フランスのユロ・エコロジー大臣は、2040年までに国内のガソリン・ディーゼル車販売を禁止すると発表(7月6日)。(写真=AFLO)

写真拡大

■世界の自動車業界の勢力図が塗り変わる

2017年7月、フランス政府は地球温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定を順守するための具体策として40年までにガソリン車、ディーゼル車の販売を禁止するプランを表明した。ほぼ同時期にイギリス政府も大気汚染対策として、40年からガソリン車とディーゼル車の新規販売を禁止する方針を正式発表した。

すでにオランダやノルウェーでは25年までにガソリン車やディーゼル車の販売を禁止する法案の準備が進められていて、ドイツでも30年までに発火燃焼エンジン、要するにガソリン車とディーゼル車を禁止する決議案が連邦議会で採択された。

自動車の市場規模世界5位、大気汚染が深刻なインドでも6月に30年までにガソリン車、ディーゼル車の販売を禁じて国内販売を電気自動車(EV)に限定する政策を打ち出した。

世界第2位の自動車大国アメリカは州によって厳しい環境規制が敷かれている。たとえばカリフォルニア州では州内で一定以上の台数を販売する自動車メーカーに対して、排出ガスを一切出さない車(Zero Emission Vehicle)を一定比率以上販売することを義務づけている。カリフォルニア州のZEV規制は1990年代から始まって改正を重ねてきたが、18年からZEVの販売比率が現行の14%から16%に引き上げられ、さらにZEVの対象からハイブリッド車、天然ガス車、低排出車が外されるなど、規制が大幅に強化される。

■ガソリン車やディーゼル車の禁止も検討

このようなZEV規制は全米に広がりを見せ、現在は11の州で採用されている。そして9月、世界最大の自動車マーケットである中国でも、19年から自動車メーカーに10%の新エネルギー車(NEV)の製造・販売を義務づける規制の導入が発表された。今後はガソリン車やディーゼル車の製造販売を禁止することも検討されている。

脱エンジン、脱内燃機関は世界的な潮流だが、フランス、イギリス、インドなどが相次いでガソリン車とディーゼル車の販売禁止の方針を打ち出し、中国がNEV規制を発表したこの数カ月で世界の自動車業界がどちらの方向に進んでいくのか、勝負は決した。今後の競争の軸になるのは電気自動車(EV)、ということだ。

■ハイブリッド車は環境対策車として不十分

ヨーロッパ最大手フォルクスワーゲン(VW)の排ガス不正問題やパリ協定の発効などで、ガソリン車、内燃機関の行く末を悟った自動車メーカーは少なくない。

すでにボルボ(スウェーデン)はエンジン車から撤退して19年以降に発売する全車種をEVなどに切り替えることを表明している。VWも25年までに80種類以上のモデルでEVないしプラグ・イン・ハイブリッド車(PHV)を揃え、30年までにはグループ全体で300種類以上あるモデルすべてにEVかPHVを設定する計画を発表した。ディーゼル不信を招いたVWにとってEV化は過去と決別して生まれ変わる絶好の機会であり、同じドイツ大手のダイムラーやBMW、他の欧州メーカーもEV強化策を続々と打ち出している。

中国では200以上のEVメーカーが勃興して、開発にしのぎを削っている。そうした中でBYDのような新興メーカーがEV専業のテスラはおろか、旧来の大手メーカーを食う時代がそう遠くない未来にやってくるかもしれない。

EVシフトが進んで世界の自動車業界の勢力図が塗り替わりそうな中、問題は日本勢である。この20年、日本の自動車メーカーはガソリンエンジンと電気モーター、2つの動力で走行できるハイブリッド車でエコカー(環境対応車)の世界をリードしてきた。その分、EV化に腰が入らずに出遅れたともいえる。

しかも環境規制強化の流れの中で、CO2を排出するハイブリッド車は環境対策車として不十分とみなす動きが出てきた。前述の通り、カリフォルニア州のZEV規制でも、18年からハイブリッド車はZEVの対象から外される。19年からスタートする中国のNEV法でもハイブリッド車は「NewEnergy Vehicle」には含まれていない。

もはやハイブリッドに胡坐はかけないということで、トヨタはマツダと組んでピュアEVへの本格参入を決めた。マツダは世界で唯一、ディーゼルでヨーロッパの厳しい環境基準をクリアしている会社だ。しかし内燃機関の塊のようなトヨタとマツダが組んで「EVをつくる」と言われても、私にはいまひとつピンとこない。

■PHVは「EVアシステッド・バイ・エンジン」

そもそも皆勘違いしていると思うのだが、トヨタもつくっているPHVというのは実はEVそのものにもなるのだ。ガソリンエンジンを回さなければ充電できないハイブリッドに対して、PHVはプラグを差し込んで外部から直接充電できる。つまりEVと理屈は同じだ。フル充電なら30〜50キロ程度はガソリンを使わずにバッテリーだけで走れるし、PHVによってはエンジンを起動しないでバッテリーで走るモードが選択可能。従って買い物や通勤などで環境規制が厳しい都市部を走る場合は電気モーター、都市部を離れて長距離を走る場合はガソリンエンジン併用という使い分けができるのだ。

EVドライバーの心理として一番の心配は長い距離を走ることだ。カタログ値でテスラのモデル3は500キロ、日産リーフは400キロ走行可能というが、そこから先が怖い。サービスエリアやカーディーラーなどには直流の高速充電器が設置されているが、ガソリンスタンドを探すほど簡単ではない。仮に運よく見つかっても、充電に1時間近くかかる。

PHVの場合、夕方に帰ってきて自宅の交流100Vのコンセントにプラグを差しておけば、一晩でフルチャージできるから、日常、市内をEVモードで走る分にはそれで十分。長距離を走ってバッテリーが心細くなってもガソリンエンジンがある。ガソリンとバッテリー、両方を使い切ると700キロぐらいは走れる。しかも、郊外に出ればエンジンを回して電池をチャージすることもできる。つまりPHVはバックアップにガソリンエンジンを持ったEVと考えればいい。「プラグ・イン・ハイブリッド」などとは言わず、「EVアシステッド・バイ・エンジン」とでも言えばいい。そうすればEVシフトが進んでも、PHVが排除される側に回ることはない。

■トヨタにとって、テスラなどは敵ではない

ハイブリッド車やPHVに使われている高度な基幹技術、たとえばパワフルな交流モーター、バッテリーの直流電流を交流電流に変換するインバータ、減速したときに電気をつくり出してチャージしてその抵抗力でブレーキをかける回生ブレーキなどはEVにも共通する技術だ。その生産量はハイブリッド車やPHVで圧倒的なシェアを誇るトヨタが世界一であり、いまだ25万台程度しか生産していないテスラなどは足元にも及ばない。

EV最大の技術的ネックはバッテリーだが、これは内製しているメーカーはほとんどないから差別化は難しい。トヨタは電池容量や充電時間が飛躍的に向上する「全固体電池」の量産化を目指しているが、まだしばらく時間がかかりそうだ。それでも現状、PHVはEVの要件をすべて満たしている。エンジンを回さずにバッテリーをチャージできるし、いざというときにはエンジンのアシストもついている。そうした点をユーザーや規制当局に対してきちんと説明していくべきだ。欧米でエコカーの本命がEVに傾いたのはPHVのロビー活動が足りなかったからだと思う。

■より大きな脅威はシェアリングや自動運転

メーカーの人と話をすると、「言われてみればそうですね」というのが最初のリアクション。「我々はEVとPHVは違うモノだと思っていました」「PHVはHVの延長と考えてました」「EVでは今はお客さんが買ってくれないと思います」というのが大方の声だ。

「内燃機関がメーンではなく補助的になるなんて、技術者の上役が全員内燃機関出身のウチの会社ではとても大声で言えません。大前さん、トップに言ってくださいよ」という声もあった。少し頭を整理すればトヨタのようなPHVメーカーのポジションは悪くないわけで、EVシフトにおたおたする必要はない。「PHVこそユーザーが安心できる最良のEV」と政治家や役人にもっと働きかけるべきだ。

自動車メーカーにとってEV化の真のインパクトは部品点数が4割減になって一気に人余りになること。長年かけて構築してきたサプライチェーンの崩壊が懸念されることだ。さらに影響が大きいのは車を買う人が激減するシェアリングへのシフトである。都心ではクルマの維持費は月10万円近いが、カーシェアリングを利用すれば月額数万円で済む。ということで車を買わない人たちが増えていて、シェアリングが究極的に定着した場合、車の販売台数は7割減るという試算もある。

論点を整理すればEV化は日本の自動車メーカーの命取りにはならないと私は思っている。その外側にクルマメーカーにとってはより大きな脅威であるシェアリングや自動運転といった大問題が待ち構えていることを理解しておくべきだろう。

(ビジネス・ブレークスルー大学学長 大前 研一 構成=小川 剛 写真=AFLO)