by VisiCalc

Google スプレッドシートをはじめとし、今や日常生活の中で表計算ソフトが世界で初めて登場したのは1979年のこと。ふだん何気なく使っているスプレッドシートですが、実は人々が日常生活でコンピューターを使う転機となった劇的なツールであり、その歴史をたどってみると、現代の「自動化」問題への示唆をも得られるものとなっています。

How VisiCalc’s Spreadsheets Changed the World - The New Stack

https://thenewstack.io/how-visicalcs-spreadsheets-changed-the-world/

世界初の表計算ソフト「VisiCalc」の広告が初めて掲載されたのは1979年5月。VisiCalcの作者であるダン・ブリックリン氏は自身のウェブサイトに当時の広告をのせています。その後同年6月にVisiCalcはNational Computer Conferenceで正式に発表されました。

First Advertisements for VisiCalc

http://www.bricklin.com/history/firstad.htm



ブリックリン氏はマサチューセッツ工科大学を卒業後、ディジタル・イクイップメント・コーポレーションで「WPS-8」のプロジェクトリーダーとなりましたが、ビジネスについて学ぶ必要性を感じたことから1977年にハーバード・ビジネス・スクールに入学。そして授業中に金融モデルの間違いに気づいてパラメータを修正しようとしたとき、表の大部分を消す必要があったことから、コンピューター上で計算を処理する「電子式表計算」を思いついたとのこと。

Meet the inventor of the electronic spreadsheet | Dan Bricklin - YouTube

MBA取得後にソフトウェア会社を作ろうと考えていたブリックリン氏は、大学の教授から電子式表計算へのアドバイスを受けました。たとえば助言を行った1人であるバーバラ・ジャクソン氏は電子式表計算のライバルは「封筒の裏面」であることから、ソフトウェアはシンプルに使える必要があると説得しています。その後、ブリックリン氏はMIT時代の知り合いのボブ・フランクストン氏と再会し、2人はソフトウェアの開発に取り掛かることとなりました。

大学教授から紹介されたPersonal Software社を経営するダン・フィルストラ氏からも助言を受け、2人のギークは1週間以内にプロトタイプを作りあげ、借り物のApple IIにコードを流し込みました。1978年から1979年にかけての2カ月間でVisiCalcを改良・開発し、1979年の発売へ至ったわけです。

当時、パーソナルコンピューターは「愛好家のおもちゃ」という見方が大半で、ビジネス用途のコンピューターは大がかりなものが多数でした。しかし、VisiCalcの登場でApple IIはおもちゃではなく「ビジネスツール」として考えられるようになります。最終的に6年間で70万本を売上げたVisiCalcは、元CEOのスティーブ・ジョブズによって「爆発的に産業を推進させたものの1つ」「Apple IIを成功に導いた」と語られています。

Steve Jobs about VisiCalc speadsheet in 1996 NHK documentary - YouTube

またブリックリン氏について、Microsoftの主席ソフトウェア設計者のレイ・オジー氏はコンピューター・テクノロジーを日常生活の一部にした最大の貢献者の一人として、ブリックリン氏を挙げています。当時のコンピューターは原子力発電所の管理者が使うようなもので、一般の人々が使うものではありませんでしたが、表計算ソフトを搭載したApple IIが一気にコンピューターを人々の身近なものにしたためです。1981年にVisiCalcのデモを見た製品担当社長のジャン=ルイ・ガセー氏が「コンピューターを使うためにプログラマになる必要はもうないと気づいた」と述べていることからも、VisiCalcの衝撃度がうかがえます。

一方でブリックリン氏が自分の作品の人気に気づいたのは、ウォール・ストリート・ジャーナルが「ワシントンは予算がどのように機能するのかを知るためにリーガルパッドとVisiCalcを使っている」という論説を見たときだとのこと。

ブリックリン氏は自分自身の経験からTEDの講演で「あなたもユニークなバックグラウンド、技術、ニーズを持ち、プロトタイプを作って鍵となる問題を発見し、それに取り掛かってください。それを通じて、世界を変えるのです」と語っています。このようなVisiCalcの物語は成功の物語としての学びを含むものですが、今日の世界に照らし合わせると、別の見方もできます。

もともとブリックリン氏の父親は印刷会社を経営しており、このような小規模ビジネスにおいて手書きの集計表が何百年もの間使われてきました。表計算ソフトは会計係の仕事を奪うものであり、事実、1980年に比べて現代アメリカでは会計係が40万人も少ないそうです。しかし、一方で会計士の数は60万人も増加しました。コンピューターによる複雑な計算がより安く、多目的に、パワフルになることで、新たな需要が生まれたのです。近年は自動化によって人々の仕事が奪われると叫ばれていますが、VisiCalcの例から、自動化は単純に「ロボットが仕事を奪う」といったものではなく、より微妙な形で「職の形を変える」ものだとみることができます。