動物は外部から有機物を取り込まなければ生きていけない。植物は光のエネルギーを使って水と二酸化炭素から有機物を作ることができるので、水さえあればとりあえず生きていけるが、動物は水だけではいずれ餓死はまぬがれない。

全くエサを取らない動物もまれにいるが、これらの動物たちはエサを食べるという方法ではなく、別の特殊なやり方で有機物を取り入れている。たとえば深海の底にある熱水噴出口の周辺には、チューブワームやシロウリガイといった、エサを食べなくとも生きていける動物が生息している。これらの動物たちは体内に硫黄酸化細菌と呼ばれる化学合成細菌を飼っていて、細菌が作る有機物をピンハネして生きているのだ。熱水噴出口からは硫化水素を含む高温の水が噴き出ており、硫黄酸化細菌は硫化水素を酸化してエネルギーを取り出し、このエネルギーを使って有機物を合成している。

人間の消化管にも100兆を超える細菌が生息しているが、残念ながら化学合成細菌はおらず、すべての細菌は人間が食べる物のおこぼれにあずかって生きている。だから、我々の食物は我々自身のみならず、これらの細菌の食物でもあるのだ。

人間は深海ではなく地上に住んでいるわけだから、化学合成細菌でなく光合成細菌を皮膚の表面に取り込めば、体に水をかけて日なたぼっこしているだけで生きていけるはずだ。と考えていたら、実にそういう動物がいるのだ。

人間のような多細胞生物ではなく単細胞のゾウリムシだけれどもね。体の中にクロレラを取り込んで、クロレラが光合成で作った有機物の一部をもらっているらしい。名づけてミドリゾウリムシ。共生しているクロレラもミドリゾウリムシも独立しても生きていけるようだけれど、一緒に住んでいたほうが生きやすいようだ。ミドリゾウリムシは安易に食物をもらえるし、クロレラはゾウリムシより小さな奴には食われないだろうしね。

化学合成細菌とも光合成細菌とも共生していない普通の動物は、しかし、食物を食べなければ生きていけない。食物を探すのは大変で、小さな哺乳類は、生きるために食べているのか、食べるために生きているのかわからないくらいで、ヒミズ(体長10センチ前後の小さなモグラの一種)などは絶食して半日で餓死してしまうほどだ。

しかし広い生物界にはヘンな奴もいて、ダイオウグソクムシ(大王具足虫)は4年以上絶食しても死なないらしい。「絶食しているのは07年9月に入館した『No.1』(個体名、体長29センチ)。 09年1月にアジ1匹(約50グラム)を食べて以来、何も口にしていない」(2013年1月5日、毎日新聞)という。いったいどうなっているのだろうね。もしかしたらチューブワームみたいに、共生細菌に有機物を作らせているのかもね。

ところで人間はどのくらい絶食に耐えられるのだろう。スウェーデンで雪に埋もれた車中から2カ月ぶりに救出された人がいるという。代謝を落としクマの冬眠のような状態になれば、数カ月は絶食に耐えられるのだろうか。しかし、変温動物のダイオウグソクムシと違って恒温動物の人間が数年も生き延びるのはさすがに不可能だと思う。

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池田清彦
生物学者。1947年生まれ。早稲田大学国際教養学部教授。生物学の観点から、社会や環境など幅広い評論活動を行う。著書に『ほんとうの復興』(養老孟司氏との共著)、『生物多様性を考える』『アホの極み 3.11後、どうする日本!?』などがある。昆虫採集が趣味。

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(池田清彦)