ヤマザキ・ナビスコの「リッツ」や「オレオ」など4商品の製造が終了した。

写真拡大

■ライセンス契約解消で売上高の4割が消滅

山崎製パンの子会社、ヤマザキ・ナビスコの米モンデリーズ・インターナショナルとの技術や商標に関するライセンス契約が8月末で終了した。これに伴い、ヤマザキ・ナビスコは9月1日から商号をヤマザキビスケットに変更。クラッカーの「リッツ」「プレミアム」、クッキーの「オレオ」「チップスアホイ」などの製造を8月末日、残余在庫の販売は11月末日までに終える。このライセンス契約終了により、1970年の提携から46年続いたヤマザキ・ナビスコの「ナビスコ」ブランドは幕を閉じた。

2016年2月、山崎製パンが「リッツ」「オレオ」の製造・販売を終了すると発表すると、「リッツ、オレオがなくなる?」「ヤマザキナビスコカップはどうなる?」といった悲鳴に似た声がネット上であがるほど、日本の消費者に馴染みのある「ナビスコ」ブランド。なかでも「リッツ」「オレオ」など主力4商品の年間売上高は約150億円で、ヤマザキ・ナビスコの売上高の約4割を占めている。

この「ナビスコ・ショック」は親会社の山崎製パンの株価にも影響。ライセンス契約終了の発表があった翌営業日の株価が1割も下落した。「積み上げてきた営業努力が水の泡になってしまう」という山崎製パン飯島延浩社長の記者会見での言葉からも、苦渋の決断だったことがうかがえる。2015年12月期のヤマザキ・ナビスコの売上高、営業利益はともに過去最高だったために、なおさらだろう。

9月から「リッツ」「プレミアム」「オレオ」などは海外で生産され、販売はモンデリーズの日本法人、モンデリーズ・ジャパンが継続する予定。ヤマザキ・ナビスコ独自の技術で開発した「チップスター」「エアリアル」「スリムサンド」などの製造・販売はヤマザキビスケットが継続。9月から新ブランドのクラッカー「ルヴァン」を投入することで、穴埋めを図る構え。今後、新製品を順次投入していき、菓子部門全体でテコ入れを進めていく。

さらに、これまでライセンス契約で制限されていた海外事業にも取り組み、東南アジアをはじめとする海外市場にも展開していく。

■世界の食品産業ではM&Aや事業分離は日常的

モンデリーズ社とのライセンス契約の終了は、長い年月をかけて「ナビスコ」ブランドを築き上げた商品開発力と営業力を自負する山崎製パンにとっては不本意な結果となった。だが、世界の食品産業の戦略からすると、「日本のようなライセンス契約は異例」という指摘もあるのも事実。M&Aや事業分離の戦略が日常的となっているからだ。

このことは、ナビスコ社が米クラフト・フーズに統合され、さらに分社化して菓子の世界大手、モンデリーズ社となったことからもわかる。また、モンデリーズ社も「リッツ」「オレオ」などの主力菓子は取り込もうとするが、15年9月には日本でも馴染み深いソフトキャンディー「メントス」の販売権を手放している。

山崎製パンにとっての「ナビスコ」ショックも青天の霹靂ではなかった。ライセンス契約の期間が改定のたびに5年から2年、1年と短縮され、ライセンス料も上がっていったからだ。そして、「販売はうちでやるので、製造だけをお願いしたい」とのモンデリーズ社からの要求。これでは下請けになれといわれているようなもので、製パン業界国内最大手のプライドが許さなかった。

それでも山崎製パンは妥協点を見つけようとしたが、モンデリーズ社は契約終了を「世界戦略の一環」と考えており、交渉の余地はなし。山崎製パンの不満も爆発。飯島社長は「自主独立精神でやっていく」という決意を固めるしかなかった。

ヤマザキビスケットは、契約終了によりライセンス料の支払いがなくなるとはいうものの、売上高の約4割を占めていた「リッツ」「オレオ」など主力4商品の類似競合商品の販売ができるのは17年の12月から。それまでのあいだ、モンデリーズ社の「リッツ」「オレオ」などの市場動向をうかがいながら、時がくるまでひたすら競合品の開発を練ることになる。

長年培ってきた製造技術と営業力に磨きをかければ、ヤマザキビスケットとなってもこれまで以上の収益を確保できるかもしれないが、消費者に浸透しているブランド名を捨て、再スタートするのは容易なことではない。

■「ブランド名」「味」消費者はどっちを選ぶ?

このような問題を抱える日本企業はヤマザキビスケットだけではない。赤いマフラーを巻いた「カバくん」のキャラクターでお馴染みの明治のうがい薬「イソジン」も16年3月にライセンス契約が終了。「イソジン」という商品名が使えなくなった。

うがい薬シェアの4割強を占め、「50年以上うがい文化を培ってきた」と自負する明治。このことを裏付けするように、30年以上うがい薬のキャラクターとして活躍してきた「カバくん」の認知度は、同社のネット調査によると90%以上。それでも前年並みの売り上げ目標を維持するために、「カバくん」を広告塔に例年の4倍ものプロモーション費をかける予定だ。

ヤマザキビスケットに朗報なのが、京都の食品メーカー・創味食品の中華調味料「創味シャンタンDX」の例である。この商品は同社が1961年に業務用として発売。81年には同社のOEM生産により、神戸の食品卸売業・廣記商行が家庭用を「味覇」として発売した。ところが2014年に両社が対立。創味食品は廣記商行へのOEM供給を停止し、自社で家庭用を「創味シャンタンDX」として売り出した。

つまり、廣記商行はブランド名「味覇」を名乗りながらも製造元を変え、創味食品は「創味シャンタンDX」と商品名を変えながらも、同じ味を維持した。この勝負、いまのところ「創味シャンタンDX」に軍配が上がっているという。消費者は「ブランド名」ではなく「同じ味」を選んだのだ。この流れが「リッツ」「オレオ」の商品名を名乗れないヤマザキビスケットにも起これば、“勝算あり”といってもいいだろう。

(フリーランスライター 桃山透=文)