2003年の大晦日、民放3局がそれぞれ格闘技イベントを中継していたことをご記憶だろうか?
格闘技ファン以外の方は大半が記憶にないと思う。でも、この試合は覚えている方が多いはず。そう、曙とボブ・サップが『K-1』ルールで対戦した世紀の一戦だ。


相撲人気の立役者の元・横綱と格闘技界の枠を超えた人気者の試合はTBS系『K-1プレミアム2003人類史上最強王決定戦Dynamaite!!』枠で放送され、最高視聴率43%を記録。民放としては史上初めてNHKの紅白歌合戦を瞬間最高視聴率で上回ったのだ。これは、NHKの会長が「視聴率そのものが信じられない」と言い訳するほどの快挙であった。
その「紅白に勝った二人」の再戦が今年の大晦日に決定した。フジテレビ系列での放送も決まっている。
そこでこの機会に、12年前の二人の置かれた状況をあらためて振り返りたい。
今年の大晦日の観戦がより楽しくなれば幸いだ。

横綱からK-1ファイターへ、見た目も大きく変身した曙


入門からわずか5年で外国人初の横綱になった曙は、横綱在位48場所、幕内優勝11回を記録した大横綱。横綱になってからは膝や腰のケガに苦しんだが、2000年7月場所で3年2ヶ月ぶりに優勝、さらに同年11月場所での優勝を引退の花道としている。

2003年11月5日、日本相撲協会に辞表を提出。翌6日に受理されK-1ファイターへと転身した。北尾光司以来の元・横綱の格闘技参戦にマスコミは飛びつき、記者会見には300名近い報道陣が殺到、夜のニュースでも生中継されるなど一躍時の人となった。

石井和義前館長の脱税事件や、日本人選手中心の大会『K-1 JAPAN』の停滞と、不信が続いていた『K-1』にとっても曙の参戦は起死回生の一手。連日の会見で話題を振りまいた。
6日の参戦発表記者会見では、ガチガチに緊張していたスーツ姿の曙だったが、16日の記者会見では茶髪&ダイヤのピアスというやんちゃな姿にまさかの変身。

「これは決して相撲を辞めたからやってるわけじゃない。決意の表れだと思ってください」
……どんな決意か正直よく分からないが、品行方正な横綱時代のイメージを一新、ボクシングの特訓に励むこととなる。
「相撲とK-1の違いはあまり感じない」
「パンチとつっぱりの基本は一緒。手の角度が違うだけで、出し方は同じ」
パワーと長いリーチを生かした突っ張りが主体のスタイルだっただけに、頼もしい発言が続く。
ただ、K-1イベントプロデューサーは公開練習後の会見で「横綱はホントに真面目に取り組んでますよ。一日も遅刻したことがないですから」とのんきな発言。

遅刻ゼロ以外に褒めるべきポイントがないことに不安がよぎる。さらに、引退から3年間のブランクを経てわずか1ヶ月程度の練習期間。203cm、210kgの体格はサップを上回るが、その体型は明らかに運動不足。おまけに引退の引き金となった両膝の故障もある……。
あらためて振り返ると、この時点でサップに対抗できるのは圧倒的な知名度のみだったかも知れない。

格闘技界のみならず芸能界でも大人気のボブ・サップ


一方ボブ・サップは、ワシントン大学時代はアメフト部のキャプテンを務め、大学一を争うローズボウルなどでも活躍。社会学を専攻していたが、通常より1年早いスケジュールで単位を取得し、残りの1年で薬学を学ぶ(ワシントン大は理研分野の研究でも有名)など、まさに文武両道だった。卒業後はNFL(プロアメリカンフットボール)のシカゴ・ベアーズ、ミネソタ・バイキングス等に所属している。

NFLはアメリカの四大メジャースポーツ(NBA、MLB、NHL、NFL)の中でも一番人気を誇る。その選手であることは、体格、運動能力ともに超一流のアスリートの証明なのだ。

ケガにより2000年に現役を引退すると、プロレスラーに転身。その後、『K-1』にスカウトされ、格闘家として2002年に日本初上陸を果たす。2m、170kgというビルドアップされたマッチョ体型、100mを10秒台で走る脚力。圧倒的なフィジカルに物を言わせて『PRIDE』では日本人選手を連破、『K-1』では「スリータイムス・チャンピオン」アーネスト・ホーストを2度に渡り撃破と、日本のマット界を席巻した。セオリーを無視……というかセオリーを知らないままでの快進撃であった。

コワモテのイメージの裏にあるユーモラスなキャラクターとのギャップも受け、芸能界でも一躍人気者に。バラエティ番組にも登場しまくり、CDシングルまで発売している。

しかし、2003年3月にミルコ・クロコップの左ストレートを右目に喰らい、右眼窩壁を骨折、初のKO負けを喫する。痛みによる心を折られての敗北だった。
これ以降、精神的な弱さがサップのファイトから露呈するようになるが、この時点ではまだ勢いで押し切る上り調子にあった。

魔裟斗の予想と気になる試合結果は……


『K-1 WORLD MAX 2003』で優勝するなど、日本人選手の頂点にいた魔裟斗は、この二人の試合をこう予想していた。

「(勝つのは)サップじゃないですかね。(曙は)パンチをもらったことがないと思うんで、パンチが見えないと思う。……まぁ、お互い見えてないとは思うんですけど(笑)、見えない状態でパンチをもらうと効きますから。1分以内に終わるんじゃないですか」

さすが、『K-1』の第一人者ならではの鋭い見立て。
ご存知の通り、1ラウンド2分58秒、右ストレートによりサップが曙にKO勝ちを収めている。鈍重な曙の動きはサップの精神的な弱さを引き出すに至らず。完敗である。
魔裟斗の予想に反して1ラウンド終了直前まで粘った曙はそれでも善戦した方だったのだろうか?

長渕剛に勝った曙!?


解説席には曙のかつてのライバル貴乃花、ゲストにヒクソン・グレイシー、国歌吹奏はスティービー・ワンダーと、超豪華なメンツが花を添えたこの大会の中継は平均視聴率19.5%を獲得。最高視聴率の43%は、曙が前のめりにダウンした瞬間であった。

ちなみに、この瞬間の『紅白』の出演者は長渕剛。曙はサップに負けたが、長渕には勝ったと言えるかも知れない!?
さらに、フジテレビ系『PRIDE大晦日スペシャル男祭り2003』も平均視聴率12.7%、最高視聴率28%を記録。この番組は3部構成であり、第2部(19時20分〜21時20分)の平均視聴率17.2%はなにげに好記録。当時の格闘技人気の絶好調ぶりが伺える。

日本テレビ系『猪木ボンバイエ2003馬鹿になれ夢を持て!』は平均視聴率5.2%、最高視聴率13%と苦しんだが、大晦日に民放3局で格闘技が放送されただけでも異常事態。
2004年、2005年の大晦日もTBSとフジテレビの2局は格闘技を放送している。それほどに格闘技人気が一般層にまで浸透していた時代だったのだ。

現在の曙とサップはどうなっている?


その後、『K-1』や総合格闘技の世界で辛酸を舐め続けた曙はプロレスラーに転身し、キャラクターを模索しながらも数々のタイトルを奪取。コツコツと実績を積み重ね、この12月には自らが社長を務める新会社『王道』を設立した。今や完全にプロレスラーとなった曙、愛するプロレス界を盛り上げるために奮闘中だ。

片やサップは度重なる契約上のトラブルから、試合直前のキャンセルや無気力試合を繰り返した挙句、『K-1』では2005年以降8連敗、総合格闘技では2011年以降11連敗という不名誉な記録を達成。そのまま2013年を最後に格闘技界からフェードアウトし、芸能活動を再開している。

曙は今回の再戦に当たって、こう意気込みを語っている。
「大晦日に出て、そのファイトマネーで少しでもこの会社(王道)がやり繰り出来るようにしたい。やりたい闘いとやらなきゃいけない闘い、二つあると思うんですよね。今回はやらなきゃいけない闘いなんです!」
対するサップは昨年放送された『櫻井有吉アブナイ夜会』でこう語っている。
「勝っても負けてもファイトマネーはもらえる。だから負けてもいいんだよ」
しかも、芸能活動も盛んだった上、そのネームバリューを活かして世界各地でファイトをして来たサップの資産額は10億円を超えるそうなのだ。はっきり言って、試合で体を痛めつける必要性はないのである……。

あなたは今年の大晦日、どちらを応援しますか?
私は、12年前はサップを応援していた。曙の挑戦が格闘技を舐めているとしか思えなかったからだ。
今回は……曙のリベンジ、期待しています!
(バーグマン田形)