難病で苦しむ3歳児の心臓移植を実現するため、ZOZOの前澤友作社長が募金を呼びかけたところ、猛烈なバッシングを受けた。なぜなのか。フリーランス麻酔科医の筒井冨美氏は「アメリカもドナー(臓器提供者)が不足している。日本人が渡航移植すると、助かるはずだった米国人患者が助からなくなる」という――。
外国特派員協会で月旅行計画について会見するZOZOの前澤友作社長(2018.10.9)(写真=AFP/時事通信フォト)

■ZOZO前澤友作社長の「美談」はなぜ批判されたのか

「約60億円で現代アート(バスキアの作品)を落札」
「現金100万円を100人(総額1億円)へのお年玉プレゼント」
「日本人初の月旅行を予約(アメリカ「スペースX」社による月を周回する旅行)」

ZOZOの前澤友作社長のこうした派手な行動はしばしばニュースになり、そのたびに批判を集めてきた。今年はじめ、重い心臓病で海外渡航移植を希望していた上原旺典(おうすけ)ちゃん(3歳)を自腹で支援した際もそうだった。

「自腹で1億円お年玉」はいかにもお祭り的な発想だが、「自腹で海外移植支援」は尊いボランティア精神によるものだ。なぜ批判されたのか。心臓移植に関わったことがある医師として解説してみたい。

■始まりは2019年1月のワイドショー

事の発端は2019年1月に放送されたテレビ番組『サンデー・ジャポン』(TBS系)だ。うまく血液を循環させられない拡張性心筋症の旺典ちゃんの密着ドキュメントが放送され、その中で「海外渡航して心臓移植することだけが事実上の治療法で、治療費として必要な約3億5000万円を目標に寄付金を募っている」とされた。

これを見た視聴者だろう。ツイッターでは前澤社長のアカウントに向けて「救ってあげて」といった書き込みが相次いだ。

前澤氏もそれに応え、「個人での寄付に加え、ツイッターでのリツイート1件につき10円を寄付」と支援を表明。前澤氏のツイッターはたちまち48万件以上もリツイートされた。この結果、「おうちゃんを救う会」には多額の寄付金が集まり、旺典ちゃんは2019年5月、受け入れ先のコロンビア大学(ニューヨーク市)へと出発した。

前澤氏のSNSを通じた寄付行為に対しては賞賛があった一方、批判も受けた。代表的な主張は以下のような内容だ。

「他にも心臓移植を待っている子供は大勢いる」
「旺典ちゃんだけに支援するのは不平等ではないか」

これらに対して前澤氏は「それぞれが気づいたこと、やれることをやればいいじゃん。人の行動に文句つけたって誰も得しないよ」とツイッターに投稿。

また、テレビ番組『バイキング』(フジテレビ系)の司会者の坂上忍氏も「文句を言う人は(援助や寄付を)やってから言え」と、前澤氏を応援した。

■心臓移植3カ月待ちの米国、3年待ちの日本

こうした前澤氏の発言に対し、医療関係者の多くは違和感をもつだろう。なぜなら、米国でもドナー(臓器提供者)は不足しているからだ。日本人が渡航移植するということは、助かるはずだった米国人患者が助からなくなるだけで、救える命の総数は変わらない。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/kieferpix)

旺典ちゃんを受け入れるコロンビア大学では心臓移植の5%を外国人に割り当てる制度がある。これは本来、自国内では心臓移植が不可能な発展途上国の患者を対象にしたものである。いかなる事情で旺典ちゃんの移植がかなったのか、その経緯は私にはわからない。

ここで日本とは異なるアメリカの医療現場の「事情」を説明しよう。

■「命は経済力で決まる」のがアメリカ

米国の医療費はべらぼうに高い。よって、交通事故などで高度(=高額)医療を受けた後に脳死に至ったケースではその支払いに困る人は少なくない。そこで、臓器提供者になることで医療費の一部をレシピエント(移植を受ける患者)に支払ってもらう制度を利用するため、臓器提供に同意する家族もいる。

重い心臓病で心臓移植を希望しても、待機期間中には人工心臓や強心薬などの医療費もかさむので、経済力が続かない患者はウェイティングリストから脱落してゆく、というシビアな現実もある。

命を永らえることができるかどうかは経済力で決まる。それがアメリカだ。

では、日本はどうか。日本には高額療養費制度があるので治療が高度になるほど自己負担率は減る。脳死となった人の家族がその治療費に苦しむというケースもまれである。また心臓移植待機患者も各種の経済的助成が受けられるため、米国人患者ほどの経済的困窮はなく、“脱落”しにくい。ただし、臓器提供者は極めて少ない。そして移植を受けるレシピエントは投薬などにより比較的長生きが可能で、その結果、移植待機患者も増える一方なのだ。

脳死後の臓器提供者は、日本では年あたり数十人だが、米国では8000〜9000人となり、「ドナーが多い米国は移植まで2〜3カ月待ち」「少ない日本は2〜3年待ち」というのが、脳死心臓移植の現状である。

■米国だって移植臓器は足りていない

「米国はドナーが多い」と言っても「日本よりは多い」だけであり、米国でも移植待機患者に対するドナーは圧倒的に足りない。人気医療ドラマ『グレイズ・アナトミー』のシーズン2では、「受け持ち患者(担当医の恋人という設定)の移植優先順位を上げようと人工心臓に細工する女医」が登場するし、同シーズン5では「移植の直前で臓器を横取りされた患者」も登場し、米国でのドナー不足をリアルに描いている。

2012年、ブッシュ(息子)政権下で副大統領を務めたディック・チェイニー氏が71歳で心臓移植を受けたが、「もっと若い患者に譲るべき」「裏でカネ・コネを使ったのではないか」など、米国内でも激しい批判にさらされた。2019年4月公開の映画『バイス』はチェイニー氏をモデルにした“フィクション”だが、この心臓移植についても皮肉たっぷりに映像化されている。

■海外での心臓移植費用が高騰しているワケ

実は2008年以降、海外での心臓移植費用は高騰している。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/sturti)

というのも、2008年に国際移植学会は「臓器取引と移植ツーリズムに関するイスタンブール宣言」を採択し、「自国内での臓器移植」「臓器売買の禁止」を促したからである。この流れを受けて、米国の移植手術を引き受ける病院は患者側に高額デポジットを請求することで事実上の渡航移植制限をするようになり、どうしても渡航移植を希望する患者は数億円を準備することが必要になったのだ。

日本国内でも2010年には改正臓器移植法が施行され、「本人の意思表示がなくても家族の同意で提供可能」「15歳未満の臓器提供も可能」となり、脳死ドナー数も「年あたり数件→数10件」レベルに微増した。だが、これでは待機患者数には遠く及ばず、特に6歳未満については「年間0〜2例」という絶望的な数にとどまっている。

また「生体移植」の可能な肝臓や腎臓については、日本国内では「死体移植」よりも主流となっている。外務大臣の河野太郎氏が実父の河野洋平氏に肝臓を提供したことは有名だが、養子制度を悪用した暴力団による臓器売買も発覚している。また、生体肝移植・腎移植では、ドナー患者の死亡例も報告されている。

こうしたリスクを考えると可能な限り「死体移植」を推進し、次善の策として「生体移植」を活用するのがベストだろう。

■中国に渡航して移植手術を受ける日本人が増加中

日本人が海外渡航して移植を希望するのはアメリカだけではない。近年、中国で移植手術をする患者が増加している。中国政府は「臓器提供者は死刑囚(2015年から中止)」と説明しているが、「政治犯からの強制摘出」といった怪しいうわさは常につきまとう。

ブローカーも暗躍している。試しに「NPO 海外 腎臓移植 サポート」というキーワードで検索すると、ブローカーと思われる組織のホームページが簡単にみつかる。そうしたブローカーには数千万円の謝礼が必要だと聞いたことがある。

苦労して「闇ルート」で移植を受けても、帰国後に再出血したり、後遺症に悩んだりするケースもある。その際、中国の医療機関からのフォローはなく、患者は自力で日本国内の病院と交渉して治療しなければならない。

実際、2018年にはこんな裁判が起きている。中国で腎移植手術を受けた患者が帰国後に浜松医科大学医学部付属病院を受診。ところが大学病院側は「イスタンブール宣言に基づき、臓器売買患者の治療はしない」と治療を拒否した。患者は「医師法19条の応召義務違反だ」と約271万円の損害賠償を請求したが、2018年12月、静岡地裁はこの請求を棄却。原告は控訴したが、19年5月、東京高裁も一審の静岡地裁と同様に、患者(原告)の請求を退けた。

■移植は国内での自給自足が原則、第一歩がドナーカード

7月4日、前澤氏はツイッターで「前澤は最悪だ、とのブログ記事ですが、僕自身とても勉強になったのと、みなさんにも移植医療の現状を知っていただく良い機会だなと思ったので、リツイートさせていただきます」と、渡航移植支援を批判する医師のブログ記事を紹介した。

寄付を申し出た自身の行為に問題はなかったにせよ、海外での移植には複雑な事情がからんでいるということを知り、慎重な判断が必要だということがわかったのだろう。

とはいえ、せっかく話題になったのだから、前澤氏の騒動を契機にドナーカードに意思表示をする人が増えてくれたらと思う。現在では運転免許所の裏にドナーカードが付いているので、そこへ記入すれば1分もかからない。

ドナーカードの事例(出典・日本臓器移植ネットワーク)

「臓器移植は絶対イヤ」と考えるならば、「臓器を提供しません」に○をするのも、立派な意思表示である。健康保険証やマイナンバーカードにも同様の欄がある。機会があればドナーカードを眺めて、臓器移植について考えるチャンスにしてほしい。

(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美 写真=AFP/時事通信フォト)