1階と2階の店舗ロゴも並列された「スターバックス コーヒー東京ミッドタウン店」(筆者撮影)

喫茶業界では最近、各社が高級業態の開発に乗り出している。国内で1392店(2018年9月末現在)を展開する最大手のスターバックスも例外ではない。

都内有数の繁華街・六本木の外苑東通りに面した東京ミッドタウン。この一角に「スターバックス コーヒー 東京ミッドタウン店」がある。1階は通常のスタバで、2階は特別な空間の「スターバックス リザーブ バー」(以下リザーブ)だ。1階の店内から階段を上がると雰囲気も変わり、別の空気感が漂う。同店の横顔を紹介しながら、その狙いを考えたい。

世界各地のコーヒーを紹介

国内の限られた場所で展開する「リザーブ」の中でも、東京ミッドタウン店は特別な存在のひとつ。通常の店と異なるのは、大きく分けて次の3点だ。

(1)通常店では流通しない世界各地のコーヒーを、さまざまないれ方で提供
(2)接客スタッフは、全員「ブラックエプロン」保持者
(3)フラペチーノはなく、アルコールメニューを置く

このうち(1)は、同社のコーヒーバイヤーが世界の生産地から厳選したコーヒー豆を提供する。筆者も取材日を含めて何種類か試飲してきた。そのうちの2銘柄を紹介しよう。

「ニカラグア マラカトゥーラ」(豆の生産国:中米・ニカラグア)※現在は終売

ほのかな酸味と甘みが特徴のコーヒー豆だ。この豆を行きつけのコーヒー専門店でひいてもらい飲んだ。「原種のひとつ、カトゥーラ種は酸味が特徴の豆で、品種を交配して甘みが加わると、味のバランスも変わる」(コーヒー専門店の店長)という。

「ルワンダ ムササ」(豆の生産国:アフリカ・ルワンダ)※現在は終売


「各地の限定コーヒー」もデザイン展示されている(筆者撮影)

こちらは少しレモンを思わせる酸味もある。取材日の前に一般客として東京ミッドタウン店に行き注文し、サイフォンで抽出してもらった。同社こだわりの小カードももらえ、そこには豆の特徴や相性のよい風味も記されている。

ちなみに「ルワンダ ムササ」コーヒー1杯の価格はトールサイズで580円(+税。以下、価格はいずれも税別)と、1階の店でのドリップコーヒー(ショートサイズで280円)の倍以上した。

もちろん豆の種類も違えば、いれ方も異なるが、雰囲気+限定豆という付加価値で客単価を上げている。さらに同コーヒー豆は250グラムで2400円と、かなりお高い。

接客するのは「黒帯」従業員

(2)は、全員が「黒帯」ならぬ黒いエプロン着用で接客する。少し説明が必要だろう。


2階の「スターバックス リザーブ」に向かう途中の階段(筆者撮影)

通常、同社の店舗スタッフの多くは「グリーンエプロン」(緑色のエプロン)を着用するが、中には黒い「ブラックエプロン」で接客するスタッフもいる。ブラックエプロンは、年に1度、コーヒーに関する幅広い知識、コーヒー豆の特徴などを問う社内試験を実施して合格した人だけに与えられる。その中でも「リザーブ」には選ばれた精鋭が勤務する。

たとえば社内競技会「コーヒー アンバサダーカップ」の歴代優勝者も働く。石黒歩美さんは、今年2月22日、東京都内で行われた決勝大会優勝者という現役王者。大会後の人事異動でこの店の勤務となった。もう1人はストアマネージャー(店長)の北森晴香さんで、柔らかい笑顔が持ち味の2009年の同大会優勝者。名古屋市出身で2008年に東京に異動した翌年に「コーヒーアンバサダー」になった。


店長の北森さん(右)と2018年コーヒーアンバサダーの石黒さん(筆者撮影)

取材時に石黒さんが「ラテアート」を作ってくれた。リーフという定番形で、左右対称にするのが難しい。それを見守る北森さんが着用するブラックエプロンには11個分の星(金の星2つ+白い星が1つ)が輝く。11回の社内審査に合格した証しだ。

「コーヒー豆の銘柄やいれ方にこだわるお客さまも増えています。特にラテアートやサイフォンは、作業の様子を興味深そうにご覧になります」(石黒さん)


石黒さんが作った「ラテアート」(筆者撮影)

ブラックエプロンがそろうとあって、時には業界関係者らしき人も訪れる。「サイフォンの際にかき混ぜる『2回目の撹拌は何秒ですか?』といった専門的な質問も受けます」(北森さん)。よほどのマニアでないかぎり、店でいれているプロ以外に出てこない質問だろう。

アルコールの訴求と課題

この店にはアルコールメニューも少しある。「コーヒー スティープ ビール」(900円)は、アルトビールにコーヒー豆を浸透させたオリジナルドリンクだ。夜23時までの営業時間も含めて、カフェバー需要を喚起するように思えたが、「あくまでもコーヒーメニューの延長線上で、コーヒーの楽しみ方を提案するドリンクです」(同社)という。

「カフェバー」から「カフェ」に業態を戻した競合店からは、「アルコールメニューを提供すると、お客さまから『つまみになるメニューはないのか』と聞かれ、対応するとフードメニューの仕込みが大変になった」という話を聞いたことがある。「リザーブ」もつまみメニューは充実しておらず、あくまでもカフェ業態を貫く。

ちなみにアメリカ国内では「スターバックス イブニングス」という店を一時展開。ビールやワインを提供したこともあるが、2017年早々に終了した。夜間の来店客が思うように増えなかったのが理由だと聞く。アメリカ系企業の中には、消費者の視線が厳しい(ある意味で細かい)日本市場を「ラーニングマーケット」(学習する市場)と位置づける会社もあるが、スターバックスは発祥地であるアメリカで実験店を試すことが多い。


サイフォンコーナーにあるサイフォン抽出器(筆者撮影)

「リザーブ」は、コーヒーへのこだわりを抽出方法でも訴求する。器具は前述したサイフォンのほか、「コーヒープレス」など5種類もある。サイフォンでいれることを頼めば、一枚板のカウンター「SIPHON」コーナーの前に座り、抽出作業を見ることもできる。

このあたりも通常のスタバとは違う。通常店の来店客の中には、モバイル機器でノマド作業をする人もいれば、勉強する学生もいる。過ごし方は自由だが、これらが長時間に及ぶと座席待ちのお客から厳しい目が注がれる。数回の訪問で見たかぎり、「リザーブ」来店客は、簡単なミーティングをする人はいたが、ノマド作業をする人は見掛けなかった。

かつて学生街のマクドナルドでは、「当店はレストランですので、長時間の作業や勉強はご遠慮ください」という掲示があったが、「リザーブ」はそうした断り書きをしなくても雰囲気でしにくい空間となっている。

コーヒーを深めたい従業員の「受け皿」

従業員満足につながる「リザーブ」の別の効果も紹介したい。

業界関係者からは、「リザーブの業態は、スタバ内で悶々としていた意欲の高い従業員の気持ちを鼓舞することに成功した」(コーヒーコンサルタント)と指摘する声もある。

どういうことか。従業員にはコーヒー職人として、抽出技術をより高めたい人もいる。そうした人材にとって、コーヒーを追求する特別な店があることは目標につながるのだ。

スターバックスのホスピタリティと従業員のロイヤリティはかなり高い」と評価する一方で、同コンサルタントは、「コーヒー品質の取り組みは道半ば」と話す。

同社も課題は認識しており、来年2月には「リザーブ」を進化させる。店内焙煎を行う新業態「スターバックス リザーブ ロースタリー」が東京・中目黒に開業予定なのだ。アメリカ・シアトル、中国・上海、イタリア・ミラノ、アメリカ・ニューヨークに次ぐ5番目だ。

今後スタバはコーヒーを深掘りし、さらに楽しみ方を訴求するはずだ。国内の「スターバックス リザーブ バー」は、マーケティング収集と情報受発信の場にもなっている。