「そう考えると、日本はサービスのところで手当てが進んでいないと感じる。だれがやるか。プレーヤーがだれになるのか。既存の自動車産業にいないプレーヤーでも結構だが、それを作っていかないと、そこが外国のプレーヤーになってしまう。そこに美味しいところを取られて、モノやソフトを供給するだけになってしまうという世界になる。3点セットを育てていくことは、産業政策上も不可欠ではないか」

イノベーションは掛け算
 ―特に、サービスを作ったところが勝つという傾向が強まっていると感じます。例えばライドシェア大手のウーバー。さまざまな場所で言及される企業ですが、技術自体はそれほど難しくないのではないですか。
 「サービスを作るということは、顧客の課題を見つけるということ。日本企業は課題を解決する馬力、能力はすごいある。製品を一ついくらで作る、性能を満たすといった、課題設定後の解決能力は非常に高い。一方で課題そのものの設定は苦手だ」

 「不確実性が高い時代というのは、課題設定が容易にできないということを意味している。従来の延長線上に課題がないという中で、非連続的なプロダクトが必要になってくる。本質的な課題を見つけないといけない。もっと課題探索に時間をかけるような組織作りが日本企業にとって大きなテーマになってくるのではないか」

 ―どうしても、目の前の課題をどうこなすかに集中してしまいがちですよね。
 「例えば社長さんが『イノベーションが大事だ』と言っても、担当役員一人が頑張るだけで残りの大多数の役員が動かないケースが多かったりする。これでは会社全体として動きが遅くなる。会社のマジョリティーが、イノベーティブなアイデアを理解して動けるようになることが必要だ。日本の組織がイノベーティブになるのが難しい理由の一つは、トップだけが理解していてもダメだし、トップの下の役員だけが分かっていてもダメだし、部長クラスや若い人まで理解していないと、組織全体が回らないという点だ」

 「私がよく言うのは、イノベーションにはいろんな要素があって、これは全部かけ算ですよと。どこか一箇所でもイノベーションについてゼロの要素があると、そこで止まってしまう。つまり、他の要素でいくら大きな値が入っても計算結果はゼロになってしまう。それほどまでにもろいのがイノベーションだと思う。全部をきちんと育てていかなくちゃ行けないところに難しさがあり、裏を返せばそれを早く実行できた企業が伸びていく」

 ―シリコンバレーには日本の大企業も数多く進出しています。新規事業開発の様子を見ていて思うことはありますか。
 「駐在員の方とお話をすると、いろいろもがいて頑張っているが、最後は本社とのコミュニケーションがうまく行かずに頓挫するというケースが多い。一方、日本の本社の人に聞くと、『うちもお金出したり人を張ったりしているけどうまくいかないんですよ』と。お互いにかみ合っていない感じがしている。やっぱり、本社のマインドセットを、きちんと新規事業開発ができるように変える必要がある。これまでの日本のやり方は、従来の市場に対してはうまくいっていたが、新規事業にあたっては失敗を許容しないといけないとか、長期的にものを考えないといけないとか、いろいろ課題がある。こうした課題をきちんとトップが理解した上で組織内のルールを変えないと、どれだけ駐在員をシリコンバレーに人を派遣しても成果はなかなか出ないのではないか」

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「変革に成功した企業はある」
 ―今後、イノベーションは海外でしか起きないのでしょうか。
 「う〜ん…、難しい質問ですね。少なくとも2000年以降のイノベーションはシリコンバレーから生まれるケースが多かった。ただ、シリコンバレーだけが特別で、ヨーロッパにもアジアにもこうした地域はなかったし、日本に同じものがないからといってダメというわけではない。ただ重要なのは、シリコンバレーで何が起きたのかを学び、採り入れ、行動に移したことで変革に成功した会社が実際にあるということ。自社はどの方向に行くのか、辛くても変わる方向にいくのか、変わるのは辛いから、今の状況でできるところまでやるというところで止まるのかは各社の選択ではある。しかし、時代とともに変われない企業はいずれ衰退していく」

 ―シリコンバレーでのビジネスで、日本と違う点はありますか。
 「人とのつながりが大事だとは思う。ただ、その人のつながりが、会食の数とはまた違う気がする。もちろんプライベートを含め仲が良いというのは大事なことだが、実際に一緒に仕事をしてお互いが実りある結果を出し続けるということ。最初のきっかけは、誰かの紹介だったりする。そこできちんとした成果を出して相手の期待に応える続けることが大事ではないか」

 「 もちろん日本でも、顧客の期待に応えるための活動はだれしもやっている。それと同じように、シリコンバレーの顧客が何を望んでいて、それにどう応えるかをやっていけば、ビジネスはやっていける。ただ、その要望の内容がこれまでとは全然違うリクエストなので、それに体が合わせられるかだ」

 ―御社の要望を持ち帰って検討します、1週間後に返答します、では遅いですからね。
 「それでは、チャンスはないと思う。何をリクエストをしているかをきちんとつかまないといけない。リクエストがおかしい、と言っていたら選ばれない」

 ―今後のDラボの活動目標は?
 「中小企業がどんどんシリコンバレーで力を付けて、日本がシリコンバレーのエコシステムの一翼を担うようにしたい。日本って、大事な役割を果たしているよね、と。驚いたことに、『最近はシリコンバレーで日本の評価が高まっている』という趣旨の日本の記事をよく見るが、現地に身を置くとそんなことはないと感じる。シリコンバレーのエコシステムの中に日本は入ってこない」

 ―シリコンバレーのエコシステム、ですか。
 「例えばシリコンバレーの大学生が起業のアイデアをベンチャーキャピタルに持ち込み、資金調達に成功したとする。次に、試作品を作ろうという段階でどこに行くか。彼らは普通は中国にいくわけです。中国で試作品をつくり、シリコンバレーの顧客にまずテストしてもらう。フィードバックは中国企業に返す。このサイクルを何度かやって、量産する。日本の出る幕がないわけです」

 「これに割り込もうとしたら、期待されることを提供していかないといけない。そのためのタネは十分にある。あとはそれをどうアピールするか。生半可な気持ちでやってもダメ。ここで骨を埋めるという気概がないと成功しない。ライバルはみんなそうしている。苦労はするが成功した時の果実は大きいという世界。チャンスは大きい」

「技術力優位」の考えを捨てよ
 ―改めて日本企業へのメッセージをお聞かせください。
 「個人的な意見ではあるが、日本が以前のように技術的に優れているという考えは今すぐ捨てた方がいいと思う。少なくともシリコンバレーでは日本の技術が最先端だとは思われていない。今の日本は、明治初期に日本が何を行ったかを思い起こすべきではないか。開国して、世界は思った以上に先に進んでいたことを知って、何とかして急速に取り返さないと独立の危機だという時に、積極的に人を海外に派遣し、学び、徹底的に採り入れた。成功体験のある会社には非常に難しいが、現状を放っておけばどんどん外資に市場を持って行かれる。真摯に、自分たちは時代から遅れつつあるという認識を持った上で、進んだ人から学ぶ姿勢を取り返した方がいい」

 ―昨年、日本では鉄鋼メーカ-や自動車メーカーで相次いで不正が発覚し、モノづくりに対する不信感が広がりました。日本のモノづくりは自信をなくしているようにも見えます。
 「そうですね。ただ、必死になれば巻き返せる。ただ、火がつくまでは遅い。はやくそこに行き着くように、活動していきたい」

(聞き手=名古屋・杉本要)
※インタビューは1月上旬に米ラスベガスで開かれた家電・IT見本市「CES」の会場で行った。