経験したことがないほど忙しかった時期があった。インハウスのメリットは重要なステークホルダーと関係を築けること、プロダクトのアップデートや戦略の転換といった情報に自由に直接アクセスできること。加えて、消費者がさまざまな施策に対して示す反応を観察できるのもプラスだ。成果物を世に送り出す道が開かれているのは良いことだ」。

「デメリットのひとつは頻繁な組織再編と力関係の突然の変化で、こうしたことは大企業では珍しくないが、疲弊するし、モチベーションを奪われる。最近では、経営が厳しくなるとマーケティング部門がまっさきに厳しい目を向けられる。インハウスで働くことを選べば、長期的に考え、計画できると思い込んでいる人は多いだろう」。

「けれども、私の経験上、インハウスエージェンシーは常時あまりにも忙しく、リアクション型の仕事なので、将来を真剣に考える暇はほとんどない。何もかもが避難訓練のようで、戦略と計画はまっさきに捨て去られる。クリエイティブ気質の人が成功するには、多様性と新たなタイプのチャレンジが必要だと、私は思う。こうした機会を提供できるブランドもあるが、大多数はそうではない。やりがいのある仕事内容を求め、従来型のエージェンシーに戻るクリエイティブ人材が増えている印象だ」。

ジョン・バナック氏:かつてカナダの新聞社グローブ・アンド・メールおよび玩具会社スピンマスターでインハウスエージェンシー業務を経験し、現在はマーケティングコンサルタントを務める

「インハウスエージェンシーでは共通の目的意識が得られる。これが大きな違いだ。企業の浮き沈み、成功と失敗を肌で感じる。エージェンシーもクライアントに親身になるが、結局のところ両者はまったく別のビジョンをもっている。インハウスだと、会社がうまくいっているときはそれを誇りに思える。外部にいるときよりも、ブランドとその成功への貢献に自覚的になる。廊下の先で直接顔を合わせるので、人間関係への信頼も大きくなる。臨機応変で、堅苦しさは不要だ。面倒なことをすっ飛ばして、すぐ仕事に取りかかれる。最大のメリットは、とにかく速く動けることで、そのため成功を実感しやすい」。

「インハウスだと近視眼的になるリスクは確かにある。だが、それはほかの多くの関係においても起こりうることだ。人々はいつもペプシの件を引き合いに出す。あれは確かに失敗だった。けれども、現在ではエージェンシーも同様のリスクを抱えていて、かつて有力クライアントに臆せずノーと言えた発言力は低下している。むしろインハウスで働いている方が、『そのアイデアはまずい、やめた方がいい』と指摘しやすい。これが外部エージェンシーなら、審査プロセスに15カ月もかかるかもしれない。どんな関係にある人々が制作しても、ひどい成果物が生まれることはあるのだ」。

「(インハウスエージェンシーへの支持が)遠からず下火になることは危惧している。クリエイティブ担当チームが30人もいるのに、研究開発部門はたった10人なのはおかしいと、いずれ誰もが気づくはずだ。ビジネスの風向きが変われば、インハウスエージェンシーチームはまっさきにお払い箱だろう」。

Kristina Monllos(原文 / 訳:ガリレオ)