プロ2年目にしてチームの守護神を務める楽天・松井裕樹が好調だ。開幕2戦目の3月28日、日本ハム戦で4−2とリードした9回に登板すると、2つの三振を奪うなど三者凡退に打ち取り、プロ初セーブをマーク。チームの今シーズン初勝利に貢献した。

 ここまで(4月23日現在)8試合に登板し8回1/3を投げ、許したヒットはわずか2本。奪三振11、防御率0.00という圧倒的な数字を残し、存在感を見せつけている。

 今季の好調ぶりは沖縄・久米島での春季キャンプ中から表れていた。第1クールの2月4日のブルペンでのことだった。ドラフト1位ルーキー・安樂智大に視線が集中する隣でピッチングを行なっていた松井は、安樂が投げるたびに切られるシャッターの音をかき消すかのように、強烈な捕球音をブルペン内に響かせていた。

 この日投じたのは62球。その最後の1球は、低めに構えたミットを突き上げるような見事なストレートだった。そして松井は誰に聞かせるでもなく、こうつぶやいた。

「カンペキ」

 手応えを感じていたのは、松井だけではない。大久保博元新監督も松井のボールにほれ込んだひとりだ。そして指揮官は「勝つには必要な投手になってきている。毎日いてもらわないと困る」と、リリーフ転向の決断を下した。さらに、今季抑えを務めるはずだったキャム・ミコライオが椎間板ヘルニアで全治3カ月の診断を受けると、大久保監督は迷うことなく、松井を"クローザー"に指名した。

 これまで経験したことのない"クローザー"の大役。それでも松井はまだ8試合だけの登板とはいえ、見事にその役目を果たしている。

 ルーキーイヤーの昨季は、オープン戦で4試合に登板し防御率1.13と好成績を残して開幕ローテーション入りを果たしたが、制球が安定せず、登板のたびに自滅を繰り返した。星野仙一前監督から最後通告を受けて登板した4月23日の西武戦でも5回を5安打、8四死球、5失点と炎上し、二軍行きを告げられた。

 当時、二軍監督として松井を見ていた大久保博元監督は、その時の様子を「自信をなくしていて、クシャクシャになっていた」と振り返る。いきなりぶち当たったプロの壁。躍動感を失い、持ち前の腕の振りの良さもなりを潜めた。松井は言う。

「去年は初めてプロ野球の世界に入って、慣れないことがたくさんありました。高校の時はナイターの試合はないですし、寝るタイミングが全然違う。それと、キャンプの時から周りの目が気になって仕方ありませんでした。常に誰かに見られている感じがして、『もう放っておいてくれ』とか思ったりして......。でも今年に関しては、去年の経験が生きているというか、生活のリズムもちゃんとつかめていますし、周りの目も気にしなくなりました」

 特に今年のキャンプでは、安樂に注目が集まったことも、リラックスできた要因のひとつだったと言う。

 それだけではない。技術面での成長も著しく、高村祐ピッチングコーチは「昨年から取り組んできたフォームの安定」を躍進の要因に挙げる。

「ようやくフォームが安定して、ストライクゾーンの中で勝負できるようになりました。今はいつでもストライクが取れるという自信があるんじゃないかな」

 4セーブ目を挙げた4月14日の西武戦は、2−1とはじめて1点差での登板となった。先頭打者の渡辺直人には3球連続でボールとなったが、そこから持ち直してサードゴロに打ち取ると、最後の打者となった炭谷銀仁朗には3ボール2ストライクとフルカウントまで粘られたが、ピッチャーゴロに仕留め三者凡退。

 松井は「去年は3ボールまでいったらフォアボールになるんじゃないかって不安な気持ちがありましたが、今年は違います。粘れている」と手応えを口にした。

 そしてこの成長を陰でバックアップしたのが、チームの大先輩たちだ。オフに則本昂大と辛島航、そしてヤンキースの田中将大と沖縄で合同自主トレを行なった。約2週間のトレーニングで松井が取り組んだのは「フォームの中で立つ時間を作ること」だった。松井が説明する。

「田中さんと星洋介トレーナーにアドバイスをもらって、今は去年と違って反動をつけずに投げられるようになりました。反動をつけて投げると勢いがあるよう見えるのですが、その反面、軸がぶれてしまうんです。そうなると制球は定まらない。でも今は、軸もしっかりしてきたし、フォームの中でタメができるようになりました。これが安定感につながっているのだと思います」

 長年、田中のトレーニング指導を行なってきた星トレーナーは、松井について次のように語る。

「彼は軸足(左足)の股関節、特に前側の筋肉が硬いという欠点がありました。そこが硬いと、上げた足を踏み出すときに早く接地してしまうんです。いわゆる『下半身に粘りがない』という状態です。そうなると、ヒジが十分に上がりきらないうちに腕を振ることになってしまい、リリースポイントも早くなってしまう。だから、制球は定まらないし、彼の特長である角度のある真っすぐが投げられなくなっていたんです」

 ルーキーイヤーにプロの厳しさを知り、欠点を克服したことが「2年目の躍進」につながった。はたして、「カンペキ」なピッチングはどこまで続くのだろうか。

穂積健太郎●文 text by Hozumi Kentaro