すごい煮干ラーメン凪(筆者撮影)

煮干しを使った青森のご当地ラーメン「津軽煮干しラーメン」を看板メニューとする「長尾中華そば」が、東京・神田小川町に神田店を7月30日にオープンした。


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長尾中華そばは、青森県で5店のネットワークを持つ青森のラーメン店だ。店主の長尾大氏は東京の中華料理店で10年間修業した後、故郷の青森でラーメン店を2004年に開業。地元での活動に加えて、首都圏をはじめ各地でのラーメンイベントへの出店などにも積極的で、メディア露出も多数。青森で基盤を築いてきた。

東京を中心に煮干しラーメンのお店が増殖

煮干しとは、小魚を煮て干した食材だ。カタクチイワシの煮干しが一般的だが、真イワシやウルメイワシ、アジ、サバ、トビウオなどの煮干しも流通している。独特の魚のうま味と香りが特徴で、味噌汁や煮物、鍋をはじめ、さまざまな料理のダシを取る材料として使われている。

ラーメンにおいて、煮干しは昔から使われる食材だった。スープ全体のおいしさを下支えする、いわば脇役的な存在として重宝されてきたが、近年、煮干しのうま味を前面に押し出した煮干しラーメンのお店が、東京都内を中心に増殖してきている。


長尾中華そば 神田店(筆者撮影)

長尾中華そばは、2013〜2014年には東京・池袋で期間限定出店をしたこともある。それも踏まえて今回の東京本格進出の裏側には、長尾氏の忸怩たる思いがある。煮干しを使ったラーメンとしては、青森のご当地ラーメンである「津軽煮干しラーメン」があるにもかかわらず、東京ではその浸透度が低いことだ。

かつての津軽では煮干しではなく「焼き干し」がよく使われていた。歴史はかなり古く、江戸時代から食べられていた「津軽そば」のダシとして使われていたそう。そこに中華麺も入れてみようといって提供されたのが「津軽煮干しラーメン」の始まりと言われている。

「濃厚系」だけが増えていく図式

日本全国のラーメン情報をレビューやランキングで紹介している「ラーメンデータベース」は、ラーメンの1ジャンルとして「煮干し」を設けていて、東京都だけでも379店舗が登録されている(2018年8月3日現在)。

現在の東京都の煮干しラーメンベスト10は以下のとおりだ。

1位 煮干鰮らーめん 圓(八王子)
2位 中華そば いづる(浜松町)
3位 中華ソバ 伊吹(志村坂上)
4位 すごい煮干ラーメン凪 新宿ゴールデン街店 本館(新宿)
5位 煮干しつけ麺 宮元(蒲田)
6位 麺処 晴(入谷)
7位 らぁめん小池(上北沢)
8位 さんじ(稲荷町)
9位 陽はまたのぼる(綾瀬)
10位 亀戸煮干中華蕎麦 つきひ(亀戸)

実は火付け役の1人ともいうべき、「すごい煮干ラーメン凪」の生田智志店主が、開業を志し、各地のご当地ラーメンの食べ歩きを進める中で影響を受けたのが「津軽煮干しラーメン」だった。

「衝撃でしたね。ダシを下支えする存在だと思っていた煮干しが前面に出て、すばらしいうま味と香りを放っていました。煮干しにこんな使い方があるのかと知り、試作を重ねてできたのが今の『凪』のすごい煮干ラーメンです」。生田店主は明かす。

煮干しを丸ごと食べたときのうま味や香りをラーメンでも表現、「凪」の煮干ラーメンは瞬く間に一躍スターダムに躍り出た。「煮干しは化学調味料を使わなくてもしっかりとしたうま味が出て、油を使わずともおいしいラーメンが作れます」(生田店主)。

同じように津軽煮干しラーメンにヒントを得た都内のラーメン店は数多いとされているが、これらの多くは、「濃厚系」が圧倒的だ。

一方、津軽煮干しラーメンは作りとしては基本的にあっさり系が主である。あっさりながらも煮干しのうま味と香りがしっかり感じられる奥深いスープが特徴だ。


長尾中華そばの煮干しラーメン(筆者撮影)

青森県三厩村出身で、昔から津軽煮干しラーメンを食べ続けてきた「田中商店」店主の田中剛氏はこう語る。「どんどんうま味を追求する中で油が多くなり、濃厚になっていくのは仕方のないことなのかなと思います」。

津軽煮干しラーメンの地元、青森では取材拒否の老舗店もあり、その名は広がる由もなかった。知る人ぞ知るご当地ラーメンだったのだ。各店とも、地元だけで十分やっていけるレベルであり、県外に進出してさらにお店を大きくしていく必要がなかったのである。

それもあって、都内での煮干しラーメンブームは、ご当地ラーメンとして先行したはずの「津軽」の名前も、あっさりした煮干しラーメンも広まらず、濃厚系だけが増えていく図式になっているというワケだ。

「津軽煮干しラーメン」を知ってもらいたい

長尾氏が東京進出を決めた理由はここにある。過去には、ラーメンイベントやデパートの催事などに積極的に出店し、津軽煮干しラーメンを紹介していったが、それはあくまで青森までラーメンを食べに足を運んでもらうためにやっていたことだった。


長尾中華そば店主の長尾氏(筆者撮影)

「都内で煮干しラーメンがはやるのはうれしいことですが、青森の煮干しラーメンもおいしいということをきちんと紹介したい。まずはたくさんの人に、あっさり系の青森の煮干しラーメンを知ってもらいたい」(長尾店主)

ただ、すでに濃厚系が先行している中で、あっさり系の津軽煮干しラーメンは、商売として考えるとなかなか根付くまでには時間がかかるかもしれないという見方もある。濃厚系全盛の煮干しラーメンブームの中で「津軽煮干しラーメン」がどこまで知名度を上げられるか。油が浮かない津軽煮干しラーメンはヘルシー志向の消費者には刺さりそう。そこをどれだけ訴求できるかも成功のカギを握りそうだ。