工夫なしに「残業代ゼロ」を実施すると、日本全体では晩婚少子化、個々の企業では士気低下につながる可能性が高いといえます。少数派かも知れませんが賢い企業経営者なら、対象者を中心に仕事のやり方自体を見直させ、真っ当な「残業ゼロ」を実現することを選んで欲しいものです。

安倍政権の掲げる政策パッケージのうち、「時間規制の適用除外」は副作用の可能性が高い劇薬であることを前回の記事で取り上げました。

http://www.insightnow.jp/article/8152

小生の懸念をまとめるとこうなります。「残業代ゼロ」の主なターゲットとなるのは30代の中堅サラリーマンであり、上司と経営者は彼らに今以上に仕事を割り振り、結果として彼らは今以上に残業・休日出勤を余儀なくされて子育てに協力する時間はさらに減り、晩婚少子化がさらに進展しかねない、というものです。

この懸念が現実化するには2つの条件があります。1つは「残業代ゼロ」の対象がじわりじわりと拡大されるだろうということ。この点は歴代の保守系政権や産業界の動きからして、ほぼ堅い線でしょう。今のままでは数%程度の人しか対象にならないはずですが、産業界のエライ方々は「最低でも10%以上が対象になるようにして欲しい」と言い始めています。

もう一つは、個々の企業では「上司と経営者は」「従来の仕事のやり方を変えることなく」「30代の中堅に今以上に仕事を割り振る」という目先だけを見た行動に出るだろうということです。残念ながら、大多数の企業においてはこの予想は当たると思います。しかし短期的には人件費カットが可能になるとはいえ、労働意欲と士気は確実に落ちるため、本当に優れた経営者は違うアプローチを採ってくれるのではと、小生は期待を捨ててはいません。

ではどうすべきか。端的には先の条件のうち、「従来の仕事のやり方を変えることなく」の部分を変えることです。すなわち、自社の従業員の一部といえど「残業代ゼロ」方式を適用するとしたら、彼らが本当に残業をほとんどしなくても済むように、経営者自ら音頭を執って仕事のやり方を根本的に変えるのです。

実は、見掛け上の「残業ゼロ」を達成しながらも「サービス残業に形を変えただけ」のケースも、近年の日本企業にはよく見られました。業績悪化に伴い、残業代をカットすることが目的となった企業に多かったようですが、ある時間になるとフロアの灯りを人事総務部門の人が強制的に消して廻り、隠れ残業者がいないかチェックするというものでした。実態は単に自宅に仕事を持ち帰らせるだけです。そもそもこういう会社の多くは、当時は不景気で仕事が減っていたから可能なだけで、その後の景気回復と人手不足で仕事が回らなくなったので、今ではこうしたやり方は止めてしまったようです(全く首尾一貫性がないことです)。

一方、世の中には実際に、業績を上げながら「残業ゼロ」を実現した会社がちゃんとあります。彼らのやり方を参考にする、可能な部分は真似る、ということは有意義です。小生もお手伝いしたことが何度かあるので断言できますが、業績を上げながら「残業ゼロ」を実現するには、精神論ではなく真っ当な業務改革のアプローチと、ちょっとしたコツがあります。

まず「全社一律に残業カット」とかの号令を掛けるだけではダメで、職場ごとに、できれば職種ごとに業務活動分析をすることが出発点となります(この業務の切り方にコツがあります)。それによりどういった仕事にどれほど時間を費やしているのかが「見える化」されます。

次に、大きく時間を取られている業務から順に、「この業務にはこんなに時間を掛ける価値があるのか」「なぜこんなに時間が掛るのか」「どうしたらもっと短時間に済ませられるか」といった具合に理詰めで検討していくのです。その際に有効な発想は「廃止」「簡素化」「IT化」「外部化」「平準化」などです。

小生が分析に関与せずに進め方のアドバイスだけをするパターンの際によく見掛けるのですが、素人分析の場合には大概、一部の業務の括りを考え直す必要がありますが、やっているうちに段々要領が分かってくるでしょう。他部門との関わりがキーになっている場合には、業務フローを描いて検討することが有効です。一人ひとりで考えさせるよりグループで考えたほうがよい知恵が出ることが多く、しかもファシリテータといった役割の人がいたほうが、よいアイディアに速く到達できるという傾向があります。

確かにこうしたアプローチは一朝一夕で完了とはいかず、手間が掛るので面倒がる経営者が多いのでしょう。彼らの言い分は「当社は既に十分効率的になっているので、今さらそんなことをやっても大した効果が出るとは思えない」といったものです。でもこれは言い訳に過ぎません。

実際にやってみると、つい最近に実施済のケースでない限り、どんな会社でも業務の無駄や非効率なやり方が毎年蓄積・肥大化しているもので、意外と大きな効果が出るものです。しかも全体の残業代が結構減り(その分、給与に回せますね)、従業員のQOL(生活の質)向上、ひいては組織活性化と両立できるのですから、やってみて損はありません。賢い企業経営者なら是非、こちらのアプローチを採っていただきたいものです。