【大原浩】ご存じですか、日本のマンションを廃墟に追い込む「共有地の悲劇」 「性善説」の管理組合はもうもたない

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先行き暗い不動産の中でも特に問題が多いマンション

日本の不動産全般の将来は暗い。その点については、5月26日の記事「『この先、日本では不動産を買うな株を買え』といえるこれだけの理由」で詳しく述べたが、要するに土地の需要と供給の将来を考えれば、不動産全般の価値がこれから上がるとは考えにくく、むしろ下がるであろうということだ。

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すぐに思いつくものだけでも、少子化による住宅需要そのものの減少、IT化による工場・オフィススペースの減少、EC化による実店舗の減少など数え切れないほどある。

いわゆる「生産緑地」問題も、2022年に迫っており、課税額の増加を嫌った都市の農地の大量放出が予想され、当然需給も緩む。

千代田、港、中央などの、世界中の富裕層が求めるごく限られた地域を除いて、日本の不動産の未来には暗雲が立ち込めている。

その中でも、マンションに関してはさらに暗い見通しを持っている。更地においても「共有」というのは、権利関係の調整が難しく多くの問題を抱えているのだが、マンションにはそれ以上に大きな影響を与える。

マンションを購入される方々は、ローンを組んでやっと手に入れた「部屋」を自分だけの所有物だと思っている。

しかし、実はマンションというものは、「共有部分」と呼ばれる玄関、廊下、屋上、集会所以外の「専有部分」と呼ばれる居住者が住む部分も、事実上「共有」されているのだ。

例えば、「専有部分」と呼ばれる部屋の1つである305号室をどこか別の場所に移築することは可能であろうか? 誰かが、クレーンや大型トラックを持ち込んで、そのような作業を行えば大騒ぎになるし、マンションが倒壊する危険もある。

このように考えれば、マンションというものは1棟単位で成り立っているのであって、各部屋というのは「概念上独立」しているに過ぎない。つまり、不動産としての本来の価値は、各部屋ではなく、マンション1棟で考えるべきなのである。

そして、このマンション1棟の財産価値を決めるのに決定的役割を果たすのが「管理組合」なのだが、少なくとも現状では、このシステムほどお粗末なものはない。

多くの人々が、人生最大の借金を背負って購入するマンションの財産価値が、このようなお粗末な組織に左右されるとすれば、ほとんどのマンションの価格はこれから低下の一途をたどるであろう。

「共有地の悲劇」とは?

マンション管理組合の問題は、通常「共有地の悲劇」と呼ばれる現象と密接に関わる。読者に耳慣れない言葉かもしれないが、ジャレド・ダイアモンド氏の「文明崩壊」(草思社)において、文明崩壊につながることもある環境破壊の重要な原因として登場する。

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例えば、村人達共有の放牧場(共有地)があったとしよう。

村人それぞれが所有する個人の牧場では特別な指示を与えなくても、翌年もさらにはその次の年も、果ては子供や孫の世代まで、豊かな牧草が生えるように努力するはずである。

ところが、共有地では、ほとんどの人はそのような行動はとらず、自分の牛にできる限りたくさんの牧草を食べさせようと共有地の草を奪い合うから、あっという間に荒れ地になってしまう。

少し変化球だが、投資の神様ウォーレン・バフェットの言葉にあるように「レンタカーを洗って返す人間はいない」ということだ。

大枚をはたいて購入した車であれば、日曜日ごとに、「洗車機では表面に傷がつくから」と言って手洗い洗車・ワックスがけを欠かさない人は珍しくはない。ところが、まったく同じ車種の自動車でも、レンタカーであれば、洗車機で洗う人さえいない。「共有」の自動車だからだ。

さらに押し進めれば、私が常々主張する「終身雇用の重要性」ともつながる、

より良い条件を求めて転職を繰り返している人々にとって、自分の働く会社とはまさにレンタカーである。洗って返すはずがない。

しかし、終身雇用制で働く人々にとっての会社はマイカーだ。日曜日ごとに手洗い洗車・ワックスがけをすることも十分あり得る。

企業経営者は、長期的視野で考えて、いったいどちらを社員として歓迎すべきなのか?答えは、11月20日の記事「日本企業はバカか…! いまこそ『終身雇用』が大切である決定的理由」で述べたとおりである。

村共同の牧草地は、自分だけのものではないから、将来のことなど考えずに放牧が行われ、最後は荒れ地になってしまう。同じことが、マンションにも起こりつつあるのだ。

管理組合は村の寄り合い

マンションの管理組合が、色々と問題を抱えてきたとは言え、まがりなりにも機能してきたことの方が不思議である。

マンション管理組合の理事長(または理事)の成り手がなかなか見つからないとはよく言われることだが、それも当然である。色々と責任を負わされ、時間も取られるのに、無給または雀の涙ほどの報酬しか出ないのであれば、ばかばかしい限りである。

しかし、それでもなんとか理事長の成り手を見つけてくることができたのは、日本人の公徳心の高さの他に、「地域コミュニュティー」の助けが大きかった。

地方の村々ほどではないにしても、マンションというのは1つのコミュニティであり、それを守ろうとする人々の総意が、管理組合という仕組みをなんとか維持してきたといえる。

日本での民間分譲マンションの第1号とされる「四谷コーポラス」(東京都新宿区)は、1956年に竣工した。その後の1962年に民法の特別法として区分所有法が施行され、現在の管理組合の形態が形成されていったのだが、当時は、村の寄り合いや町内会が全国的に健在であった。

そのため、マンション管理組合においても、村の寄り合いや町内会のようなものがイメージされたはずだ。もちろん、寄り合いや町内会は、極めて優れた自治組織であり、日本の民主主義の発展のためにも存続することが望ましい。

しかしながら、マンション立地が集中する都市部では、このような自治組織を維持するのが困難になってきている。寄り合いや町内会は、居住者が一定期間その場所に居住し相互の信頼を深めることが大前提であるから、人口移動の激しい都市部には向かない仕組みである。

言ってみれば、マイカーならぬ「おらが村」、「おらが街」意識が基本であり、レンタカーならぬ「レンタル街(町・村)」意識の人々をまとめることは難しい。

もちろん、都会の人口移動の激しさそのものが、経済・社会のダイナミズムを生み出しているのであるから、決して否定すべきではなく、そのこと自体はむしろ積極的に推進すべきである。

理事長は素人である

あまり意識されることはないが、マンションと株式会社はよく似た仕組みである。

マンションでは、1棟のマンションを「区分所有」という形で各部屋ごとに別々の人々が所有するのに対して、株式会社では、1つの会社の所有権を「株式」という「区分所有権」に分割して大勢の人が所有する。

株式会社発展の初期には、大株主が経営者になることが多かった。いわゆるオーナー経営者で、自分が所有する会社を自分で経営するわけだ。マンションで言えば、1棟を所有するオーナーが賃貸経営を行う形に近い。

しかし、企業の巨大化と株式市場の発展によって「所有と経営の分離」が行われるようになると、業務に精通していない多数の一般株主が経営に直接関与することはほぼ不可能になる。そこで、「専門の経営者」を雇ってその経営者を株主総会などで管理していく形が一般化する。

実は、マンションの管理組合も「管理と所有」の分離の段階に来ているのではないだろうか?

1960年頃のように、緊密な地域社会はすでに崩れ、人の移動が頻繁に起こる。しかも、マンションが投資対象となり、所有者と居住者が違うことがごく普通になってきただけではない。外国人によるマンションの所有や居住も増えてきた。もちろんそれが悪いというわけではないが、文化も風習も価値観も違う人々を片手間(基本的に無給)の素人の理事長がまとめていくのは困難であるということである。

現在のマンション管理組合は、日本人の価値観が比較的均一で、何事も「話し合い」で解決するのが当然で、訴訟を起こすことを恥とさえ思っていた時代に登場した。だが、現在では「訴訟で物事を解決するのが当然」「自己主張は徹底的にする」という文化圏の人々もオーナーや居住者となる。もちろん、半世紀前とは日本人全体の意識も大幅に変わった。

つまり、現在のマンション管理組合は「時代遅れ」で制度疲労を起こしているから、早急に抜本的改革を行わないと、日本中のマンションがスラムになる恐れがあるということである。

「性善説」の管理組合制度を見直せ

住民の横のつながりが少ない現在では、既存の管理組合制度はあまり役に立たない。外国籍の住人が多数になれば、「文化的共有」は難しくなる。

兵庫県神戸市の「タワーマンション管理組合の認証制度」が話題になっている。管理組合の将来に危惧を抱いて何らかの対策をとろうとする姿勢は大いに評価できるが、内容はお役所仕事といえるし、一地方自治体の手に負える問題でもない。

届け出や認証などの管理を強化すればするほど、基本的にボランティアの管理組合理事長の成り手はますます減る。このような単純なことさえ分からないのでは「やはりお役人」と思ってしまう。

問題は、不動産業者が分譲を行うときである。管理費を少なめにしてマンションを販売しやすくするということがよく行われるが、これにより、必要な修繕が行われにくくなり、マンション老朽化が進む原因となる。

理事長の報酬を含む「本当の管理コスト」を明示するように法律で強制し、「先払い」させることが重要である。価値観が多様な所有者に後から、追加支払いを納得させるのはかなり難しい。

さらには、マンションの解体費用も「先払い」させるべきである。タワーマンション解体の実例はまだ聞かないが、それぞれが極めて特殊な工法で建設されるタワーマンションの解体費用は莫大な金額になると言われる。一般のマンションにおいても、解体費用は大きな問題になるはずであり、最後の所有者が支払いを拒めば(支払いができなければ)廃墟のまま放置されることもありうる。

年金のように先払いしたはずの金額がどこかに消えてしまっては困るから、先払いした金額は、信頼できる機関に供託するようにするべきだが、これまでの歴史を見る限り、この「信頼できる機関」を見つけるのがもっとも困難かもしれない。

いずれにせよ、不動産そのものの暗い将来に加えて、マンションに関しては「暗黒」とも言える憂鬱な時代がやってくるような気がする。