『ヘンな論文』サンキュータツオ/KADOKAWA

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「論文」や「研究」と聞くと、なにやら堅苦しくて難しそう……というイメージが強い。私は今まで論文というものを書いたことがないのだけど、きっと論文というものは小難しい言葉やデータが並んでいて、研究テーマも自分とは遠くかけ離れたものが取り扱われているのだろう……という印象しかなかった。

しかし、世の中にある膨大な数の論文の中には、「えっ!? この研究にこんなに時間を費やして、一体なにになるのだろう?」と思わず疑問を感じずにはいられない研究が存在しているらしい。

今回、そういった珍論文を13本も収録した『ヘンな論文』が話題を呼んでいる。

芸人で一橋大学非常勤講師の著者・サンキュータツオとは?


著者は、オフィス北野に所属するお笑いコンビ「米粒写経」のサンキュータツオさん。芸人として活躍する一方で、一橋大学非常勤講師も務めている。また、著者は「早稲田大学第一文学部卒業後、早稲田大学大学院文学研究科日本語日本文化専攻博士後期課程修了。文学修士」という経歴もあり、もともとは自身で論文を書く中で、他のジャンルの論文を読んでみたところ、「こんなことに人生の貴重な時間を割いている人がいるのか!」ということを知ったのが、ヘンな論文を集めるきっかけになったそう。

サンキュータツオさんにお伺いしたところ、ヘンな論文コレクションは「180センチ幅の本棚一段が論文で埋まっている」ほどの数だそうで、本書に収録されたのは、理系・文系、研究領域・研究手法が異なるもの、資料主義・データ主義の内容など、「山の登り方にもいろいろある」ということがわかるような論文を選んだとのこと。

ヘンな論文 気になる中身は


気になるヘンな論文は、目次を見ているだけでもとても興味深い。

・一本目 「世間話」の研究
・二本目 公園の斜面に座る「カップルの観察」
・三本目 「浮気男」の頭の中
・四本目 「あくび」はなぜうつる?
・五本目 「コーヒーカップ」の音の科学
・六本目 女子高生と「男子の目」
・七本目 「猫の癒し」効果
・八本目 「なぞかけ」の法則
・九本目 「元近鉄ファン」の生態を探れ
・十本目 現役「床山」アンケート
・十一本目 「しりとり」はどこまで続く?
・十二本目 「おっぱいの揺れ」とブラのずれ
・十三本目 「湯たんぽ」異聞

このように、身近なものが研究テーマになっている論文が多く、私が個人的に気になったのは、「二本目 公園の斜面に座る『カップルの観察』」で、実際の論文タイトルは「傾斜面に着座するカップルに求められる他者との距離」となっている。

これは、論文を書いた小林茂雄先生が「個人のパーソナルスペースに関しては研究が進んだが、カップルのパーソナルスペースについてはまだ研究がされていない」という観点から、カップルは他者とどれくらいの距離を保てれば密着できるのか? を研究したものである。

この研究の面白いところは、カップルを観察する研究員たちも男女一組で「カップルの振り」をして遠くからカップルを双眼鏡で観察しているところ。しかも、ちゃんとしたデータを取るため、実際の調査をする前に、「場所の適正さ」「人が来るのかどうか」「どれくらいの人数がいるのか」などの事前調査もしており、研究員たちは何日間にもわたって「カップルの振り」をしながら調査をしたのである。

その状況下で実際のカップルの「密着度」を一日何時間も観察するって、どういう心境なのだろう。この行間がたまらない。実際に、どれくらい他者と離れていればカップルは密着できるのかは、本書を読んで確認していただきたい。

海外から湯たんぽをもってきた?


なお、十三本目として収録されている「『湯たんぽ』異聞」では、共立女子大学の伊藤紀之先生による「湯たんぽの形成成立とその変化に関する考察 1」という論文が紹介されている。

湯たんぽといえば、冬場にお湯を入れて布団の中に入れるなどして暖をとるための道具だが、論文のタイトルからもわかるように、湯たんぽは長い歴史の中で、実にさまざまな形を遂げているのである。
骨董品屋で「口の小さな花瓶」と思われていた陶器が実は湯たんぽであったり、見た目はワンちゃんの形をしていて、耳の部分からお湯が入れられるよう、そこが着脱できるネジ込み式になっている湯たんぽも江戸時代には存在している。

しかも、当時の日本にはネジという文化がなかったことから、伊藤先生は「これは海外からの舶載品」と推測するのである。湯たんぽって日本だけのものじゃなかったんだ! という驚きの結果がそこにあった(それにしても、このワンちゃん湯たんぽカワイイ!)。

著者によると、このように「わからないことに対して切り込んでいくのが学者」とのこと。

「よく分からないことに対してアプローチしていくということは、面白いことなんだっていうのは知ってもらいたいなと思いますね。これは生涯かけて訴え続けることかなと思っています」(サンキュータツオさん)

伊藤先生は、湯たんぽの研究に費やした教員生活最後の10年間は大変充実していたという。自分の身近なものでも、実はわからない、知らないことのほうが多いだろう。「ヘンな論文」とは、先生たちの「わからないことを知りたい」という情熱がつまった素晴らしい論文なのである。
その論文を書いた先生の情熱に思いをはせ、わからないものがあるからこそ知る面白さがあるということを、本書で知っていただければ幸いだ。
(平野芙美/boox)