野村ホールディングス グループCEO 永井浩二氏

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これからビジネスマンはどう変わるべきか。「プレジデント」(2018年4月30日号)では、特集「いる社員、いらない社員」で、大企業のトップ29人に「人材論」を聞いた。今回は、野村ホールディングスの永井浩二グループCEOのインタビューをお届けしよう――。

■店舗は不要になる可能性もある

──AIをはじめとした技術革新によって、証券業界は今後、どのように変わるとお考えですか。

我々のビジネスではおそらく2つのことが起こると思っています。ひとつは、業務の効率化。現在マンパワーで行っている業務でAIでもできるようなことは、どんどん置き換わっていくでしょう。それにより、人間が調べれば半日や一日かかることが、AIを使えば数分でできてしまう、というような効率化が起きます。

もうひとつは、我々のビジネスモデルそのものが根底から変わるかもしれない、ということです。大きな変化はこれまでにもありました。個人の株式売買は、20年ほど前までは証券会社に電話をして売買の注文をしていましたが、今ではネット上での売買が当たり前になっています。それ以上の大きな変化が、テクノロジーの進化によって今後も起こるはずです。

たとえば、AIスピーカーが国内でも普及し始めましたが、この先もっと進化すれば、お客様がAIスピーカーを使って相談や売買ができるようになり、店舗は不要になる可能性もあるかもしれません。

──そうした変化を踏まえると、フィンテックなどの進化によって証券業界の社員はどのような影響を受けるでしょうか。

単に専門知識を集積したバックオフィスの仕事や今まで手作業で対応していたコーポレートの業務はAIに置き換わる可能性が高い。アナリストが行っている単純な決算資料を分析してレポートを書くような業務なども、AIのほうが優れているかもしれません。

逆に、シンギュラリティ(※)が起きたとしても、最後までなくならないのは営業やコンサルティング業務です。

お客様のことをよく考え、心のこもった「ヒューマンタッチ」なコンサルティングはAIでは難しい。また、謝ることや責任をとることも人間にしかできません。たとえば、何かトラブルが起きたときに、「AIが判断したことだから」とAIの責任にして、別の新しいAIに入れ替えたとしても、お客様は許してくれないでしょう。

※人工知能の性能が人類の知性を超える時点

──では、AI時代に生き残れるのは、どのような社員でしょうか。

単に知識があるとか、分析ができるといったスキルがあるだけでは、AIに取って代わられてしまうでしょう。なぜなら、知識や分析だけならAIのほうが的確ですから。今後価値が高まるのは、それらのスキルをベースにして、顧客に対してコンサルティングができる人です。知識や分析を基に「こうすべきだ」と自分の意見をきちんと表明できる人、責任を伴った判断ができる人は生き残れると思います。たとえAIが正しいとして出した情報であっても、それを最終的に判断するのは人間ですから。

■座学で教えるより、現場での失敗が大切

──責任を伴った判断ができる人材は、どうすれば育成できますか。

昔、人の育て方を“昆布漁”にたとえた次のような話をよく社内で耳にしました。

昆布漁に新人が入ると、いきなり船に乗せて、昆布がある沖まで連れていきます。沖に着くと、海の中に突き落とし、海の中でもがいている様子を見ていて、そろそろ限界かな、と思ったら引き揚げる。すると、泳げない新人ほど暴れるので、昆布が巻き付いてきます。これを何回も繰り返しているうちに、やられるほうはたまったものではありませんから、苦しまずに昆布が採れる自分なりの方法を見つけ出します。

一方、このようなやり方は乱暴すぎるということで、最初に座学で、昆布の群生している場所や、潮の流れ、採り方などを教え、次に温水プールで泳ぎ方を教えるなど、十分な準備をしたうえで現場に送り出すやり方もあります。しかし、実際にやってみると、プールと違って海水は冷たくて波もあり、教えられた通りにはなかなか採れません。いったいどちらがいいのか、というたとえ話です。

■現場で育てるという育成のやり方

何の知識も持たないままやらされるのはつらいですが、生き延びるための知恵はつきます。事前にいくら知識をつけても、結局は現場でもがきながら判断力を身につけていくしかありません。

また、どんなに一生懸命勉強して頭の中に詰め込んでも、すぐに忘れてしまうものです。しかし、実際にビジネスの現場で、知らなかったことによって恥をかいたり失敗したりすると、同じことを繰り返さなくなるように、そのときの経験を自分の中に叩き込むので、一生忘れなくなります。こうした現場での積み重ねが、判断力を磨いていくのではないかと思います。私自身も、日々失敗や恥を積み重ねて今に至っています。

入社以来、多様なタイプの上司に接してきたことも、判断力を磨くことに役立っています。聖人君子はいませんから、どんな人にもいいところもあれば駄目なところもあります。ですから、上司の行動を常に観察し、いいところは真似をして、駄目なところは反面教師にすることで、上の役職に就いたときにどう振る舞えばよいか、事前に心構えができました。

現場で育てるという育成のやり方は、AI時代になっても変わらないでしょう。知識だけではなく、現場で生まれたさまざまな知恵を集積することによってしか、顧客の立場に立ったコンサルティングはできないからです。

──営業やコンサルティング以外の職種の人は、どうすればよいでしょうか。

シンギュラリティが起きて、仕事がなくなってしまうのではないかと心配している人が多いようですが、その必要はないと思います。なぜなら、これまでにもOA化などで効率化された仕事はたくさんあったからです。それによって起こるのは、仕事がなくなるのではなく、働く場所が変わるということです。

当社でも、かつてOA化によってバックオフィスの仕事が減ったときには、多くの人が営業などのフロント業務に回りました。そういう仕事の変化に対応していけるかどうかが重要です。ダーウィンの進化論が示すように、生き残れるのは強いものや大きなものではなく、変化に対応できたものです。常に自分を変化させ、成長させていく気持ちがあるかどうか。「もうこれでいい」と思ったら、そこで終わりです。これからの時代、新しいことに挑戦する気概が、ますます大切になると思います。

▼QUESTION
1 生年月日、出生地
1959年1月25日、東京都
2 出身高校、出身大学学部
中央大学杉並高等学校、中央大学法学部
3 座右の銘
天網恢恢疎にして漏らさず
4 最近読んだ本
『キレる女 懲りない男』黒川伊保子
5 尊敬する人

6 私の健康法
犬との散歩

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永井浩二(ながい・こうじ)
野村ホールディングス グループCEO
1981年、野村證券入社。事業法人一部長、京都支店長、副社長などを経て、2012年4月社長に就任。同年8月より野村ホールディングスのグループCEOに。17年4月より野村證券取締役会長を兼務する。

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(野村ホールディングス グループCEO 永井 浩二 構成=増田忠英 撮影=今村拓馬)