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外食など、人前でご飯を食べる“会食行為”に耐えがたい不安や恐怖を感じてしまう「会食恐怖症」なる精神疾患があるという。

その存在を知る人はまだまだ少ないが、就職や転職などのタイミングで初対面の人と食事をする機会が増えた方も多いであろう新生活シーズンの今、SNSなどでは会食恐怖症の症状を訴える投稿も多く見受けられる。

そこで今回は、日本会食恐怖症克服支援協会にて代表を務める山口健太氏にインタビューを敢行。「会食恐怖症」の実態と克服に対する考え方を紹介する。

"完食指導"をきっかけに発症、人知れず悩んでいた高校時代

会食恐怖症は神経症の一種である社交不安障害のひとつに分類され、会食の場面で吐き気やめまい、物が飲み込みづらくなる嚥下障害などの症状をともなう。過食症や拒食症といった摂食障害とは別物であり、社交不安という名が付くとおり、他人の視線や人との関わりが深い要因となるのが特徴だ。

山口氏もかつては会食恐怖症に悩まされていたとのこと。発症のきっかけは、高校時代に所属していた野球部での合宿。身体づくりのために大量のご飯を食べなければならないという状況で、どちらかというと小食であった山口氏は食べきれずに残してしまい、部員大勢が並んでいる前で顧問の先生に怒鳴られてしまう。その結果、食事がプレッシャーになってしまい、合宿所の食堂に入るだけで吐き気がこみ上げてくる状態に。「いただきます」のタイミングでもどしてしまうこともあったという。

16歳で会食恐怖症を発症した山口氏は、自分なりに克服法を探り、20歳の頃に薬を使わず自力で克服。その際、会食恐怖症に関する情報があまりにも少ないことを痛感し、同じように悩んでいる人の力になりたいという想いから2017年5月に日本会食恐怖症克服支援協会を発足した。以降、自身の経験をベースにさまざまな発信を始め、現在は当事者の克服をサポートするカウンセラーとして活躍している。

そんな山口氏のもとには年間1,000件もの相談が寄せられるが、相談者で一番多いのが20代で、その後、30代と10代が続くという。

「学校給食の完食指導に関する報道で会食恐怖症が紹介されてから、10代の学生からのLINEでの相談なども増えた印象です。男女比的には女性がやや多いくらい。40代・50代の相談者も多いんですが、上の年代の方は給食がトラウマになっているケースが圧倒的に多いですね。協会で開催している会食の練習会では『これが20年ぶりの外食』という女性もいました」

給食の経験と併せて、自分が吐くこと・他人が吐くことに対し強迫的な恐怖を感じる“嘔吐恐怖”の人も多いそうだ。

社交不安障害の発症は思春期に多い統計もあるが、交際相手から食事を急かされたのが原因で突然発症するといったケースもあり、そういう意味では誰しも急に当事者となる可能性があると言える。傾向としては自己肯定感が低い人がなりやすく、家庭環境の影響も大きいらしい。

「同じ自己肯定感が低い人でもいろんなパターンがありますが、食べるスピードや量について責められた経験などによって苦手意識を持つと、それが会食恐怖症のきっかけになりやすいです。僕が当事者だった高校の頃はクラスで仲の良い友達が3人いたんですけど、そういう自分のダメな部分も認めてくれる友人や家族の前で、なんとか食べられる分だけ食べるという感じでした。不安感や恐怖感といった感覚が強く、外食はずっと避けていましたね。普通は楽しいものなのに、自分は人との食事が苦痛になっていて、それが誰にも理解されないことが苦しかったですね」

周囲からの理解が得られないつらさは察するに余りある。運動が苦手な筆者にとって、体育の授業が憂鬱であった感覚に似ている部分もあるのかもしれない。たしかに、食事のように毎日3回体育の授業があると考えたら、個人的には非常に心を病んでしまいそうだ。

会食は、職場の交流会や友人と遊ぶ際など、避けることができないシチュエーションも多いため、より問題が深刻化するのだろう。

克服のために大切なポイント3つ

徐々に認知度は高まってきているものの、会食恐怖症の情報はまだまだ少なく、医師によっても認識に差があるため「病院にかかる前に、せめてネットで社交不安障害や会食恐怖症といったワードを病院名と組み合わせて検索するなどして、信頼できる医師を探すのが大切」と山口氏は話す。

日本会食恐怖症克服支援協会においては「はるの・こころみクリニック」院長の田島治医師がアドバイザーとなっており、病院を紹介することもあるそうだ。

ただ、特に10代の学生など心療内科や精神科にかかることへ抵抗感のある人からの相談が多いのも事実。

自力で会食恐怖症を乗り越えた山口氏は、克服のポイントとして、「正しい手順で会食の練習をすること」「前向きな考え方を身につけること」「フローで過ごすための習慣を身につけること」を挙げる。

「まずは『会食が怖い』理由を具体的に分解していくのが治療の第一歩です。残すのが怖いという人でも、会食の相手が誰なのかによってもそれは違いますし、ラーメン1杯残すのかコーヒー1杯を残すのかでも違う。低いハードルから徐々に上げていって、『残しても意外と大丈夫』と思えてくると食事に行ける機会が増え、『(残してもいいのに)食べられた』という経験も増えます」

「また、嘔吐恐怖の方は気持ち悪くなった時点で『自分はダメ』と思いがちですが、気持ち悪くなったけど『無事に過ごせた』『会食に参加できた』と、良い部分に意識を向けると気持ちの負担が全然違います。自分が気持ち悪くなった事実は変わらないんですが、逆に言えば自分が不快になっただけで誰にも迷惑はかけていないと。脳の性質上、最初はどうしても意識的にそこへフォーカスする必要があるんです。初めのうちは大変かもしれませんが、『こうしなきゃ』と考えすぎている部分を『〇〇でもいい』と前向きな考えに持っていき、成功体験を積むことが重要になります」

外食する際のお店選びに関しては、人が多い店や全く知らない店は緊張しやすいので、いつも前を通る近所の店などがおすすめとのこと。また、1人でも身近に理解者がいればラクになるのは間違いないが、必ずしも無理に病気を打ち明ける必要はなく、言いたいタイミングで言うのがいいそうだ。

3つめのポイント、「フローで過ごすための習慣を身につけること」も有効なようだが、「フロー」とはどういった状態なのだろうか。山口氏に聞いてみると、以下のような答えが返ってきた。

「リラックス状態と近いですが、少し違うのは、程よい緊張感やストレスがありながらも、気持ちと目標の均衡が取れている状態だというところ。その状態をフローと言っています。筋肉ムキムキの男性が1キロのダンベルで筋トレしてもつまらないけど、100キロのベンチをやるのは楽しい、100キロを上げられない女性は1キロのダンベルで毎日シェイプアップするほうが楽しいというように、自分にとってちょうどいいバランスで負荷をかけていく。今の状態がフローかノンフローか、普段の生活の中で意識するクセをつけると治療に効果的です」

目標が高いところにあっても気持ちが高まっていなければノンフローであり、目標に対して気持ちが高まりすぎていてもから回ってしまう。この考え方はさまざまなシーンで応用できそうだ。

治療は焦らないのが大切

会食恐怖症の克服は、「会食に全く参加できない」「不安でも参加できる」「普通に楽しめる」といったフェーズで大きく分けられる。個人差はあるが、会食に「なんとか参加できる」レベルまでであれば、1カ月ほどで到達できる人も多いという。

山口氏いわく「人と話すのが苦手で『絶対に話を振られたくない』状態が会食恐怖症だとしたら、『人と話すのが好き』という状態の手前、『苦手だけど頑張ります』という段階ですね。実は、『参加』までが一般の克服の定義とされているんですが、普通に会食を楽しめる状態までいくとなると半年以上はかかる場合が多いです。相談者の中には、気持ちが落ちていて『治療したいか自分でもよくわからない』という人もいて。普段の人間関係を選ぶことも必要かもしれないですし、自然と治したいと前向きに思えるまで充電して待つのも、治療の一環と僕は考えています」とのこと。治療はあくまでも焦らず自分のペースで取り組むことが大切なようだ。

最後に、「僕も当事者として悩んでいた時はわからなかったんですが、この活動を始めてから、会食恐怖症に悩んでいる人は意外といるんだなと実感しています。今後は全国に相談の窓口を増やしていきたい」と、活動の展望を聞かせてくれた山口氏。

人知れず悩みを抱え込んでいるという人も、いつか一歩を踏み出せるよう、山口氏の活動を参考に少しでも克服に向けて前向きな気持ちを持ってみてほしい。

○取材協力:山口健太

一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会代表理事。2017年5月、一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会を設立(アドバイザー:田島治杏林大学名誉教授)。薬を使わず「会食恐怖症」を克服した自身の経験を生かし、会食恐怖症に悩む人へのカウンセリングを行っている。相談実績は年間のべ1,000件超。学校や保育所への給食指導コンサルティング活動、食べない子に悩む保護者の食育相談やそのテーマの講演・研修も行う。岩手県盛岡市出身。著書に『会食恐怖症を卒業するために私たちがやってきたこと(内外出版社)』など。