「なんかフニャフニャした字やね」、「中学生が書いたような字だな〜」――。ちょっと信じられないかもしれが、これは大阪市にある「初代大坂船奉行所跡」の石碑について、ネット上に書かれていたコメントだ。

六軒家川沿いにあるこの石碑、長く残るものなのにどんな字なのか。


若狭守の武者(@tatibana_ason)さんのツイートより

確かに下手ではないにしても、ちょっと独特な筆跡で書かれている。写真を見る限り新しそうだが、誰がこの字を書いたのか。

調べてみると、予想外の人物の名前が見つかった。

あの方でした

そもそも初代大坂船奉行所とは1620年に幕府が四貫島村に設けた船奉行所のこと。幕府は諸船の通行を吟味し、西国諸侯の動向をここで監視した。

初代大坂船奉行所跡の石碑が建てられたのは2011年のこと。比較的新しいもので、六軒家川に架かる朝日橋のたもとにそれがある。


若狭守の武者(@tatibana_ason)さんのツイートより

そしてこの石碑は独特の筆跡で書かれた文字が気になる。ちょっとユルさも感じるが誰が書いたものなのか。


若狭守の武者(@tatibana_ason)さんのツイートより(編集部でトリミング)

ちょうどこの石碑の裏が公道であるのが確認できる。そこに誰かの名前が入っている可能性が高い。

そこでGoogleストリートビューで裏側を見てみた。


石碑の裏側 (C)Google

そこにあったのは、

橋下徹 書」

との表記だった。

これが建った11年といえば、橋下さんが大阪府知事から大阪市長に鞍替えたときだ。

此花区の公式ツイッターアカウントによると、12月に郷土史研究会により建立されたとのこと。

大阪都構想など数々の足跡を残してきた橋下さんの歴史を振り返られる貴重なスポットとして、別の意味での価値が今後出てきそうだ。

ネット上では知る人ぞ知る珍(?)スポットだったようで、

「書き直してあげればいいのに」
「下手な字だな〜と思ったら橋下徹氏の字だったw」
「こりゃ恥ずかしい」

などのコメントが寄せられている。

橋下さんが題字を書いた石碑、ぜひ一度生で見てみたい。