2月22日のナポリ戦でセリエA10試合連続のスタメン出場を果たした本田。守備の仕事をしっかり全うし、さらにクロスで同点弾を演出した。写真:Alberto LINGRIA

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 外国語を習得する時に必要なのは、1に勉強、2に勉強、3に勉強だ。そして、本当の意味でそれを自分のものにするには、現地に行って実体験を積み重ねていくしかない。
 
 2月22日のナポリ戦(セリエA26節)は、本田圭佑にとってまさにその集大成と言える試合だった。イタリアに来てからサイドでの守備を学び始めて2年、その努力の結果が見事に現われた試合だったからだ。
 
 イタリアに来た外国人選手は、口を揃えてこんなことを言うものだ。
 
セリエAはもう世界一素晴らしいリーグではないかもしれない。しかし、世界中のどこを探してもこれほど戦術にこだわるリーグはない」
 
 ほぼ80分間に渡って一方的に攻められながらも、ミランが1-1の引き分けでピッチを後にできたのは、明確な戦術の下で完璧な守備をしたからに他ならない。
 
「常にピッチとプレーの主役たれ」をモットーとするオーナーのシルビオ・ベルルスコーニにとっては、あるいはお気に召さない内容だったかもしれない。
 
 しかし今のミランは、世界を席巻した1980年代後半から1990年代初頭の“グランデ・ミラン”とは違う。当時のミランが“王者のチーム”であるとすれば、現在のミランはいわば“労働者のチーム”だ。スタイルなぞ気にしている余裕はなく、イタリア・サッカーのトップクラスに、そしてヨーロッパ・カップ戦に返り咲こうと必死でもがいている最中なのだ。
 
 だから、ナポリのようにゴンサロ・イグアインやマレク・ハムシクなどメガクラブでも十分に主力を張りうる実力者を擁するチームに蹴散らされても、決して不思議ではない。実際、昨年10月4日の7節には本拠地サン・シーロで0-4の大敗を喫している。
 
 しかし、この日のミランは、ミラネッロ(ミランのトレーニングセンター)で練習した通りのプレーメカニズム(ディフェンスの仕方やカウンターの仕掛けた方)を地道に遂行し、タレント力でもチーム力でも上回る相手から勝点1をもぎとったのだ。
 2014年1月、ミランに入団した当時の本田は、ほぼオフェンスに特化したプレーヤーだった。しかし、徐々にオールマイティーな選手に変身を遂げていった。本田はカルチョで攻撃だけでなく、守備のイロハを学んだのだ。
 
 もし本田がディフェンス技術を身に付けていなければ、ナポリ戦では血の雨が降ったことだろう。首位に返り咲こうと意気込むナポリの攻撃は、文字通り半端ないものだった。しかし、本田をはじめとするミランの選手たちの「絶対に負けない」という強い想いが、この引き分けをもたらした。
 
 正直、ここ数試合に比べれば本田は、確実に苦労していた。ナポリは高い位置からのプレスと素早いパスワークに長けたハイクオリティーなチームだ。対して本田はスピードもフィジカルも傑出したものを持っていない。それでも、これまでの経験と自己犠牲の精神で、この窮地で見事に戦い抜いた。
 
 足に当たったボールが相手に渡ってしまい、ナポリの先制ゴールに手を貸してしまったが、同点弾に繋がるクロスを供給してそれを帳消しする。本田のクロスは敵CBカリドゥ・クリバリに頭でクリアされたが、これを後方から走り込んだジャコモ・ボナベントゥーラがダイレクトで叩き込んだのだ。
 
 本田が右サイドでボール持ち、顔を上げてから一瞬のうちに味方の位置を把握し、左足から正確無比のクロスを上げる――。いまやミランでは定番となった攻撃パターンだ。
 
 本田はこの形で1月9日のローマ戦ではユライ・クツカ、1月31日のではアレックス、2月14日のではカルロス・バッカ、そしてナポリ戦ではボナベントゥーラの得点を演出。まるで“デジャブ”のようなゴールシーンだ。
 
 監督のシニシャ・ミハイロビッチが本田をスタメン出場させたのは、このナポリ戦で10試合連続(セリエA。コッパ・イタリアを含めれば12試合連続)。よほどのことが起こらない限り、本田はこのままレギュラーとして起用されるだろう。その理由は、これまでも繰り返してきた通りだ。右サイドハーフには強力なライバルが不在で、何より本田の好調が続いているからだ。
 シーズンも残り12試合となった今、ミランが目標の3位(チャンピオンズ・リーグ出場圏内)に辿り着けるのか否か、予測するのは難しい。26節を終えて6位のミランは、3位フィオレンティーナと勝点8差。覆すのが不可能ではないが、簡単ではない数字だ。
 
 しかし、ひとつだけ確かなことがある。コンパクトなシステムを見出し、選手個々の特徴を活かせている現在のミランは、より強固でバランスの良いチームになっている。その大きな助けとなっているのが、本田とボナベントゥーラだ。両サイドで彼らは、常に足を止めず攻守に絡むという負荷の大きな仕事、いわゆる“汚れ仕事”を忠実に実践している。
 
 本田のクロスからボナベントゥーラのゴールというナポリ戦のシーンは、システムを4-3-3から4-4-2に変更した時に、ミハイロビッチがまさに思い描いていた形だった。
 
 いまミランより上位にいるローマ、フィオレンティーナ、インテル、ナポリとの年明け以降の試合でミランは、実に勝点8(2勝2分け)を稼ぎ出している。昨年末の時点で彼らがここまで復活すると、誰が想像できただろうか。
 
 シーズン前半と後半のミランの違いをより明確に知るために、それぞれの最初の7試合(1〜7節、19〜26節)のデータを比較してみよう。勝点は前半が9で、後半が16、ゴール数は前半が8で、後半が13、失点は前半が13、後半で5、そして1試合平均勝点は前半が1.28、後半が2.28。つまり前半と比べて後半のミランは、約2倍の速度で進んでいるのだ。
 
 状況が劇的に変われば、すぐにでも結果に反映されてくるのが、サッカーの面白い点でもある。そしてその劇的な変化はミランだけでなく、本田に関しても言える。
 
 ミランがチャンピオンズ・リーグを目指すのであれば、このまま絶対に歩みを緩めてはいけない。しかし、本田に関しては心配無用だろう。ピッチ内外で良い関係を築いているイニャツィオ・アバーテが、それを保証している。
 
「ケイスケは本当によく走る。タッチライン際の上下動を何百回も繰り返しながら、決して疲れることがない」
 
 下から上を追い上げるチームには、まさにこうした“不屈の男”が不可欠なのだ。
 
文:マルコ・パソット(ガゼッタ・デッロ・スポルト紙)
翻訳:利根川晶子
 
【著者プロフィール】
Marco PASOTTO(マルコ・パソット)/1972年2月20日、トリノ生まれ。95年から『ガゼッタ・デッロ・スポルト』紙で執筆活動を始める。2002年から8年間ウディネーゼを追い、10年より番記者としてミランに密着。ミランとともにある人生を送っている。