美術史最大の謎ボッティチェリ「プリマヴェラ」を解く鍵は、一枚のタロットカード

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東京都美術館で「ボッティチェリ展」開催中である。
ボッティチェリといえば有名な「プリマヴェラ(春の寓意)」、美術史上最も難解な謎に満ちた作品として知られている。
その謎に、大胆な解釈を投げかける一冊が登場した。
『ボッティチェリ《プリマヴェラ》の謎』(クリストフ・ポンセ著 ヒロ・ヒライ監修 豊岡愛美訳 勁草書房)
副題が「ルネサンスの芸術と知とコスモス、そしてタロット」である。


「プリマヴェラ」の秘密の鍵をにぎるのは、一枚のタロットカードである、と著者は主張するのだ。
これは読まねば!
じつは私、『思考ツールとしてのタロット』という著作もあるタロット使いなのである。

136ページ、フルカラーの本書は、マルセイユ版タロットの「恋人」に描かれた図像の分析からスタートする。
画面中央に青年が立っていて、両側に女性が2人。その上空に矢を構えた愛の神アモール(キューピッド)がいる。

「恋人」のカードに描かれた人物はどういった人物なのか?
モデルとなった図像は何なのか?
それはどういった思想から導かれたのか?
そして、ボッティチェリの他の絵との類似は?
さらには「プリマヴェラ」の謎へとつながっていく。

図像を反転し、色を抜き、並べ、比較し、細部に言及があるときは拡大した絵が配置される。
テキストだけではなく、しっかりと図と絵で示されるのだ。

たとえば、「プリマヴェラ」に登場する女神フローラのモデルが誰なのかを探るシークエンス。
詩人アンジェロ・ポリツィアーノの『馬上槍試合のためのスタンツェ』に登場するシモネッタの描写と、女神フローラの絵が驚くべき一致を見せるという美術史家A・ヴァールブルクの説を紹介するのだが、2ページにわたって、絵のパーツと詩を比較する。
“けがれのない白、それは彼女、その服さえ清らかな白だが、
ただバラはもちろん花々と緑の草が描かれ”
といった詩の一節の下に、それに対応する絵の部分を載せる。
次の詩の一節と、またさらに対応する絵。それが5回繰り返される。
この説得力と、読みやすさ。

展開される大胆な推理が、視覚的に頭に入ってくる。
読むというよりも、視覚的に体験するような読み心地だ。

次々と展開する照応関係に、翻弄され、時には「いやいや、それはちょっと強引すぎない?」と疑い、時にはあまりの大胆さに驚く。
鑑賞者を絵の中に取り込み構図を再構成し、タロットの絵と比較する。

『ダ・ヴィンチ・コード』で展開された驚天動地の美術と思想の驚くべき関係妄想的なトリップ感を味わえる。しかも、こちらは、追いかけて逃げて追いかけて逃げてのダレる展開はナシだ。
「プリマヴェラ」からスタートした知のコスモスを体験し終えて観る「プリマヴェラ」は、それ以前に観た絵とまったく違う意味を持つようになるだろう。

正直に言うと、読み終わって、すべての解説に納得しているわけではない。
まだまだ抜け落ちたピースがあるように感じるのだ。
だが、先日来日した著者は、こう語った。
マルセイユ・タロットの大アルカナ22枚が、フィチーノの哲学とどう照応するか、2冊めの本を書きたいと思っている、と。
ピースが埋まるときを楽しみに待とう。(米光一成)