仕事が遅い、空気が読めない、ケアレスミスで叱られる……。「他の人が難なくできることができないなんて、もしや自分は発達障害*ではないか?」と思い悩む大人は少なくないでしょう。しかし、実のところ、「ここからが発達障害」という線引きは難しく、実は、発達障害の特徴として挙げられる「注意不足」や「コミュニケーション障害」は、誰にでもある程度みられるものなのです。

「私、発達障害かも?」と思ったら、どうすればいいのでしょうか?  『発達障害の自分の育て方』(主婦の友社)の著者である岩本友規(いわもと・ゆうき)さんは、4回の転職を経験し、30歳を過ぎてから、ADHD(注意欠陥・多動性障害)とアスペルガー症候群の診断を下されたのだそう。自身の経験をもとに、現在は大人の発達障害があっても自分らしく生きる手助けをしている岩本さんに聞きました。

*脳機能障害の一種。注意欠陥多動性障害(ADHD)、自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)、広汎性発達障害、学習障害(LD)などの総称で、知的な遅れを伴う場合から知的な遅れがない人まで広い範囲を含む。発達のしかたに生まれつき凸凹がある障害で、一部の症状は服薬などで緩和する場合もある。

「仕事ができない」と自分を責め続けて

――発達障害と診断される前は、仕事をする上で、どんなことを感じていたのでしょうか?

岩本友規さん(以下、岩本):仕事上のミスがかなり多かったですね。決して怠けているわけではなく、むしろ気をつけているのに失敗してしまい、「何でこんなに自分はダメなんだろう」「他の人ができていることが、なぜ自分にはできないんだろう」という悔しさがありました。

発達障害の特性のひとつに「優先順位をつけるのが苦手」がありますが、僕も「とにかく全部こなさなきゃ」と、あっぷあっぷになっていました。また、家庭でもモノが散らかり放題で、妻から何度も「片付けて!」と叱られたり。

――アスペの人は「他人の気持ちがわからない」と言われますが、それはどういう感覚なのですか?

岩本:僕の場合、ロジカルな思考が強すぎて、他人の気持ちが直感的にわからないという感じですね。「Aという出来事が起きたらBの行動を取るべき」というふうに、自分が論理的に考えて正しいものは絶対正しい、と思い込んでいたんです。相手の「気持ち」は、論理とは別な次元にあるという発想そのものがないというか。

このパターンにどっぷり浸かると、ケースバイケースで自分の頭でモノを考えなくなっていきます。何しろ、そのほうがラクですから。そのプロセスを通じて、世間に植えつけられた「仕事はすべてこなすものだ」とか「親孝行はすべきだ」というような価値観に縛られ、生きづらさを感じていました。

子育てがきっかけで得た気づき

――それが現在は、“自分の育て方”と題した本を出されるほど、発達障害との付き合い方を身につけられた。きっかけは何だったのでしょう?

岩本:子育ての経験と発達心理学の勉強が大きかったですね。自分の子どもと関わることで相手の立場に立って考える訓練ができたんです。

たとえば、子どもと遊んでいるときに「◯◯ちゃんはこうしたいんだよね」というふうに声をかけてあげる。要するに、相手の気持ちが今どんなふうなのか、頭の中で追いかけてみたんです。

そうするうちに、他人には他人の、僕には僕の感じ方があって、「こうすべき」という自分の中の固定観念にとらわれる必要はないのだと気づけました。当たり前のことなのかもしれませんが、僕はそれまで相手の思いを想像しようとすらしなかった。気づく前と後では、視点がガラッと変わりましたね。

――具体的に、どう変わっていったのですか?

岩本:優先順位をつけるのがすごくラクになりました。「やらなくてもいいことってあるんだな」と。それまでは「仕事がさばけないのは、僕が仕事ができないせい」と自分に「ダメ人間」の烙印を押しがちだったのですが、「まず大事なことを押さえて、細かいことはできる範囲でやろう」と納得できるようになったんです。

もちろん、ビジネスなんだから社会の前提に合わせることは重要です。でも、自分への要求に対していつも自分だけで100%添わなければいけないというわけではない。そうやって自分の世界と周囲の世界を切り離した時、生きづらさが緩和されて、以前と比べると劇的に仕事ができるようになりました。

次のステップは「天職」探し

――なるほど。

岩本:少しでも生きづらさが改善されたら「天職」を探すといいのでは、と考えています。「天職」とは、一生をかけて情熱を燃やし続けていくようなライフワークです。そういう1本の軸があったほうが、息苦しい現代社会を生きていきやすいのではないでしょうか。

――よく、発達障害の診断で「あなたにおすすめの職業」として出てくる職業とは違うのでしょうか?

岩本:違いますね。あれは天職選びのときは参考にすべきでないと思います。「発達障害の人におすすめの職業」として提示されるのは研究者や記者、ライターなど、そもそも「あ、そうなんだ! じゃあ、この職業に就こう」と思い立ってなれるものではないですよね(笑)。

「天職」を探すにあたっても、やはり軸にすべきなのはどんなスキルや特性があるのかよりも、「自分がどうしたいのか」ということ。それを見つけるには、自分自身の頭の中にある理想と現実のギャップを体感し、「こうありたい」と強く願えるようなことを見つけるのが最初のステップになります。キーワードは“原体験”を増やすことです。

「志がない者は旅に出よ」

――原体験とは何でしょうか?  どのように増やすのでしょうか?

岩本:原体験とは、「これがやりたいんだ」「ここはもっとこうあるべきなんじゃないか?」と気づかせてくれる直接の体験のこと。手軽なところでは、社会人向けイベントや読書会がおすすめです。人の集まる場を訪れることで、価値観や世界観を広げていけます。また経験の幅を広げることで、理想と現実のギャップを目の当たりにし、「今やっていることは本当にやりたいことじゃない」「これこそやりたいことなんだ」と気づきやすくなります。昔の偉人たちもそのことを知っていたのか、吉田松陰は「志がない者は旅に出よ」という言葉を残しています。

イベントに行くと、普段の生活では出会えない方々に出会えるんです。会社を経営されていたり、ものすごく弾けていたり、好きなことだけをやっていたりという方がたくさんいる。そういう出会いは、非常に価値があると思います。自分の発想や、チャレンジ精神が刺激されますしね。ポジティブな方も多いので、その点でも気持ちが上向きになります。

――ひとりで悶々と悩むより、人の集まるところに出かけたほうがいいんですね。

岩本:「発達障害ではないか?」と悩んでいる方は、どうしていいかわからなくて八方塞がりになっている場合が多いので、僕がご紹介したことをひとつのマニュアルとして参考にしながら、進む道を選んでいただけるといいのかなと思います。そうすれば、この生きづらい社会でも、多少生きやすくなるのではないでしょうか。

(小泉ちはる)