テキスト系妄想メディア「ワラパッパ (WARAPAPPA )」より

NOVELIZE OR DIE 第三十一回

「なんということでしょう!」

拓美は目を疑った。
かつて実家のあったその場所は、ただの味気ないコインパークとなっていた。
決して豪邸とは言えないものの、こまめな父によっていつも綺麗に刈り揃えられていた生け垣はすべて取り払われ、瓦葺きの母屋は跡形もなくなくなっていた。
季節ごとに可憐な花を咲かせた庭はすべてアスファルトで固められ、白線の長方形で区切られている。
門の脇の、よくのぼって叱られた柿の木があった場所には、青いビニール製の雨よけがついた、黄色い支払機が設置されていた。
拓美はその場に、立ち尽くした。


拓美が故郷に戻ってきたのは実に二十年ぶりであった。
高校在学中、当時付き合っていた彼氏と駆け落ち同然で飛び出した拓美は、その間一切家族と連絡を取らず、いまに至った。
彼氏とは上京後二年ほどで別れた。しかしいまにして思えば駆け落ちも家を出るための口実だったのかもしれない。

拓美の地元は田舎というほどではないが、役場を中心に短い商店街が伸びる程度の寂しい町だった。
物心ついたときから派手好きで、自由奔放な拓美にとって、地方の退屈な暮らしは我慢できなかった。ずっと東京を夢見てきた。本当はアイドルになりたかった。

彼氏と別れた後、拓美はがむしゃらに夢を追いかけた。結局アイドルにはなれなかったが夜の店で働くうち、持ち前のキャラクターが業界人の目に止まり、いまではテレビの人気コメンテーターとして活躍している。

故郷に錦を、などという考えは毛頭ない。
それどころかこの二十年間、拓美は常に両親に対して、自責の念に駆られていた。
いまさら許しを乞おうとは思わない。でも物陰からそっと詫びるくらいなら……そう思い訪れた故郷だった。


                  
生まれ育った家の、変わり果てた様子を見た拓美は、呆然としながらも近隣を探索した。
両親の居場所を知る手掛かりを求めながら、懐かしい風景をさまよった。
そして見覚えのある角を曲がったときだった。拓美は思わず声を上げた。

「なんということでしょう!」
毎日通学路として通っていた商店街は、ほとんどシャッターが下ろされていた。
思い出の風景が、灰色のシャッター商店街に変わっていた。
部活帰り友達とかき氷を食べた『ふじの屋』も、毎日のようにアイドル雑誌を立ち読みした『竹脇書店』も、埃に覆われたシャッターに閉ざされ、看板は文字が読み取れないほど朽ちていた。

「それじゃあの店も?!」
拓美は走った。商店街のはずれにある自転車屋は、拓美の初恋の相手、望月洋介の家であった。
息を切らして店の前にたどり着いた拓美は、目を疑った。
店はあった。だが店は幼い頃、胸ときめかせ覗いた自転車屋ではなく、『山賊王』という怪しげなセルDVD店に変わっていた。

なんということでしょう……

昔はどこから店に入っていいか分からないほど、ぎっしりと並べられていた自転車はきれいになくなり、すっきりとしたガラス張りの壁面には、目隠し用に萌えアニメのポスターが貼られています。

自動ドアの入り口には電飾で縁取られた小さな看板が置かれ、一歩足を踏み入れると申し訳程度に、中古の洋画DVDとお笑いDVDが陳列されています。

でもそこは匠のアイデア、これならやましい気持ちで訪れたお客さまも、負い目を感じることなく、入店できますね。

そして壁と棚の、人ひとり通れるほどの狭い隙間を抜ければ、そこにはまるで迷路のように棚が並んだ、お目当てのアダルト売り場が広がっています。

タイトル選びに没頭できるよう、敢えて限界まで狭めた通路。天井まで隙間なく並んだ商品は、それでなくても昂ぶったお客さまの精神を、間違いなく麻痺させます。

選びやすさに徹したカテゴリー分けは匠のこだわり、店の奥へ進むほどマニアック度は増し気分はもう探検家。もちろん一番奥のレジまで段差はいっさいありません……

かつての記憶とのあまりの変わりように、拓美は自分でも知らないうちに、目の前の光景を『劇的!ビフォーアフター』風につぶやいていた。

「あれ!?ひょっとして拓美?」
その声で我に返った。
振り返ると汚れたエプロンをつけ、頭部を禿げ散らかした男が立っていた。
「もしかして……望月くん?」
「テレビ観てるぜ!ブレイクじゃん」

なんということでしょう……中学の頃バスケ部のキャプテンとして、女子たちの憧れの的だった初恋の人は、薄汚れた中年に変わっていた。

「変わったね……望月くん」
「お前に言われたきゃねえよ!」

そう、たしかに一番変わったのはわたし自身かもしれない。
アイドルへの夢を捨てきれず、自ら性転換手術を受けたのは、一緒に駆け落ちした彼氏と別れた直後であった。

「まさか拓美がなあ……みんな驚いてたぜ。バスケ部じゃお前、無敵のセンターだったからな。当時でもう身長は2メートル近かっただろ? ひょっとしてあの頃からその気があったのか?」

拓美の脳裏を、当時の思い出がよぎっていった。
学校内でも、いや全国的に見ても拓美の体格はずば抜けていた。拓美の豪快なダンクシュートは『ゴリラダンク』の異名で怖れられ、弱小チームだったバスケ部を全国の強豪へと押し上げた。

そして現在、身長2メートルのオネエキャラ。
拓美の存在は、いまの芸能界にあっても充分過ぎるほどの異彩を放っている。

「ねえ、それより私の実家、どうなったか知らない?」
「え?お前知らないの?」
拓美は息を呑み、うなずいた。
「もう何年も前だけど、お前の父ちゃんの会社、この不況で倒産したらしくてさ、いまは母ちゃんと一緒にこの先のビルでスナックやってるぜ。店に『タクミーのパパの店』なんて出してるから、てっきり知ってるもんだと」

なんということでしょう……あれほど厳格で、女装した拓美をみつけたときは目に涙を溜めて殴り掛かってきた父が、いまは水商売を、しかも自分の息子を出汁にした店を構えているなんて。

「じゃあいまから寄ってくか?おれも店閉めるから」
「いい……わたしに会ったことも、内緒にして」
「内緒ってお前、もう見つかってるだろ」

店を出た拓美は、溢れた涙がこぼれないよう上を向いて歩いた。
すれ違う人々が驚きの表情で拓美を見上げた。中には昔から拓美を知っている友人や近所の人も混じっていた。

砂埃舞うシャッター商店街を、巨大な影が遠ざかってゆく。
劇的に変わった、懐かしの故郷を、後にして……。




この記事の元ブログ: 「劇的ビフォーアフター」をノベライズする。