驚異の守備力で中日のAクラスに貢献。史上最高の二遊間は「アライバ」

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21世紀に入って処理数が急増


 二遊間と言えば内野の要だ。ゴロの処理、けん制、走者の刺殺、併殺と試合中はめまぐるしく動いている。
 二遊間に優秀な野手がいるのといないとでは、チームの勝率も、投手成績も大きく変わってくる。

 強いチームには球史に残る「二遊間コンビ」がいるものだ。
 NPBが2リーグに分立した1950年以降の二遊間コンビを数字でランキングしてみよう。

 まずは二遊間が1シーズンにアウトにした数を多い順に並べてみた。刺殺はフライ、ライナーやタッチアウト、フォースアウトなど走者を直接アウトにした数で、補殺は他の野手に送球してアウトにした数だ(Baseball Referenceなどを参照)。
 それぞれ正二塁手と正遊撃手の数字の合計となる。

1.2005年中日 1590(刺殺614補殺976)
二塁・荒木雅博(刺殺410補殺496)遊撃・井端弘和(刺殺204補殺480)
2.2009年中日 1503(刺殺576補殺927)
二塁・荒木雅博(刺殺358補殺450)遊撃・井端弘和(刺殺218補殺477)
3.2015年広島 1496(刺殺536補殺960)
二塁・菊池涼介(刺殺324補殺484)遊撃・田中広輔(刺殺212補殺476)
4.1956年阪急 1494(刺殺617補殺877)
二塁・バルボン(刺殺373補殺425)遊撃・河野旭輝(刺殺244補殺452)
5.2005年横浜 1486(刺殺580補殺906)
二塁・種田 仁(刺殺351補殺462)遊撃・石井琢朗(刺殺229補殺444)
6.1954年近鉄 1471(刺殺583補殺881)
二塁・山本靜雄(刺殺364補殺387)遊撃・鈴木 武(刺殺219補殺501)
7.2009年日本ハム 1441(刺殺528補殺913)
二塁・田中賢介(刺殺325補殺467)遊撃・金子 誠(刺殺203補殺446)
8.2010年ソフトバンク 1428(刺殺608補殺820)
二塁・本多雄一(刺殺415補殺408)遊撃・川粼宗則(刺殺193補殺412)
9.2012年中日 1426(刺殺575補殺851)
二塁・荒木雅博(刺殺389補殺401)遊撃・井端弘和(刺殺186補殺450)
10.2009年西武 1420(刺殺534補殺886)
二塁・片岡易之(刺殺322補殺440)遊撃・中島裕之(刺殺212補殺446)

 内野手の守備記録は、長打が少なく、投手の奪三振数も少なかった1950年代のものが長く上位を占めていた。

 しかし21世紀に入ると、二遊間はにわかに忙しくなった。それはフォーク、スプリットなどの「落ちる変化球」や昨今はツーシームやカットボールといった微妙に「ボールが動く」球種を使い、ゴロで打ち取るタイプの投手が増えてきているからだ。
 ただし21世紀の二遊間の守備機会が多いのは、それだけが原因ではない。守備率が急上昇したのだ。

球史に残るアライバの存在感


 二遊間の守備率ベスト10を見てみる。

1.2005年ロッテ 守備率.9942 アウト数852 失策数5
 二塁・堀幸一 遊撃・小坂誠 
2.2001年中日 守備率.9940 アウト数1001 失策数6
   二塁・立浪和義 遊撃・井端弘和
3.2004年中日 守備率.9929 アウト数1407 失策数10
   二塁・荒木雅博 遊撃・井端弘和
4.1992年オリックス 守備率.9927 アウト数947 失策数7
   二塁・福良淳一 遊撃・小川博文
5.2003年中日 守備率.99254 アウト数1065 失策数8
   二塁・荒木雅博 遊撃・井端弘和
6.2005年中日 守備率.99251 アウト数1590 失策数12
   二塁・荒木雅博 遊撃・井端弘和
7.1994年日本ハム 守備率.9918 アウト数1204 失策数10
   二塁・白井一幸 遊撃・広瀬哲朗
8.2011年ヤクルト 守備率.9915 アウト数1289 失策数11
   二塁・田中浩康 遊撃・川端慎吾
9.2005年日本ハム 守備率.9913 アウト数907 失策数8
   二塁・木元邦之 遊撃・金子 誠
10.2000年ヤクルト 守備率.9911 アウト数1115 失策数10
   二塁・土橋勝征 遊撃・宮本慎也

 現代のトップクラスの二遊間は、1シーズンを守り通して2人でほぼ10個以下の失策数なのだ。
 ちなみにアウト数で歴代4位の1956年阪急のバルボン、河野旭輝の二遊間はアウト数1498だが、失策数は81、守備率は.949だった。
 グラブの性能が向上し、グラウンドの整備が進んだことも大きいが、1950年代と21世紀では内野守備の次元が違っていることがわかる。

 二つのランキングには中日の二塁・荒木雅博 遊撃・井端弘和のコンビ、通称「アライバ」が何度も登場する。

 2002年に荒木雅博が外野から二塁にコンバートされ、井端弘和とコンビを組んでから8年間、「アライバ」は、リーグトップの二遊間だった。
 落合監督(当時)は、2010年に井端の年齢を考えて二塁井端、遊撃荒木にWコンバートする。井端はそつなく二塁守備をこなしたが、荒木は遊撃で2010年20失策、2011年も17失策を記録。このコンバートはうまくいかなかった。

 2012年に再び「アライバ」が復活すると、再びアウト数は1426と歴代9位の数字を残した。

 守備の精度の高さ、守備範囲の広さ、そして8年以上の長きにわたって鉄壁の二遊間を築いた息の長さを考慮すると「アライバ」こそが、NPB史上最高の二遊間だと言えよう。
 この間中日は優勝2回を含め、すべてAクラスだった。