「漢字」、一文字一文字には、先人たちのどんな想いが込められているのか。時空を超えて、その成り立ちを探るTOKYO FMの「感じて、漢字の世界」。「正しい」、「正論」「正義」の「正」です。今回は「正」に込められた物語を紹介します。



「正」という漢字は漢数字の「一」に「止める」と書きます。

古代文字を見ると、この「一」は四角い形をしていて、城壁で囲われた都市を表しているといわれます。

「止める」という字は足あとを描いた象形文字。

「行く」「進む」という動作を表します。

このふたつの文字をあわせた「正」という漢字は、城に向かって人が進む様子のこと。

攻めこんで支配し、そこで暮らす人々に重圧を加え、税の負担を強いる。

それがゆるぎない「正義」である。

「正」という漢字には、権力者が自らを正当化しようとする思惑が隠されているのです。

今からおよそ三千年前、中国の殷王朝で生まれた甲骨文字。

亀の甲羅や牛の骨に現れたひびの形は、国王と神とをつなぐ手段であり、国王の政策が神の意志と一致していることを表すとされていました。

それが民衆を苦しめるものであろうと、他の氏族を服従させることになろうと、すべては神のお墨付き。

政の舞台に立つ者は「正」という漢字を使い、自らの正当性を示します。

一方の民衆は、この漢字が示す威圧的な力を、どんな想いでうけとめたのか。

漢字をひもといてみることは、現代にも通ずる人間の欲望や業を探ることにもなるのです。

ではここで、もう一度「正」という字を感じてみてください。

反骨精神を貫き通した詩人、金子光晴。

彼が記した『人間の悲劇』という詩集に、こんな一節があります。

「正しい意見とされてゐるものを、吾人はよくよく警戒しなければならない。

正しい意見はその正しさにもたれる重力でゆがみ、決してくるはずではなかった方角へ外れがちなのだ」

心に確かなものさしをもって、正しさをはかること。

それと同時に、自分の「正しさ」に疑問を抱き続け、異なる「正しさ」の存在を認めること。

いのちの数だけ、正しさの数があるのです。

自分が正しいと声高に主張すれば、他の誰かの正しさを否定することにもなりかねません。

ゆがんだ重力で道を大きくはずすことが二度とないように、私の正しさとあなたの正しさ、どちらも活かせる道を探っていきたいものです。

漢字は、三千年以上前の人々からのメッセージ。

その想いを受けとって、感じてみたら……、

ほら、今日一日が違って見えるはず。

*参考文献

『常用字解 第二版』(白川静/著 平凡社)

『白川静 漢字の世界観』(松岡正剛/著 平凡社新書)

『人間の悲劇』(金子光晴/文 人と作品/粟津則雄 講談社文芸文庫)

6月4日の放送では「結」に込められた物語を紹介します。お楽しみに。

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<番組概要>

番組名:「感じて、漢字の世界」

放送エリア:TOKYO FMをはじめとする、JFN全国38局ネット

放送日時 :TOKYO FMは毎週土曜7:20〜7:30(JFN各局の放送時間は番組Webサイトでご確認ください)

パーソナリティ:山根基世

番組Webサイト:http://www.tfm.co.jp/kanji/